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「気づき」と「人間力」の教育 一尾塾

学校、塾、キャリア、子育て、家族、心理学、脳の活性化!全部やります!
趣味は「教育」!!

今日はママーズ(母親学級サポーター育成自主勉強会)

教科書は、クラス会議で子どもが変わる

クラス会議で子どもが変わる―アドラー心理学でポジティブ学級づくり

クラス会議で子どもが変わる―アドラー心理学でポジティブ学級づくり

  • 著者ジェーン ネルセン,H.ステファン グレン,リン ロット,諸富 祥彦
  • 価格¥ 1,944(2016/02/16 17:05時点)
  • 出版日2000/10
  • 商品ランキング506,690位
  • 単行本275ページ
  • ISBN-104434005901
  • ISBN-139784434005909
  • 出版社コスモスライブラリー

 

地道に読み進めています。今日は

「ケアリングの理解レベルの測定結果」

ジェイムズ・タニー博士という方が、博士論文のテーマとして扱ったとのこと。

 

校長たちに

「あなたは教師たちを大切にしていますか?」→高いレベルのケアリングをしている。

教師たちに

「校長はあなたたちを大切にしていますか?」→極端に低いレベルのケアリングしか受けていない。

 

教師たちに

「あなたは生徒たちを大切にしていますか?」→高いレベルのケアリングをしている。

子どもたちに

「先生はあなたたちを大切にしていますか?」→極端に低いレベルのケアリングしか受けていない。

 

そんな文を読みながら、いろいろとトーク。

「これって上下関係があるとこうなるんじゃないかな?」

「確かに上下関係のないツクルスクールでは、そもそもそういうことを相手に求めない空気だよね。」

「でもケアリングがないかっていうと、普段はいろいろだけど、いざというときはケアリングしてもらえる、という空気感があるように思うよね。」

「ってことはなに?上下関係のなかで自分の思っているケアリングを相手にも感じてもらいたかったら、かなりがんばらなくちゃいけないってことになっちゃう?」

「かもね~ それにこれ、親子関係を上下関係で保っていると同じ事が言えるかもね~。子どもが必要以上にケアリングを求めてくるときは、もしかしたらそれは上下関係の賜物かもしれないね~」

「元気なときはいいけど、いつもいつもだと疲れるよね~。だったら、対等な関係をつくっておくといろいろとエネルギーを使う量も減って楽かもね~」

なんてことをいろいろと話しました。

今日、自主学校瀬戸ツクルスクールでは、私は「木」になりました。

これは、サドベリー教育を受けた方に聞いたのですが、この「木」になるという研修があるそうです。

 

子どもたちが7名ほど。

「木」になると、いろんなことが「気」になります(笑)

普段聞こえてこないようなことが聞こえてきたり・・・

ただ、途中から「気」にならなくなったのは、仕事に熱中していたから(笑)

それでも学校は進んでいく。

昼食を作るときにも、あれがない、これがない、と言っていたりする。

しかし、私は「木」 手出し口出しは無用。

そして、メンバーたちも私が「木」だから、なにも聞いてこない。

話しかけてもこない。

そして、ときどき「木」から人間になりそうになってしまう。

いかんいかんと口をつぐむ。

 

自分が何に「気」になるのか。

普段当たり前と思っていることが少し意識かされる。

そして、話さないから、それを自分のなかで考えることができる。

教育を考えるのに、とてもいい機会だと思う。

 

無意識を意識化できる「間」が瀬戸ツクルスクールにはある。

ぜひ「木」になりにきてみませんか?

