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福島原発事故 参考文献 歴史的経緯編

福島原発事故 「揚水発電」をカウントすれば原発なしでも夏の電力間に合う NEWSポストセブン

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「揚水発電」をカウントすれば原発なしでも夏の電力間に合う
2011.04.18 07:00
菅直人・首相は震災発生から1か月と1日後の記者会見(4月12日)で、こう力を込めた。
「原子力事故が起きて以来、政府の責任者である私が知ったことで、都合が悪いから隠すようにといったことは一切ありません」――震災以降、批判を恐れて滅多に会見しようとしなかった「国を操る人」の言葉は、真っ赤な嘘だった。
本誌『週刊ポスト』はそのことを示す1枚の極秘資料を入手した。しかし、それが示す事実は国民には公開されていない。
資料には、『東京電力の設備出力及び地震による復旧・定期検査等からの立ち上がりの動向』と表題が記されている。東京電力のすべての原子力、火力発電所や水力発電の出力、被災状況、7月末までにどの発電所の何号機が復旧するかの見通しが一覧表にまとめられたものだ。資源エネルギー庁が官邸や政務三役、与党幹部などへの電力制限の説明資料として作成したもので、右肩に「厳秘」と入っている。
資料からは、大地震前後の東電の発電能力の変化が一目でわかる。震災前には5200万kWの供給力があったが、地震と津波で原発3か所をはじめ、7か所の火力発電所が全基停止し、3月14日時点では供給力は3100万kWに下がった。首都圏で計画停電が実施され、電車の大幅減便で通勤難民があふれたあの時である。
電力需要がピークを迎える7月末に向けて、定期点検のために休止していた東扇島や姉崎などの火力発電所はすでに運転を再開し、震災の被害により停止していた鹿島や常陸那珂の火力発電所も復旧して立ち上がる見通しだが、それでも供給力は4650万kWにとどまると記されている。
記録的猛暑だった昨年の電力消費量のピークは7月23日の5999万kW。東電の需給見通しによると、今年のピーク時電力はそれより低い「5500万kW程度」と予測されるものの、供給力が850万kWも不足する計算になる。政府や東電が「このままでは真夏の大停電が起こる」と喧伝するのは、この数字を根拠にしている。
ところが、資料を詳細に分析すると、7月の供給力には盛り込まれていない“隠された電力”がある。「揚水発電」の出力が計算されていないのだ。



続きはこちら

 この揚水発電所というのは原発建設・運用維持のため、というか電気が余っちゃうと困るので、

原発とセットで無理矢理造ってるあんまり必要のないものだというのが、脱原発派の言い分なんだ。

 広瀬隆氏もどっかで同じ内容のことを書いていたと思う。

 この記事は、そいつを上手く使えば良いじゃん!って話だね。

小さいこと 1

いろいろ考えていこうとおもう。

とりあえず、
ぼくは、今日から自販機でものを買うのをやめます。


新幹線で移動中 iPhoneからの投稿

福島原発事故 「原発」恐るべし 保安院 国民より私 武田邦彦教授



「原発」恐るべし 保安院 2 /2 国民より私

 先生の仰ることはいちいち首肯できることばかりだ。

 武田教授は関西では某番組で非常に有名な人で、面白い人だとは思っていたけど、

このビデオで話しておられることは、お上の常識としてぼくたちが知っていることが、

原子力行政にも、そのまま当てはまるんだということを語っておられるに過ぎない。

 ぼくたちは、戦争被害以上に相当するリスクを伴うことなんだから、

少しは違った対応をしてくれていると一縷の望みを持っていたけれど、

そんなのは勝手な思い込みに過ぎないということだ。

 だからみんなで見てみないふりをしていただけということになってしまうんだ。

 ぼくたちにも、責任がある思うことから全て始まると思う。

 日蓮聖人の教えに従えばそう考えられる。全てを自分に(原)因があると考え、人のせいにしない。

 ぼくは、今、本気で、何か行動を起こさないといけないと思っている。

 といいながらも、今日から関東に入るので、またまたネットのない環境で24時間カンヅメになります。

 だから、予約した記事以外は、しばらく更新できないと思います。

 もうちょっと現場を鍛えておけばこんなことにならなかったのにと、反省しきりです。

発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて


発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて
原子力安全委員会決定 平成四年五月二八日


発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて

原子力安全委員会は、平成四年三月五日に、原子炉安全基準専門部会から報告のあった「原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会報告書について」について、審議の後、次のとおり「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」を決定した。

