第5章 韓国朝鮮の社会
24.スプーン階級論수저계급론
 
 
 
NETFLIXEで放送開始したユ・ヨンソク、ムン・ガヨン主演ドラマ『愛と,理と(사랑의 이해 The Interest of Love)』を鑑賞して居て、금수저(金のスプーン)、은수저(銀のスプーン)、흙수저(泥のスプーン)と言う言葉に代表される『スプーン階級論』を連想しました。
 

 

ドラマの件は後ほど述べますが、近年『금수저クムスジョ(金匙箸:金のスプーン)』と言うタイトルのドラマも制作されて居る様に、この言葉は今や知らない人の居ない、韓国でもとってもメジャーな言葉です。
今回はこの『スプーン階級論』について述べたいと思います。

 

<ドラマ クムスジョ(金のスプーン)>

 

この用語は2015年に登場し、韓国のオンラインコミュニティで使われ始めましたが、標準語では無く、所謂(いわゆる)流行語・スラング・ネット用語の類いです。
 
『スプーン階級論』は、韓国に於いて個人が親の資産と所得水準によって完全に階級(社会経済階層)に分類されるという考えを指した言葉で、その結果、個人の人生の成功は完全に裕福な家庭で生まれる事に掛かって居ると言う、不公平で理不尽な社会で有る事を自虐的に述べた言葉です。

 

 

この言葉は英語で「銀のスプーンをくわえて生まれる」(Born with a silver spoon in one's mouth.)という有名な慣用句に由来する言葉で、過去、ヨーロッパの貴族層が銀食器を使って、生まれてすぐ母親の代わりに乳母が乳を銀スプーンで飲ませていた風習から始まりました。
我が国に於いても幼い頃、赤ちゃんに銀のスプーンを持たせる習慣が有る事から身近な表現と言え、近年急速に広まりました。
日本で言う所の『親ガチャ』と言うスラングと類似語です。

 

 

韓国のインターネットコミュニティでは、家の財産の程度によって❶金のスプーン▶❷銀のスプーン▶❸銅のスプーン▶❹泥のスプーンなどに分類する表現が広がって居ます。
現在ではこの「スプーン」が更に細分化され、金のスプーンの上にダイヤモンドスプーン、銅のスプーンの下に鉄のスプーンプラスチックのスプーンが追加され、7段階の階級に区分されて居ます。

 

 

キム・ナクニョン東国大学教授が最近出した論文「韓国での富と相続」を見ると、相続・贈与が全体の資産形成に寄与した割合は1980年代の年平均27.0%から2000年代の42.0%に大きく増えたそうです。
 
国民所得に対する年間相続額の比率も80年代の年平均5.0%から2010~2013年の8.2%に増加し、個人が努力して稼ぐ所得より受け継いだ資産の重要性が徐々に大きくなり、『スプーン階級論』が現実化していると言います。

 

<トマ・ピケティー 21世紀の資本>

 

パリ経済大学教授のトマ・ピケティがその著書『21世紀の資本』で経済成長率が下がり、労働を通じて得る所得より、過去の蓄積された富とそれから得る収益がますます重要になっているという指摘と一脈通じる主張です。

 

 

インターネットコミュニティなどに回っている『スプーン階級論』はとっても具体的です。
❶資産20億ウォンまたは世帯年収2億ウォン以上の場合「金のスプーン」:財閥層・富裕層、
❷資産10億ウォンまたは世帯年収入1億ウォン以上の場合「銀のスプーン」:中産層、
❸資産5億ウォンまたは世帯年収入5500万ウォン以上の場合「銅のスプーン」:庶民層、
❹何処にも属さない場合「泥のスプーン」:下級層と言った塩梅です。
具体的には資産5000万ウォン未満または世帯年収入2000万ウォン未満の家庭出身を指す模様です。

 

 

例えば❶「夏にエアコンをあまりつけなかったり、エアコン自体がない」
❷「TVがブラウン管だったり、30インチ以下の平面TV」
❸「肉を調理する時、水に入れて煮る料理にして食べる」
❹「両親が定期健康診断を受けない」など、具体的な生活様式が記載されているアンケート用紙の遊びも有り、上記の数が10個を超えると庶民でもない下層民と見做すなど、具体的です。
 
問題は韓国社会に於いて階級間の「移動機会の減少」がつとに顕著で有る事に帰結します。
つまり「カエルの子はカエル」で、貧困層はいつまで経っても貧困層から這い出る事が出来ない点に有ります。

 

 
先のドラマ『愛と、利と(사랑의 이해)』の話に移りましょう。
主人公のハ・サンスは裕福な家庭に生まれましたが、早々に父親を亡くし、それでも母親と2人、裕福な家庭が住むカンナム江南区の半地下に家を借り、苦学生として有名大学を卒業し銀行に就職するなど這い上がって来ました。

