「気づき」と「人間力」の教育 一尾塾 -33ページ目

「気づき」と「人間力」の教育 一尾塾

学校、塾、キャリア、子育て、家族、心理学、脳の活性化!全部やります!
趣味は「教育」!!

昨年末のイベントです。
尾張旭市で開催された「あさひ教育円卓会議」に参加。

学校説明会を終えた後に、すき家で牛丼を食べ、「あさひ教育円卓会議」の行われるスカイワードあさひへ。

 尾張旭市といえば、私が中学生時代を過ごした場所。

スカイワードあさひでも、いくつか思い出があったりする。

懐かしさとともに、会場へ。

といっても、スカイワードあさひの中に入ったのは今回が初めて(笑)中学生のころはその周りで、まぁいろいろと(笑)

会場にはこの会の主催である「しみんシップnet」の舩坂さんが、「一尾さん、一番に申込みだったから一番前に座ってね。」となかなかのこじつけで案内(笑)


会場に入ると、知った顔がちらほら。いや、結構いました(笑)

そこから、最初は尾張旭市長からのあいさつ。教育委員長からのあいさつが続き、杉浦真理(すぎうらしんり)先生へ。

杉浦先生の著書は、「主権者を育てる模擬投票」「シティズンシップ教育のすすめ」

今回の参加は、自分の中学時代の地元だったこと。舩坂さんの応援をするため。ということで参加したので、18歳の選挙権についてはあまり興味はありませんでした。

それでも、本質的なところはやはりいっしょで、いかに自分たちが当事者意識をもって様々なことに取り組むか、という点。

杉浦先生の話を聞きながら、いろいろなことを考えたり、調べたりしました。

 

若者が当事者意識をもって取り組み、自分が影響力があるということを思うということは、すでに既得権益などを得ている大人からしたら、結構不都合なことも多いだろうなぁ・・・とか。

小中学生、特に小学生には、まずは、身の回りで起きる出来事に対して、自分は影響を与えることができるのだという経験をさせることが大事なんだろうなぁ・・・あ、これはクラス会議がとっても最適!

そもそも今の議院内閣制ってどうなの?

議員の在り方ってどうなの?(そんなことを思いながらスマホで北欧を調べたら、デンマークでは、議員は定年退職の年齢になったら後輩に道を譲るのが慣例らしい。だから60歳以上の議員は2パーセント程度。これって結構大事な気がする。)

市民が選挙権を持ったとしても、その先のビジョンが従来のものとかわらなければ、なんら変わらないのでは?自分たちの「幸せの文化」とはなんなのか、ということを再定義する必要があるのでは?それと合わせて、労働観の変化も必要なのでは?

自主学校瀬戸ツクルスクールは、直接的に市民と学校をつなげることができるよな、とか。

そんなことを考えながら話を聞いていました。

 

その後、4つのテーマに分かれてワークを行いました。

1・模擬投票を実施したい!

2・行政・市議会を10代にひらくためには?

3・福祉の町づくりを10代にひらくためには?

4・地域参画のイベントをひらくためには?

それぞれやりたいテーマのテーブルに移動。

私は、「行政・市議会を10代にひらくためには?」

1年間の準備期間で実行可能なことを考えました。

最初は個人思考で案を2~4個。

次に自分の考えを1分で発表。

その後、グループとしてどういう案にするかを決定。

今回はだれかの案ではなくて、みんなの案を統合しての案。


私の出した案は、

「市議会モニタリング」 市議会にちょっとした仕掛けを施して、子どもだちとそれをモニタリング(テレビ番組のモニタリング的な)。少しでも多くの子どもにまずは目を向けてもらうということから、といった施策。

「10代議案」どんな内容でもよいので、実際にその議決されたことが実行されるような案件を1つ用意しておく。ゲーム慣れしている子どもも結構いるので、ある意味リアリティを与えたいなぁという視点で。

「役割交代」 議員と中学生あるいは高校生が役割を1日~1週間交代する。議員は学校に登校し授業を受ける。学生は市役所に出社的な。

「100人ブレスト」質より量作戦。ブレストした用紙を市役所やHPに貼っておく、というような。

それとみなさんの意見をいろいろと合わせて案をひとつ考えました。

その後、4つのお題に対して、それぞれから1班ずつ発表。

特に面白かったのは、4の案で「まちでまるごとインターンシップ祭り」かな。

1~3日間市内にあるすべての会社で子どもたちのインターンシップを受け入れる。というようなもの。

子どもたちがどこでもいいから自分で行って働くって面白いな~と。

 

ここでいったん休憩。

その後、柴田朋子さんから「キミチャレ」のお話。

そろそろ21世紀型の学びをしませんか。もう大人が答えを示す教育は終わったんです。

ひたすら首を縦に振るのみ(笑)すっかり柴田朋子ではなく、キミチャレ朋子


いつも10分くらいなので、2時間くらい話す場がほしいそうです。ぜひだれかよろしくお願いします!(笑)

