1960年代から1990年代にいたるまで日本の教育はすべて文部省の理想を叶えるための教育だった。もちろん文部省が理想として国民の学力を示唆し向上させる計画的な実行ではありますが、それが悪いわけでもない。ただしその理想を構築するためには無理でも実行してきたのが今の日本ではないか?
1960年代は大学で大いに荒れていたし、70年代からそうした経緯を踏まえて小・中・高校レベルから教育が厳しくなっていく。警察も多少の暴行事件なら目を瞑るという事態になり、ほとんどの教育の世界で教師が生徒に手を下す行為が目立った。この子が可愛いから殴るんだという口実も実は大嘘で自分の機嫌次第で手を出すという行為に及んでいるのも事実だと思います。
社会的に弱い立場の者ばかりをターゲットに指導といいながら殴る行為はイジメでもあり暴行でもある。教師は地方公務員で身分的には警察官も同じ身分になるから意思精通するものがあったんだろうか?文部省自体がその方向性で学校教育に世界を暴力で支配するようになった。警察機関なんどは文部省ではなく地方政治になるが業務的にも法務省に近い。
教育者のような人間がよくやる行為としては努力をせず決められた項目だけ実行し、それ以外は念仏のごとく上層に告げ口をし〇〇君は私の指導ではどうしようもない。強硬的に排除するか暴力で押さえつけるしかないみたいなことをやっている。
その時代に現れてきた不良なども様々な意味で教師の偏見によるものだろうか。
受け入れ先が不安定なのに学歴だけ上げたってどうしもない。人それぞれ異なる性格がある。すべての生徒が同じ性格になったらどうなるんだろうとか考えたことはないのかなぁ。
自分の能力不足を生徒に責任に押し付ける行為は良くありませんし1980年代にはほとんどの学校で教師が生徒に暴力を奮っていたし教師の暴力で自殺が相次いだ事件も多くあった。