 

 

母親は小さな自営業の社長です。
「スプーン階級」としては『銀のスプーン』階級:中産層に属すると言えるでしょう。
彼と娘パク・ミギョンが交際して居る事を知った彼女の母親が彼を「尋問」して「20%合格だわ」と述べた言葉が彼の階級を物語って居ます。
 
一方のサブヒロイン、パク・ミギョンは言わずと知れた『金のスプーン』階級:財閥層・富裕層です。
彼女の父親は有力企業のCEOで、銀行でも指折りの顧客です。

 

 

父親の手を借りず有名大学を奨学金で卒業した彼女は銀行の支店長より高価なマイカーを乗り回し、ヒロインが憧れる絵画をいとも軽々と買い入れたりします。
 
ヒロイン、アン・スヨン『銅のスプーン』階級、一般庶民層だと言えるでしょう。

 

 

複雑な家庭環境、弟を亡くした彼女は高卒でキャリアを積み銀行の「一般職」に就きますが、様々な差別とハンディにも負けずキャリア組(総合職)を目指し、現実世界と戦って居ます。
亡くした弟にも似たチョン・ジョンヒョンに対し、同情にも「同病相憐」にも似た愛情を持って彼を応援して居ます。
 
その彼、チョン・ジョンヒョンは言うまでも無く『泥のスプーン』階級でしょう。

 

 

貧乏な農家、父親の入院費・手術費すら払えない彼は銀行で警備員として働きがてら警察官になる夢を見てコシウォン(考試院:韓国の貧困層が住むワンルーム)で頑張って居ました。
 
彼ら下層階級の者たち(ハ・サンス、アン・スヨン、チョン・ジョンヒョン)は自己の階級から這い上がろうと必死にもがきますが、自力で這い上がる可能性は皆無に等しく、運命のイタズラをただ待つのみです。
 
彼らの立ち位置を表して居るポスターがまさしく壮観です。

 

<金・銀・銅・泥スプーンのポスター>

 

階段に順番に立つ姿が韓国での彼らの階級を見事に表現して居ます。
 
主人公ハ・サンスアン・スヨンに恋しつつ、彼女の階級を支え切れるか悩み苦しむ余り彼女の怒りを買い、振られます。

 

 

ヒロイン、アン・スヨンは現実を直視するクールな女性で、「愛・恋」の偽善がキライですが、考え過ぎるその余り、ハ・サンスを振ってしまいました。
 
サブヒロイン、パク・ミギョンは何の悩みも無く生きては来たモノの、庶民層のアン・スヨンに好意を抱き面倒を見ます。
富裕層の父親に反発し自由恋愛を主張、主人公ハ・サンスにのめり込んで行きます。

 

 

そしてチョン・ジョンヒョンは彼自身の境遇を嘆き、好きなアン・スヨンとの関係を断とうとします。
果たして彼自身、下級層から這い出る事が出来るやら懐疑的です。
 
この様に、同じ職場に置かれた4つの階級(人)がどう言った行動を取るか、それぞれ他の階級(人)に対しどう言った反応を見せ、それにより如何なる科学反応が表れるか…と言う深奥なテーマに則りドラマが進行して行くので、一時も眼を離せません。

 

 

さて、再度『スプーン階級論』に戻りましょう。
コレ程までに『スプーン階級論』が台頭、メジャーになり、若者の共感を得て居る理由は何故でしょうか?
先のパク教授はスプーン階級論が台頭した原因は、IMF事態以降の経済的格差により青年の就職難と学力・社会的地位の代譲りの強化、資格・免許などの政府規制とこれに乗った既得権益の強固さ、それらの偏り傾向とそれによる相対的な剥奪感、劣悪な社会資本などが挙げられると述べました。
 
コレは韓国社会が「どストライク」の純粋資本主義社会とも言える『格差社会と階級社会・既得権社会』に同時進入、後発資本主義の悪しき社会に突入した事を物語ります。
 

 

せめてトマ・ピケティがその著書『21世紀の資本』警鐘を鳴らし対策案を示した様に、社会制度でその悪癖を正して行くしか有りませんが、現在の韓国政治は逆の道を歩んでおり、正すのは容易では有りません。
今や世界的にも重要なキーワードで有る「格差社会の是正」、概して簡単では有りませんが、決して放棄する事なく是正策を練り上げて欲しいと思います。

 

 

この様な重いテーマを内在したドラマ『愛と、利と』ですが、以上述べた事柄を念頭にドラマをご覧になってみてください。
また違った感慨に包まれる事と思われます。
 

 

 

<参考文献>
[젊어진 수요일] 농담인데 불편하네 ‘수저 계급론’
수저계급론, 경제적 격차보다 기회의 불공평·불평등이 문제"

김낙년 한국에서의 부와 상속, 1970-2014

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