平成四年五月二八日原子力安全委員会

当委員会は、原子炉安全基準専門部会に昭和六二年七月、共通問題懇談会を設け、シビアアクシデントの考え方、確率論的安全評価手法、シビアアクシデントに対する格納容器の機能等について検討してきた。その後、平成二年二月一九日、同懇談会からシビアアクシデントに関する知見及びそれまでに得られていた確率論的安全評価の一部について「原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会中間報告書」を受けた。

さらに当委員会は、平成四年三月五日、同懇談会から「シビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントに関する検討報告書―格納容器対策を中心として―」(以下、「報告書」という)を受けた。これは、近年、シビアアクシデントへの拡大防止対策及びシビアアクシデントに至った場合の影響緩和対策(以下、「アクシデントマネージメント」という)が発電用軽水型原子炉施設(以下、「原子炉施設」という)の安全性の一層の向上を図る上で重要であると認識されていること、また、アクシデントマネージメントの一部として海外諸国において格納容器対策が採択され始めていることを踏まえ、我が国が採るべき考え方について検討を行ったものである。

当委員会は、報告書の内容を検討した結果、報告書が述べるアクシデントマネージメントの役割と位置付け及び格納容器対策に関する技術的検討結果についてはこれを妥当なものであると考える。また、アクシデントマネージメントの整備を一層促進するための同懇談会の提案は、我が国の原子炉施設の安全性の一層の向上に資するものであり意義深いものと認識する。

当委員会としては、同懇談会の提案を踏まえ、左記の方針で対応を行うこととする。また、原子炉設置者及び行政庁においても、同方針に沿って一層の努力をされるよう要望する。

 つづく


福島原発事故 STOP原発!原発反対の署名ができるサイト

福島原発事故 熊取六人組 なぜ警告を続けるのか〜京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち〜


なぜ警告を続けるのか 京大原子炉実験所・"異端"の研究者たち



1/2原発反対の理由 小出裕章助教(京大原子炉実験所)11/4/1 Web Iwakami




【大切な人に伝えてください】小出裕章さん『隠される原子力』


福島第一原発事故:小出裕章 2011.4.13


福島第一原発事故:小出裕章 2011.4.11


福島第一原発事故:小出裕章 2011.4.8

熊取6人衆
海老沢徹(1939年-  )京都大学原子炉実験所、退職
小林圭二(1939年-  )京都大学原子炉実験所元助手、元講師、退職
瀬尾健(1940年-1994年)京都大学原子炉実験所、故人
川野真治(1942年-  )京都大学原子炉実験所、退職
小出裕章(1949年-  )京都大学原子炉実験所助教、現職
今中哲二(1950年-  )京都大学原子炉実験所助教、現職*2

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。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。変わっちまってんじゃねぇかよお!丁野奈津子ちゃん

。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 ぼくが関東に出張している間に、お気に入りの番組が終わってた。

 関東の宿泊地は、ビジネスホテルのないところで旅館だったんだよ。

 まだ、地デジ未対応のテレビしかなかったので、全然知らなかった。

 そのあとも、同じ趣向の番組やってんだけど、

メインキャスターが変わっちまってんじゃねぇかよお!\(*`∧´)/

 と言うことで、ちょうど特集があったので、失礼して引用しておこう。

 どっかで奈都ちゃんを見かけた人は教えて下さい。m(_ _)m


trendy.nikkeibp.co

キーパーソンに直撃 麻生香太郎の業界潜行

NHK-BS1「きょうの世界」の清楚なキャスター、丁野奈都子を直撃!


2011年01月14日

今回ご登場いただくのは、NHK-BS1の「きょうの世界」でキャスターを務める丁野奈都子さん。自宅での購読紙は「日経新聞」、最近ハマったドラマは「ゲゲゲの女房」という丁野さんを直撃した。



丁野奈都子(ちょうの・なつこ)
1977年7月6日生まれ、兵庫県宝塚市出身。
関西学院大学在学中の1998年には、大阪今宮戎神社の「ミス福娘」に選ばれた。2000年宮崎放送入社。2003年フリーアナウンサーに転身。現在は、NHK-BS1の「きょうの世界」のキャスターとして活躍中。
公式プロフィル
「きょうの世界」公式サイト

2010年の暮れは、どのニュースやワイドショーを見ても、海老蔵、海老蔵、海老蔵…であった。だからテレビをつけても、(芸能界的スキャンダルが嫌いな人には)見る番組がない。故に、衛星放送が脚光を浴びていたという。低予算が幸いしてか、静かで、淡々とした番組が多いからだ。