 

次に、毛受さんからのいろいろなお話。

そう、いろいろ。アクティブラーニングからインターンからシティズンシップ。毛受さんの頭にあるいろいろを熱く語ってくれました。

 

そして、そのままパネルディスカッションへ。

杉浦先生、柴田さん、毛受さん、舩坂さんが壇上へ。

会場からの質問。

私からも質問させていただきました。

「投票率を上げるのはいいが、その先にある「幸せのカタチ」がいったいなんなのか?ということを考えることが必要だと思う。そして、これからの幸せのカタチを作っていくうえで、特に男性の労働観の変化は大切だと思うけれど、「がまんして働いて、それで給料をもらうんだ」的な労働観を変化させるためには何をしたらいいと思いますか。」

ざっくりと各パネラーの答え。

杉浦先生「自分自身が輝くこと。育児休暇は気づきをえるよい機会では?」

柴田さん「夫婦でお互いにバランスをとること。男性だけががんばるというような片輪走行ではなく、両輪で。夫はATMではありません。(会場から笑い!)」

これは今考えると、女性がしっかりと働き、輝くことということにつながるかな。確かに現実として、男性が女性に年収を抜かれた時点で夫婦関係が破たんするという話を耳にすることがある。それくらい男性にはインパクトがあるのかもしれない。

毛受さん「子どもと話すこと」そして、この後の懇親会で毛受さんの奥さんから「社会見学!子どもから仕事についてのインタビュー、あるいはインターンシップでインターンシップ生と関わることで、改めて働くということに向き合ってもらうこと。」と。確かに大人に言われるとなかなか受け付けないかもしれないけれど、子どもからの問いかけで「なんのためにはたらいているですか?」と聞かれたら、ちょっと考えるかも。

舩坂さん「休むという期間を設けること」

たしかにはたらき出したらすっぱしり続ける感じはあるもんね。強制的にそういう期間を持つことはありなのかもしれないな。

ということで、ほかのいくつかの質問に答えて終了!

 

最後に各グループで今日の振り返り。

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そして、懇親会へ。

懇親会では、地元尾張旭のバリワールの出張レストラン。

カレー、ナン、うまし!

そして、ハンドベルの演奏。

素敵!

さらに、瀬戸市の歌姫(年上だけど(笑))chinami姫の熱唱。

すてきなクリスマスミニライブでした!

ということで、終了!

 

いや~舩坂さんがんばったな~というのが一番の感想。

短距離なみに駆け抜けたんじゃないかな~

すごいパワーだわ。

そして、懇親会の締めでも柴田朋子さんがいっていたけれど、

「これがスタート!」

昨日は毎月お世話になっているLDK覚王山で第17回アドラー心理学入門~家族のつながりを育むコミュニケーションのコツ~を行いました。

今回は

「感情と上手に付き合う」

このなかで、私メッセージという伝え方の紹介があります。

その私メッセージのなかで言及する内容として、

「相手の行動」があります。

実はこれを伝えることがなかなか難しかったりします。

「あなたがそうやってずっとだらだらしていると、お母さんは宿題が終わらないんじゃないかと心配になるの。」

この文章のなかでは、「あなたがそうやってずっとだらだらしていると」

というところが相手の行動にあたるわけですが、これが残念な感じで・・・(笑)

確かに母からみれば、きっと「ずっと」と思えるくらい長い時間かもしれませんが、子どもにとったら、ちょっとだけ休憩していると思っているかもしれません。

確かに母からみれば、「だらだらしている」ように思えるかもしれませんが、当の本人はそんなことは全く思っていないかもしれません。

ですから、ここでは、相手の行動を伝えているのではなく、目の前に起きていることを自分なりに解釈して自分の意見を言っている、ということになってしまいます。

ここで数名の方が、「がびーーーん!」(昭和風)となっていました(笑)

「え~~ どう見たってだらけます~~~!」(笑)

 

まずはこの自分のめがねに気づくということが第一歩かもしれません。

ただ、これがなかなか気づけないんだなぁ~(笑)

ものごとをありのままで見ているようで、まったくありのままを見ていない。

自分の見たいようにしか見ていない。

と、これを書いていて自分の胸も痛む次第(笑)

でも、これができるようになってくると、相手とのコミュニケーションが適切に行えるようになるだけではなくて、自分の気持ちも落ち着けることができたりもします。

変な解釈を入れて、イライラしなくなるので。

STePSトークin瀬戸での質問集

本当は生まれてきてくれてありがとうなのに、子どもが社会から取り残されず、人並みな人生を歩んでほしいと思うと、目の前の学校の成績などが気になってしまう。

質問だけではなく、感じたことや思ったことも書いてくださいね~といったので、こういったコメントも。

 