まだ無料です(笑)

自主学校 瀬戸ツクルスクール

お手伝い編

瀬戸ツクルスクールの場合は、お手伝いというよりもむしろそれがメイン。

昼食づくりや後片付けが中心ということもあるけれど、なにか自分でできないときに誰かに手伝ってもらうことも含まれています。

貢献感

自分は役に立っている、ということを体験できる。そして、自分は役に立てるんだという感覚を培える。

昼食づくりであれば、手伝えばその分早く終わることができるし、そのつくった昼食を「おいしい!」と言ってもらえるならば、貢献感を味わえる可能性は高いだろうな。

そして、それは人とのつながりを経験できるとも思っています。

生活力

これはお手伝いだけに限りませんが、日々の、どちらかというと日の当たらない場面をしっかりと身につけることができると思っています。

生活。それは食べることであり(食)、片づけること(住)。

それらが基本となって、活き活きと生きること力がつく。

ここから考えると、お手伝いは活き活き生きる力の土台となるということ。

この土台の上に、知識や経験が積み重なり、豊かな生活になっていく。

 

逆にこの生活力をつけずに知識や経験を積んだとしても、いや、そういう中では知識も経験も糧にはできないか。

インスタント料理ばかり食べ、食事の後片付けもできない、部屋の後片付けもできない状態で生活をしていたら、長期的にみたときによい結果になると思えません。

その土台がないからこそ、いつまでも自立しない大人が増えているのかもしれないとすら思えます。

 

本来はこの仕事は家庭の役割でした。

教育基本法にも次のように記されています。

家庭教育

「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。」

しかし、家庭でこれをする機会が、さまざまな要因により以前よりは失われてしまっているように思っています。そして、全体的に生活力、活き活き生きる力が低下してしまっているのではないかと思っています。

それがいいとか悪いとかではなくて、そういう状況だからこそ、それらを学校という場ですることは今の時代は大切なことだと思っています。

 

ということで、お手伝い(瀬戸ツクルスクールでは、主に買い出し、昼食づくり、後片付けなど)には、貢献感、人とのつながり感、そして、活き活きと生きる力を育める可能性が大きいと考えています。

 

詳しくはこちら↓

お手伝い至上主義でいこう! ― 子どもの就職力を高める「ヒマ・ビンボー・オテツダイ」習慣

  • 著者三谷 宏治
  • 価格¥ 1,512(2016/02/13 21:44時点)
  • 出版日2011/03/11
  • 商品ランキング37,521位
  • 単行本252ページ
  • ISBN-10483341953X
  • ISBN-139784833419536
  • 出版社プレジデント社

瀬戸ツクルスクールはすべて関わる人の善意で行っているので、お金はありません(笑)

食費も300円と制限しています。

学校給食と同じくらいのコストにしたいということで300円に設定しました。

 

そこで何を学べるのか。

 

リソース(資源)を大切にする。

毎回限られた予算のなかで昼食を作るので、必ず冷蔵庫に何が残っているかを確認してから昼食メニューを考えます。

少し言い換えると「自分の持っているものを普段から確認する」ということになります。

もう少し言い換えれば、「リフレクション」の実生活バージョンです。

ないものに対してねだったり、不満をいうのではなく、今あるものをしっかりと確認するということになります。

 

人とのつながり、モノとのつながりに感謝できる

お金がないので、学校をつくった当初はみなさんに寄付のお願いをするしかありませんでした。

そして、たくさんの寄付をいただきました。

 

普通の学校にいっていると、そこにモノがあるのが当たり前。

そろっていなかったり、壊れていると文句すら言う。

 

普通に学校にいっていると、面倒見てくれる人がいるのが当たり前。

だってお金もらってるでしょって感じてる子どもたちもそこそこいるんじゃないかな。

でも、ツクルスクールはそこに人がいてくれないと学校が成り立たないから、人がそこにいるということだけで本当にありがたいなと思える。

感謝の気持ちを持ちやすいんじゃないかな。

 

また、人とのつながりでいうと、少し違う一面になるけれど、参加人数が少ないと、昼食の予算も少なくなるからいろいろと大変。

一人より二人、二人より三人。多いほうが、より豊かな食生活が送れる。そんなことを体感できる。

一人でやるよりみんなでやることのほうが豊かになれる。

そんな経験になるんじゃないかな。

 

