先月、半導体ウエハー最大手の工場へ仕事に行った。
半導体を製造する工程で様々な薬液や劇薬物が使用されるのだが非常に危険な劇薬物も存在するため、こうした利用し終えた液体を管理・処分するにもさまざまな施設が必要になってくる。その工場では塩酸もフッ酸も使用するんだろうと思う。塩酸は皮膚に付着すると皮膚を焼いてしまう性質があり非常に危険。またフッ酸は塩酸の何十倍も危険な劇薬物で1滴のフッ酸が皮膚に付着した場合1分以内に純水もしくは水道水で洗い流さなければならない。非常に浸透力の強い液体で皮膚に浸透したフッ酸は細胞に浸透しやがて骨に達する。このフッ酸はカルシウムに化学反応を示すためカルシウムである骨に浸透しながら溶かしだすのである。
1滴のフッ酸で足を根元から切断した事例もあり、そのフッ酸の蒸発ガスを吸引しただけで脳に異常を来し廃人になった者もいる。
そうした利用後の液体も非常に危険であり処分するまで保管として沈殿槽塔が設置される。
その沈殿槽の屋上に手摺を付けるための工事だったが、こうした工場では業務に応じて施設を変えていくことがよくある。
無計画という創価学会のアホども。
もう一方的な偏見ばかり目立つ記事に溜息。
一貫して思うのは創価学会の嫉みと必要以上に意識しているという点である。
法華講員が被害者だと書いている学会員の問題については法華講員を自分たちの
仲間であるかのように書いている。
そもそも大石寺の奉安堂は創価学会が申し出た正本堂の跡に建てた本堂です。
そのもともとあった正本堂の前はお墓でした。広大な墓所が並んでいて池田公廊・蜂須賀公廊・板倉公廊・日寛上人廊・御経蔵・熱原三烈士墓などがあった。その奥は忠霊塔があり、さらに奥にいくと墓地が広がっていた。常唱堂(石之坊)や東之坊の前の参道を奥に行くと川に沿って位牌塔があり、やはり奥は広い墓地だった。昭和30年代の大石寺はまた御開扉が奉安殿で執り行っていて常に満員御礼状態。それを解決するために大きな本堂が必要だったと言えば必要なんでしょう。創価学会の申し入れによって大工事が始まったのは昭和40年代半ばからでそれ以前は多くの墓地の移動工事から始まる。
正本堂が建立されてから奉安殿は御開扉に使われなくなったが、正本堂完成から間もなく創価学会の会長であった(池田大作は52年路線で会長の座を退いた後になる)新たに就任した北条氏が日達上人に面会を申し入れ、これからの創価学会は世界に広宣流布をしていくからと日蓮正宗世界センターを建設しましょうと申し出てきたのです。日達上人はその必要はないと断ったところ、北条氏は話をすり替え、今まで創価学会が寄進・御供養してきた金銭や御供養物の記録を見たい。もちろん日蓮正宗は宗教法人なので無課税ですが、もしや何らかのことで漏れたりしていないか確認させてほしいと言い出したのだ。つまり聞く側にすれば日蓮正宗世界センターを建立させろ!さむなくば日蓮正宗の悪事を徹底的に調べ上げて断罪するぞ!という内容に思えて仕方がない。
時は昭和52年路線直後、水面下で嫉んでいる創価学会の姿を日達上人は見抜いていたわけです。
一度建てた物を取り壊すというのは良くある。これが信仰の世界ならなおさら。創価学会でも会館建設地に予定していたところを一旦買収して本来建っていた建物を取り壊させ、後に別の用地へ計画を変えたことも多くの事例で存在する。大阪市平野区のホームセンター・コーナンも本来は創価学会の会館が建設される予定地だった。広大な土地が空き地になっていた。地元住民からはいったい何が建つの?みたいに噂されたがやがて創価学会が別の用地に土地も半分しかないところに建設が決まったようだ。本来建設用地だったところにはホームセンター・コーナンが土地を買収してコーナンが建ったが、これも無駄な行為ではないのか?
一般の人からすれば創価学会の建物よりもホームセンターの方が利便性はよいが、穴ぬぐいをさせられたコーナンも大変な苦労を重ねている。道楽に苦しむ法華講員っていったいなんだろう?創価学会員と繋がっている法華講員といえば、あまり会合に参加しておらず、折伏もできておらず、なお僻みが強くてすぐに怒り狂う人のことだろう。
そうした人は組織に留まることが難しくてひたすら心が乱れている。
生活環境も最悪でどうしようもない。
もう一つは自称・日蓮正宗法華講を名乗る正信会。
ボロボロの正信会はお寺も昭和55年ぐらいから不法占拠してきた。現存していた御本尊はもともと折伏下付で残っていた本尊を会員用に下付していったが日顕猊下の猊下を否定している以上、日顕猊下書写の御本尊は下付することはできないし日如猊下の御本尊はすでに破門後の話だからとうてい下付できる状態ではない。
現存している御本尊といえば日達上人か日寛上人の御本尊であり、それも日達上人か日寛上人かでプレミアム感がことなっていたかもしれない。昭和60年代あたりから変わった信徒が創価学会から現れ始めた。特に三重県出身者に多くみられる。異流儀の信仰。明らかに異なる思想を持ち我が道を行く・・・、それが端からみると堕地獄の道へ進むというか将来性が見えてこない信仰にげんなりしてしまった。
数珠を持った手を口に当て必死で題目を唱えたり、いきなり題目のリズムがF-1レースでもやっているかの如く乱れ、早口で唱えだし、息を合わそうや!と怒鳴り声をあげる。
もちろん最低な奴だが、日顕猊下を見下す得体のしれない教義を聞くと体中に有刺鉄線が張り巡らされるような痛みを覚えた。
創価学会とはすでに破折済み。その証拠に彼らは破門を受けており日蓮正宗信徒の資格を消滅してしまった連中です。もう創価学会である以上、日蓮正宗への復帰は望めないし、猊下も創価学会が日蓮正宗に戻ることは永遠にありえないと仰っている。
だから創価学会員である以上は日蓮正宗としてお寺での信仰・御本尊の授与・教義(御書)を読むことはおろか受持も許されないのです。無断で買ってに教義を作り出し盗み出そうとする創価学会員はたくさんいる。創価学会がまだ日蓮正宗の信徒資格を持っていた時代に下付された御本尊を今も安置して拝んでいるからといっても実質には信徒資格がなく御本尊を返納しなければならないのです。かりに祈っても御祈念はおろか御利益もない。それが次第に強くなってくるのはいうまでもないです。
