<ドラマ 武神>
 
ワンポイントコラム
<韓国朝鮮 歴史のトリビア>
245.朝鮮の刑罰❶高麗時代まで
 
 
 
 
 
韓国史劇ドラマ映画を観て居て刑罰がどうだったのか気になって来ました。
流配されたり笞刑(お尻を叩く)されたり、果ては賜薬まで様々な刑罰が登場します。
何処までが拷問で何処からが刑罰か分かり難くも有ります。
 
 
なので我が国の刑罰について調べて見る事にしました。
長くなるので2回に分けます。
まずは高麗時代まで。
 
 
古代の刑罰と言えば古朝鮮の「犯禁八条」が有名ですが、その内、
 
❶殺人を犯せば殺されて償う。
❷傷害を犯せば穀物で弁償する。
❸窃盗をすれば奴婢とする。
 
と言う、この3箇条のみ現存します。
 
<犯禁八条の書かれた漢書>
 
詳しくは分かりませんが、犯罪の程度により刑罰に段階が有った事が伺えます。
 
三国時代の刑罰は記録に断片的に登場します。
律令制の確立で刑罰も完成されたと見做せます。
 
 
高句麗では373年(少獣林王3)に成文法である律を公布、施行したので、制度としての刑罰が整備されていた事でしょう。
詳細は分かりませんが、中国の史書や『三国史記』などによると、死刑として棄市・斬刑・火刑・族刑(連累刑)などが有り、竄刑(追放)・籍沒刑(没収)・笞刑などが有った事が伺えます。
 
<笞刑>
 
反逆罪は火刑後に斬首し、家産を没収。
城を守れずに敵に降伏した者、戦争で敗北した者、一般殺人者、強盗は斬首による死刑。
窃盗者は窃盗物の12倍を賠償または子を奴婢とする。
他にも他人の牛や馬を殺した者は奴婢、債務を返済できない者も奴婢としました。
 
<ドラマ シンウィ>
 
新羅は高句麗の律を基本受け継いだと言えるでしょう。
車裂きの刑、四肢を斬る死刑の四支解、公開処刑のキシ棄尸、墓を暴いて斬首する戮屍などが存在しました。
 
百済の刑罰は斬刑、流刑、禁固刑、族刑が存在した事が伝わります。
 
 
高麗の刑罰は唐律を規範としたので、刑罰においても中国・唐で完成した笞・杖・徒・流・死五刑制度が確立され、三国時代に比べれば組織化されたと言えます。
 
五刑とは
 
笞刑(ちけい・むち打ち)
杖刑(じょうけい・つえ打ち)
徒刑(ずけい・強制労働)
流刑(るけい・島流し)
死刑(しけい・死刑)
 
を指します。
 
 
1. 五刑制度
 
①テヒョン笞刑:五刑の中で最も軽い軽犯罪に対する刑罰で、臀部(尻)に鞭打つ刑です。細いムチです(楚木)。
10から50まで5等級が有りました。
 
②チャンヒョン杖刑:笞刑よりは重い刑罰で、やはり杖60から100まで5等級が有りました。
杖は荊木で作られた太いムチを指します。
 
③ トヒョン徒刑:強制労役に従事する刑罰であり、徒1年から3年まで5等級の刑罰となって居ました。
 
④リュヒョン流刑:徒刑より重い刑罰でソ・ジョンベ竄・定配または귀양帰郷とも言いました。
遠い島や僻地の配所に居住を制限する刑罰として、流2,000里・2,500里・3,000里の3種があり、贖刑(お金で償う事)が許されました。
 
⑤死刑:五刑の中で最も重い刑罰であり、命を断つ生命刑です。
死刑には絞(首を絞める)と斬(首を切る)の2種類があり、斬首が絞首よりも重い刑罰でした。
 
<コヨル刑>
 
2. 刑の免除・軽減など
 
①節杖法:五刑のうち、死刑以外の刑を杖刑に換算して贖わせる法です。
宋の国で制度化した物を導入した物です。
例えば笞50は節長すると、杖10への換算が決まって居ました。
 
②收贖法:刑罰の重さに応じて決められた財貨を納付する事で執行に代える法です。
例えば、笞10は銅1篇と言う風に決められて居ました。
 
③ 官当法: 官当とは、刑罰に代えて官位を削奪する事です。
官吏の犯罪についてのみ適用される法です。
 
<ドラマ 王は愛する>
 
3. 極刑
 
五刑の上に極刑が有りました。
 
① キシ棄尸:「棄尸于市」といい、罪人の遺体を市場に展示して予防効果を収めようとする刑罰です。
 
② ヒョス梟首:懸首木上といい、斬首して頭を木に吊るしたり高い処に載せて一般に公開展示する刑罰です。
 
 
③コヨル車裂:遺体の四肢を車に縛って破って公開、あるいは地方に回覧する極刑です。
 
④ チヘ支解:体解とも呼ばれ、遺体を荒らして展示する刑罰です。
 
 
4. 五刑以外の付加刑
 
高麗では五刑以外の各種付加刑も加えました。
① サプミョンヒョン鈒面刑:黥面刑または刺字型とも呼ばれ、顔や身体に入れ墨を入れる刑です。
② 除名・收職牒:除名とは官職と官品を全て剥奪し、庶民に降等させる刑です。
③クィヤン帰郷:故郷以外の土地に追放する事です。
地方の鉱山労働や狩猟・製塩・屠殺業・擁器具・鍛冶屋など職人として登録する刑でした。
④ チュンサンホ充常戶:重い義務を負う賎民への転落を意味します。
⑤ 籍没家産:家産の没収です。
 
これらを五刑以外に、罪の重さにより追加・加算しました。
 
この様に、高麗時代には厳格な規定により、刑罰が決まって居ました。
この伝統は朝鮮王朝時代においても受け継がれました。
 
次回で朝鮮王朝時代の刑罰について具体的に見ます。
 
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<流刑を描いたチャサンオボ>
 
<参考文献>
한국민족문화대백과사전