工夫を考える

あるなかでなんとかしなければいけないので、やっぱりいろいろ考えます。

どうやったらやりくりしやすいだろう。

何だったらお金をかけずにできるだろう。

どうやったらお金を手に入れることができるだろう。

生々しいですが、生活をしていくうえではきちんと考えなければいけないことであると思っています。

そんな風に過ごしていると、できるかな?ではなくて、どうやったらできるかな?という思考が育ちやすいと思っています。

こんな思考↓

プレイフル・シンキング

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  • 著者上田 信行
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  • 出版日2009/07/03
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  • 単行本192ページ
  • ISBN-10488335220X
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幸せの戦後史

第三部 第三章

村上春樹と対米闘争

村上春樹・・・たぶん一冊も読んでいない(苦笑)

海辺のカフカを読み始めて、途中でストップ。

あぁでもノルウェイの森は・・・映画で観ただけ、かな。

ということで、この章のことはたぶんあまり理解できていないはず・・・

いくつか気になった文を書き出すことだけにします。

 

”「ポップ」をは、ポピュラーカルチャーにとどまらず、アメリカの欲望システムや消費社会そのものであり、それを普遍的な正しさとして世界中に拡散していくアメリカの戦略でもある。”

 

”コカ・コーラもマクドナルドもリーバイスも日本の日常そのものだが、実はそれらは、思想なのだ。思想なのだから本来は格闘しなければならないのだが、コカ・コーラと格闘するのは難しい。”

 

”70年代、日本がアメリカと奇妙な「一体化」を起こしたのは確かである。戦後一貫して、絶対的な先導者、保護者であったアメリカを、日本はようやく相対化し、対象化し、呑み込んだ。それはアメリカ離れのように見えたが、実は離陸ではなく、アメリカの日本化であり、日本がアメリカ以上にアメリカ的な日本になることだった。

 

”確かに未来の宇宙空間や最終戦争後の地球を舞台にするなら、「アメリカの影」を消してしまえる。アニメ作家たちは、まるでアメリカなど眼中にないかのようなそぶりで、新しい自前の世界(偽史の世界)をつくりした。そこは、アムロ・レイやナウシカのような非日本人が住まう場所が、どこか日本的な感受性を共有する「反世界的」な日本である。この疑似的な日本はーアメリカが関与しないー世界の中心であり、すべての物語は、この擬・日本に関わりながら展開、進行していく。日本こそ、世界の中心であり、先端であり、それゆえに外来の敵の最初の標的であるーこのナルシシズムが、戦後日本に登場した最初の本質的非米文化たる、オタク文化のコアだった。”

 

”これが村上春樹という作家の戦略であり、真骨頂だったと思う。彼は「鼠三部作」で六十年代の強制終了を実行し、併せて日本が内面化したアメリカも殺害した。換言すれば、六十年代という「第二の戦後」に引導を渡し、アメリカという「第二の日本」を忘れ去ろうとしたのである。”

 

感想

ほとんど中心に筋がわかっていないので、感想といっても(苦笑)

 

分かった範囲で。

アメリカは日本だけではなく、消費という限りない日常に近く抗いにくい思想を拡散した。他の国がどうなのかは、私はわからないけど、少なくとも日本はそれを受け入れたんだろうなぁ。ただ、そこにはある意味日本のナルシシズム的な意識があり、日本人特有の勤勉さがそれを混ぜ合わせてアメリカ文化を消化し、そして、呑み込んだ、という感じかな。

確かに日本人の「幸せ」を考えるうえで、アメリカの影響は避けては通れない。で、今現在2016年に置いて、果たしてそれを意識しているのかというと、まだまだしているだろうと思う。英語を話せると、すごいね~っていう文化がそれかな。

この章はほとんど意味がわかってないような気がするけど、次が終章。

いままでの流れをどのように収束していくのかな。

今回でてきた本をいくつかピックアップ

「幸せ」の戦後史

「幸せ」の戦後史

  • 著者菊地 史彦
  • 価格¥ 3,024(2016/02/11 14:59時点)
  • 出版日2013/04/05
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  • 単行本419ページ
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  • 出版社トランスビュー