ワークバランスと犠牲 | 「気づき」と「人間力」の教育 一尾塾

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先日参加したセミナーで講師の方がいっていた言葉で、印象的な言葉がありました。

最近よくワークライフバランスという言葉が認知され始めていますが、(実際私のキャリアアドバイザーの資格勉強でもでてきています。) バランスというのはやはり適切ではないかもしれないということでした。

私たちはみな1日24時間という時間のなかで生きているわけで、バランスをとるためにその時間を延ばすことはできません。

1週間というスパンで考えれば、バランスが取れるのではないかとも思いましたが、もし、なにか企画を一本考えるという作業があったとして、今日は時間がとれないから、明日にしてみようと思って、明日にやってみたとする。

しかし、よくよく考えると今日考える企画と、明日考える企画とは違うかもしれない。

やはり同等のものをバランスよくやろうというのは無理なのかもしれませんね。

私たちは1日のなかで常になにかを犠牲にして、交換して、生きているのではないかと思います。

そのことを自覚したほうがよいかもしれません。

そしてそれを行っているのはすべて自分であるということ、だからこそ自分の人生を自分で決めることができるということ。

いつもいつも考えるということは疲れてしまうかもしれないのであれですが、ときどき何気ない自分の行為について考えてみるのもよいかもしれませんね。

今自分がやっていることは、そこにあったかもしれないなにかを犠牲にしてやっている。

だからその生まれこなかったものごとに対して恥ずかしくないよう、今やっていることを一生懸命やる。

そして、それはたとえ昔のことだっとしても、考え方を変えるという行為をやることで可能なのかもしれないと思います。

自分に当てはめてみると、それは転職によく当てはまっているのかと思います。

やりかけの仕事を途中でやめること、そこでできたすばらしい人間関係から離れること、その代わりに私は自分のやりたいことに取り組んでいる。

だからこそ一生懸命にやる。

そうやって今の自分の選択に対して責任を持ちながら、犠牲にしたことに対して敬意をいだきながらやることで、今の自分に納得をし、次に進めるのではないかと思います。

また、その自覚こそが、自分の環境はすべて自分が創り上げており、だからこそ、自分の思うような環境も自分で創り上げることができるのだと思えるようになるのかもしれません。