ならば、おすすめの番組がある。NHK-BS1の「きょうの世界」(月~金曜 午後10時~10時50分)だ。この番組が今の陣容で放送が開始されてから丸5年になる。

番組を見ていると、大ファンになってしまった。NHK総局、世界の支局および米国ABCをはじめとした世界の放送局が取り上げたニュースをセレクトして流しているのだ。CNNを1日中つけていなくても、この番組ながめていれば、世界の動向が大体つかめるように、うまく構成されている。さすが報道のNHKである。底力が違う。「きょうの世界」には、海老蔵の話など間違っても出てこない。


うわあ、こんな優れた番組が日本にもあったのか。しかも、もう6年目? なぜ誰も教えてくれなかったのだろう?

ともかく、真面目な、いいニュース番組である。しかも男性・女性ダブルキャスターなのだが、女性の丁野奈都子がいいのだ。浮ついていない。地に足が着いている。

――「きょうの世界」こそ、ニュース報道の本流だと思います。将来のアンカーウーマンの筆頭として期待しています。

「(番組が始まった2005年10月)当初は国も人物も分からない、分からない、分からないのオンパレードだったんですけど、毎日の番組なので、3年目くらいから「あ、面白いんだな」と思えるようになってきましたね」

――僕も若いころ、日経新聞をきちんと熟読できるようになるまで、丸2年かかりましたから(笑)。



「私、毎日、日経読んでます。いちばん面白い。情報量が圧倒的に多いです。私もまだ理解できるところ、できないところがあるんですけど、今の仕事上、国際面を中心に読んでいます」

――ご出身は兵庫県の宝塚市なんですね。

「そうなんです。生まれたのが芦屋で、5歳まで神戸に住んでまして。だから阪急沿線は懐かしいです」

――中高時代はニュースキャスターになろうという気持ちはあったんですか?

「ぼんやりと(笑)。阪神大震災(95年)を16歳の時に経験しているんです。その時に地震のことを伝えるのはNHKのラジオしかなくて、やっぱり伝えるってすごいなと思いましたね」

そうか、阪神大震災を体験した世代が、今やNHKのニュース番組のキャスターを務める時代になったのだ。

――そして関学・社会学部に入学。キャスターを射程圏に入れて、ですか?



「いえいえ(笑)、憧れの大学だったので受かったら御の字と、学部はどこでもよかったんです。狙いを定めて、ではなかったんですが、よくよく後から考えてみると、あそこでよかったなと」

――大学時代は何を?

「テニスサークルです。中学時代はバレーボールで毎朝、朝練して。高校もテニス」

――と、体育会系スポーツ少女っぽく言いつつ、きちんと大阪今宮戎の「ミス福娘」に選ばれているじゃないですか。

「そのころは、やはりアナウンサーが視野に入っていましたね。度胸試しじゃないけれど、受けてみようと思って、明るく元気にやってみたところ、たまたま(笑)」

――大学を卒業して、宮崎放送ですね。

「そうなんです。縁もゆかりもない所でした」

――これはマスコミ志望者の常としての、片っ端から女子アナ試験を受けて、宮崎で合格したということですね。



「はい。ほんとはやはり大阪の某局に行きたかったんですけど。楽しそうだなあと思ってて。ぎりぎりのところで落ちちゃいまして、そのショックで3か月くらいほかを受けれなくて…。でも、大学に通いながら、アナウンサー学院にも3年間通っていたので、やはり夢を諦めずというか、宮崎を受けたら合格できました」

――そこに3年間。

「丸3年です」

――どんな感じでした?

「親戚も友達もいない場所で、一人暮らしも仕事も初めてで…。当初は寂しくて、天気予報も常に関西地方を見ていましたね。『私、ここにいたのに…』って(笑)。アナウンサーとしての仕事も研修期間も1カ月しかなくて、いきなり『はい、やってみろ』のノリでした」

――そしてフリーに転身。

「とってもいい場所で、とってもよくしていただいていたんですが、丸3年たつ前に『ずっとここにいていいんだろうか』と考えて、『30歳までここにいてはいけない』となぜか思ってしまった…。チャレンジしてみたいなという気持ちが芽生え始めたのが2年半くらいのころかな。半年くらいすごく悩んだんですけど、挑戦したいというほうが強かった」

――東京へ来たかった?