今の大人はしっかりと自分でもう一度言葉の定義や自分自身のものの捉え方を考えるということをしたほうがいいかなと思っています。

ここでいう「社会」って何を意味しているのか。

「取り残される」というのはどういう状態なのか。

人並みな人生となぜ目の前の学校の成績がつながっているのか。

 

別にこの質問を書いた人を責めているわけではないですよね。

ただ、もし気になってしまうことを変えたいのであれば、そのあたりをもう一度考えてみてはどうかなと思います。

 

たとえば・・・

 

「取り残される」という言葉だと、社会に対して主体的にそれを発展させていくという発想ではなく、受動的にただ変化していくところについていくしかないという考えがあるのではないかと思います。

 

また、人並みってどういうことを人並みといっているのか?とか。

食うに困らず、仕事に困らず、家族がいて、家があって・・・そういうことかな?

でもきっとそうではないと思うんですよね。

食うに困らずっていったて、毎日同じご飯では嫌なんでしょうし、仕事の困らずっていったって、ブラックじゃなく、できれば環境がいいところでってことでしょうし、家族がいてっていうのも、そこはきっと養子とかではないんだろうと思ったりするわけです。

だとすれば、人並みってなんなんだろうって。

人並みっていうけれど、そこには自分の溢れんばかりの価値観が入っているんじゃないかなって。

そして、その自分の欲望を満たすために子どもは生きていくわけではないってことを思うとまた違った景色が見えるんじゃないかなぁ。

 

 

分かっているけど・・・という場合は、ほとんどの場合は本当はほとんどわかっていないのではないかと思うわけです。

 

 

 

すごく抽象的な言葉のお化けになんとなく不安になって、それを解消しようとせずに思考停止になってまた不安になる。

そんな悪循環が続いていってしまうような気がします。

 

最後はきっとすごくシンプルなところに落ち着くのだと思いますが、そこにいたるまでに、様々なことを考えたり、学んだりするプロセスは必要なんじゃないかなと。

教育って?

STePSトークで出た質問。

 

今自分がやっていることをふりかえってみると、

誰かに何かを教えて、だれかを育てるということではなく、

自分自身に矢印を向けて、自分自身に対して教養などを与えて、自分自身を育てていくということ。

そして、それを周りに放出していくこと。

そして、その放出の風に当たってもらえるような動きをすることなのかな、と思っています。

 

イメージ的には、7つの習慣でいうところの、「影響の輪に集中する」という感じでしょうか。

いくら相手に何かを教えたくても、相手が受け取れる状態でないとなかなか教えられないでしょうし、そういった相手を変えようと思うのであれば、まずは自分自身が変わって、相手がその人から影響を受けたい、と思うような自分になることが教育の大切なひとつの要素ではないかと考えています。

 

引き続きSTePSトークででた質問から。

「なぜ先生になろうと思ったのか。」

自分としては先生というつもりはあまりないけれど、それでも塾の先生にはなったわけだしな・・・

子どもから見たら先生だろうし

なぜか~~~~~

すっかり目的論的考え方をするようになってから、その原因をたどらなくなってしまったからな~(笑)

でも改めて考えてみる・・・

きっかけはなんだったんだろうな・・・

「塾」が好きだったんだろうな、きっと。

教室全体が本気モードのような雰囲気が好きだったのだと思います。

不遜な中学生だったから、学校の先生はアマチュア、塾の先生はプロフェッショナル、などと思っていたし。

もちろん全然そんなことはないのだけれど、当時の小生意気な私はそう思っていた。

一時地元の南塾(地元とはいっても、駅だと5駅ほど離れていたところをチャリで爆走。しかも当時はなかなかなスパルタ塾)と千種にある河合塾にダブル通塾していたときもあったしな。

 

あんまり学校は好きじゃなかったんだと思います。

というか、そもそも転勤族で、小1、中1と転校生だったので、学校に自分の居場所があるって思わなかったということも大きいかもしれない。

そういう状況のなか、人間関係は関係がなく、純粋に成績だけで評価されるというところが好きだったのかな~?

 

なんていろいろと考えていると、どうやら先生になりたかったわけではなく、

「本気モードの場」を作りたかったんだろうな、と。

そのためには先生になると、そういう「場」は作りやすいという流れかな。

うん、たしかにそう考えると自分があまり「先生」という仕事に執着がないのも納得がいくなぁ。

 

ということで、「なんで先生になろうと思ったのか」という質問に対しては、

「本気モードの雰囲気のある場を創りたかったから」ということになりますかね。

 

あーでも一番自分が納得したな。

問いを投げてくれた方、ありがとう!!