私より2歳若い大沢くんというチエリストがいた。京都市立芸大を卒業し、海外を含めてコンクールに奔走していた。飛行機に乗るとチエロは1席分を確保する必要があり、彼は必ずCAさんに「楽器もお腹空いているから食事を持ってきて」と注文し、それでも「あまっていたらほしい」と注文するほど大食漢だった。

  ある時、5人ほど集まって彼のミニリサイタルをすることにした。ギャラは演奏後の食事食べ放題。二つ返事でOKとなり会場は円山公園内にある長楽館の2階ときまった。彼は静かにバッハの無伴奏チエロソナタを弾き始めた。目の前のチエロ演奏ははじめての体験で弦を指で押さえたり音のポジシヨンを変えたりすると弦と指板がこすれる音がけっこう大きな音をたてる。4オクターブの音域、五臓六腑に染み入る迫力で私はチエロの虜になった。

 金剛能楽堂が2003年に烏丸通一条に移設されたのでお祝いにいき、限定的だけど多目的ホールであると知った。直感的に能舞台でチエロの演奏会が閃いた。宗家の金剛永謹さんの答えは「舞台が傷つかないならいいですよ」ということだった。

 

   

▲能舞台の写真は金剛能楽堂HPより

 そこで京響のチエリストにもちかけたら快い返事で上村昇さんも加わることになった。総勢9人。ベルリンフィルの12人のチエリストたちには及ばないかもしれないが、京響としては初めてのパート演奏会だったようだ。みんなにチエロファンになってもらおうとビートルズの曲も数曲入れた。

 能舞台の養生は宗家立ち合いで行った。キズをつけてはならない。問題は履きもの。原則は足袋だがチエロには似合わない。足袋でチエロを弾いたら夜叉も鬼も笑うだろう。そこでスリッパで勘弁してもらった。もう一つはチエロのエンドピン。養生していても万が一を恐れてエンドピンストッパーを使うことにした。

 能舞台の床下には甕が数個置いてある。歴史的な音響装置だ。だから床を響かす楽器の演奏会に向いている。マリンバ、ハープなど。せっかく養生したのだからと4夜連続のコンサートにした。初日は能。2日目からはフィナーレの曲を「星に願いを」で統一した。演奏者はかつて経験したことがない音の反響と残響に戸惑うことが多かった。けれどステージの上下を問わずみんな演奏会を楽しんでいた。もちろん私は大満足だった。