「枠から一度、出たかった。新しい自分を見たかった。たまたま父親が単身赴任で東京にいて、母親と一緒に暮らすようになっていたので上京しました。もし両親が関西のままなら、関西に行っていたと思います」

――仕事は? 就職先は決めてから上京したのですか?

「いえ、何にも決めずに『辞めます』でした。だからまずは星の数ほどある事務所探しからです。ありがたいことに知り合いの方から紹介していただいてお世話になったのが今の事務所です。でも、すぐに仕事があるわけじゃなかったので」

――オーディションから始めなければならないと。

「そうです。精神的には厳しかったです。でも、修業だと思って進めていきました。スポーツの仕事が多かったです。フジテレビのCSで野球、バレーボール、柔道。柔道はまずコミックスの「YAWARA!」を読むことから始めました(笑)。5分間の真剣勝負って、なんかひかれるものがあって、それからは柔道ファンですけどね。野村(忠宏)選手とかはトークショーにも呼んでもらったりしてネットワークが広がりました。そういう中で『きょうの世界』をやってみませんか、とお声がかかったんです」

――すごく倍率の高いオーディションでしょう。



「『きょうの世界』の女性キャスターの役割って、分かりやすく解説するコーナーが多いんですね。『グラフを見ながら説明調で解説してください』とか。オーディションでは世界の天気を読むコーナーがあって、私、感動しちゃったんです(笑)。宮崎では、そんなもの読むことないじゃないですか。ニューヨークは晴れ、ロンドンは曇りのち雪、とかカッコイイな…。『感動しました』と面接で言ったら(審査の方たちが)ウケていらっしゃいました」

――この蓄積はすごいキャリアですね。

「お給料をいただきながらこんなに勉強できる場所ってないだろうな、と思いますね。毎日、特集の打ち合わせが当日の夕方からあるんです。資料を基にVTR見ながら、1時間半とか2時間、会議をしてどうやったら分かりやすくなるかを話し合います。NHKってネットワークの広さがすごいので、各地の記者さんからのリポートは、ほかでは見ることのできないようなものが多くて、日々、勉強になります。確かに、この蓄積は大きいなと思いますね」

1日2時間の会議、週5日で10時間。月に40時間。年約2000時間。掛ける5年で1万時間。しかも、その後、本番で、まとめて説明するという実地訓練が伴う。キャスターの誰もが受けてみたい国際関係、経済、政治の“授業”だろう。

――番組以外で勉強していることはありますか?

「自宅では日経と購読していて、NHKに入ってからは他紙にも目を通します。雑誌は『ニューズウイーク』とか『クーリエ』などを読んでいます。あと、自分が興味を持ったものに関してはシンポジウムに参加してみたりとか」

――衣装はNHKが用意してくれるのですか?



「はい。月に1、2回、衣装合わせというのがあって、まとめてロッカーに1~2週間分が入っているんです」

――好みは?

「シンプルなもの。フリルやリボンが付いたものは苦手ですね。番組の内容的にも厳しい事件が多いので、シンプルなほうがいいでしょうね。最近はスタイリストさんが好みを分かってくださって、大体、『あ、それ』というのを用意してくれます(笑)」

――髪形は毎日変わっていますが、工夫しているんですか?

「その日のメイクさんと相談してですね。毎日、曜日ごとに違う方なんです」

――それは大変ですね。

「視聴者の方から意見が来るらしいんです。あんまり華やかにすると『NHKらしくない』とか。基本的には衣装にあった髪形をメイクさんと相談して、華やかにならないように」



――ええーっ、華やかなほうがいいですよ。ゴージャスな華やかさじゃなくて、可憐な華やかさってあるじゃないですか。それと、ついでにて言わせてもらえば、あなたはアップの髪形の方が似合うように思います。

「あっ、今、ドキッとしました。それ、両親にすごく言われるんです。母親が特に言いますね。髪を下ろすと下ぶくれになると。男性キャスターの方が小顔なので。今日もそうすればよかったですね」

――テレビで見ているより若々しく見えますね。

「あ、そうですか。それは喜んでいいのか、どうなのか(笑)。テレビでは頑張って仮面付けてますから。あと、あまり笑顔になれるところがないので、真顔で読むことが多いからでしょうね」

――NHKに入るのは何時?

