感動おいてきぼり | ありんどパン

ありんどパン

おやつにパンを食べようと思ったら、蟻さんがむらがっていた・・・

しかも食べてから気がついちゃった・・・

そんなせつない日々を書き残そうというのが発端です

このごろの映画や小説は


「この夏、一番泣けるストーリー」

「ラスト○○分の感動」

「(有名人のコメントで)私も涙しました」


など、


具体的に この部分がすごいよ~、このシーンでこんな気分になるよ~、

という形で宣伝されていることが多い。


親切に感動のしどころが紹介されているのだ。

そして、どう感動すればいいかも教えてくれている。

攻略マニュアルである。

これで、映画を観にいったり、本を読みおわったりしたとき、

とんちんかんな感想を言ってKYにならずに済むのです。。。なんて親切。


大きな見せ所はきまっているので

その紹介、宣伝文句に大きな間違いはないのでしょう。

しかし細かな点はひとによって受け止め方が違うはず。



感動のしどころは案内してほしくない。


そして、こちらが平静な感情の状態のときに

感動の押し付けをされることも、不愉快なのである。


どんなに美しい感動であっても、

「すごいんだよ!すごいんだよ!この話!ほらほら!」

と押し寄せてきたら、気持ちはおいてきぼりにされて、白けてしまう。



これは私がひねくれているだけなのかもしれない。


なぜなら、大半の映画や小説はその売り方で

ミリオンヒットしているから。