「えっと、私は午後3時半です」

――案外早いですね。番組は午後10時からなのに。

「NHKは打ち合わせが長いですね。本当にたっぷり議論するので。VTRの試写を4時ごろから見てます。それを見てガラガラっと内容が変わったりしますから。ほんとに放送1分前にVTRが出来てというのもよくあります。スタッフの方も徹夜でがんばってくださってます。だからその辺の責任感をものすごく感じます」

――スポーツやってきて、よかったですね。体力はありそう。



「ジムも時々は行くようにしています。あとはウオーキング。(キャスターは)ほんとにスポーツだと思ってます。ニュースの生放送って“瞬発力”が求められるんです。原稿もギリギリで2分前に飛び込んで来て、息を整えて『こんばんは』みたいな」

――目標とするニュースキャスターは?

「池上彰さんですね。あんなに難しい国際情勢や経済問題を、あれだけ分かりやすく語れるのはすごいな、と」

――女・池上彰を目指すのはいいかもしれませんね。

「通称『丁野コーナー』があって、昨日なんかは西サハラ問題を解説したんですが、そのノウハウは池上彰さんから学んでます」

――ウィキリークスなどの情報の流出はどうとらえていますか?

「是非があると思うんです。あれが知る権利なのか、国家機密なのかの判断は難しいし、(ウィキリークスを立ち上げた)ジュリアン・アサンジさんもヒーローなのかどうか。この時代においては、アサンジさんが活動できなくても、すでに何千とミラーサイトが出来てますし。国家が統制しようと思っても止められない…」

――尖閣ビデオ流出は?

「これもウィキリークスと全く同じ構造ですよね。そのことよりも、日本の報道のあり方のほうに問題があると思いました。海外ではビデオ流出に関しては、どこも報道していないんですよ。尖閣諸島問題は何度も取り上げたんですが、ビデオ流出に世界は反応しなかった。犯人探しよりももっと重要なことがあるだろう、と。毎日、世界各国のトップニュースを見るんですが、日本のマスメディアはトップニュースが各社同じなことも多いですね。ちょっと異様だなと思うこともあります」

「尖閣諸島問題でも日本の対応が問題になりました。日本の国際競争力が低下して内向きになっているといわれる今、特に若い人たちの外を見る力が問われているような気がします。今世界では何が起こっているのか。きょうの世界を通して、少しでも感じ取ってもらえればと思います」



(写真/菅野勝男)

著者

麻生香太郎(あそう こうたろう)
大阪市生まれ。東京大学文学部卒。在学中に歌謡曲の作詞家として活動を開始。森進一、野口五郎、小柳ルミ子、小林幸子、TM NETWORKらに作品を提供した。その後、80年代半ばにエンタテインメントジャーナリストへと転身。以来、20年以上にわたって業界をウォッチし続ける。現在は「日経エンタテインメント!」「テレビ・ステーション」などで連載コラムを執筆中。著書に『ジャパニーズ・エンタテインメント・リポート』(ダイヤモンド社)など。


 番組の終わり際のホッとしたような笑顔がたまらなく可愛い子です。

 ぼくはこの子か、I have a thing about ・・・・大っきい真生ちゃんの顔を見ないと寝付けないんだよ。

 図らずもってか・・・やっぱ、関西系の女が好きなんだよね。

 以前に会社のブログで、民主党をコテンパンに激励するときに「いなもり」さんの本から1ページほど引用したんだよ。
 そしたら日系(読み替えてね)から電話がかかってきて、著者の承諾をえたかどうか聞かれた。・・・・そんなのとってるわけないじゃん!

 でもね、そのページ読んだ知り合いから電話がかかってきて、「あの本買ったけど、月次決算ってほんとにやる必要があるのか?お前のとこしてんの?」とか聞くと、微々たるものではあるけど、ある意味営業的に寄与してるはずなんだよね。

 ということで、このページも危ないかもしれません。

 なので、せいぜいリンク先を訪問してあげて下さい・・・って、かえってばれるか?

 同じ分野で活躍しているうちの得意先のまつした系の出版事業会社なんかは、そ言うことに対しては大変、鷹揚と言うか大らかと言うか・・・

もはや福島じゃない!

本日のスーパーニュースアンカーの青山繁晴氏によると、アメリカがもはや福島じゃなく浜岡に注目しているとのこと。かなり、浜岡に懸念を持っているとのこと。
情けない話だけど、この外圧を利用しないてはないと思う。


iPhoneからの投稿

桃 満開

 わが家の桃も満開を迎えました。

 白鳳と白桃という品種を植えています。

 去年は柿とみかんがはじめて取れましたので、今年は桃に期待していますが、

若い木なので、とれてもせいぜい1個くらいかなぁ・・・。

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