山本潤子 GOLDEN☆BEST 3. 海を見ていた午後
山本 潤子(やまもと じゅんこ、旧姓:新居、1949年12月30日 - )は、奈良県吉野郡天川村出身の女性シンガーソングライターである。性格は「一見クールだが、天然」。2人の娘の母親でもある。代表曲に「翼をください」(作詞:山上路夫、作曲:村井邦彦)、「卒業写真」(作詞・作曲:荒井由実)などがある。「翼をください」は約30年以上にわたり小学校の音楽の教科書に採用され、現在でも合唱曲として有名。
来歴
4人姉妹の末っ子として生まれ、生後半年で父親の実家がある大阪市阿倍野区に転居。南大阪幼稚園、苗代小学校、阿倍野中学校を経て、帝塚山高校卒業、帝塚山大学卒業。
大阪市の阿倍野の歩道橋上で、当時すでにロック・キャンディーズで活動していた谷村新司に声をかけられ、「ヒルビリー・シンガーズ」のボーカルとなったが三ヶ月しか続かなかった。
高校2年生のとき、ピーター・ポール&マリーのコピーバンドを結成し、親衛隊があった(2010年1月30日ミューズの晩餐)。
1969年、後藤悦治郎、平山泰代、山本俊彦、大川茂とともにフォークソンググループ「赤い鳥」を結成。同年、第3回「ヤマハ・ライト・ミュージックコンテスト」全国大会にて「竹田の子守唄」を歌いグランプリを獲得。第2位のオフコースなどを抑えての優勝。
1970年6月、コロムビアレコードより『人生』にてメジャーデビュー。
1971年、アルファ・アンド・アソシエイツに移籍。シングルレコード「竹田の子守唄/翼をください」が大ヒットとなる。
1973年4月、メンバーである山本俊彦と結婚。
1974年9月、「赤い鳥」解散。
10月、山本俊彦、大川茂とともに新グループ「ハイ・ファイ・セット」結成。
1975年、東芝EMIエキスプレスより「卒業写真」でデビュー。
1977年、「フィーリングス」のカバー曲である「フィーリング」発表。大ヒットとなり、第28回NHK紅白歌合戦(紅組)に出場。その後も「冷たい雨」(作詞・作曲:荒井由実)、「忘れないわ」(作詞・作曲:小田和正)などがヒットする。
1993年、飛鳥涼、小田和正らとチャリティーグループ「USED TO BE A CHILD」に参加。
1994年9月、「ハイ・ファイ・セット」解散。
10月、アルバム「JUNKO YAMAMOTO」でソロデビュー。
GOLDEN☆BEST/ハイ・ファイ・セット 荒井由実・松任谷由実・杉真理作品集/ハイ・ファイ・セット

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3. 海を見ていた午後

トヨタの日本向け新型カムリ、価格は米国向けの2.5倍
トヨタの日本向け新型カムリ、価格は米国向けの2.5倍

米国では新型カムリは(4気筒またはV6エンジン搭載の)ガソリン車とハイブリッド車(HV)の両方が発売される予定だが、日本ではHVのみの取り扱いになる。米国向けと日本向け車種は共通の車台(プラットホーム)が採用されている。ただし、HVに関しては日本版の方がボンネットがやや長めで、フロントグリルが直線的という以外は両車種は非常に似ているものの、米国向けガソリン車と日本向けHVはDNA鑑定を受けさせたくなるほどの違いがある。
その一例が価格だ。
米国向けカムリのガソリン車の希望小売価格が2万1955ドル~2万9845ドルであるのに対して、日本向けカムリは304万円~380万円だ。1ドル=76円の為替レートで換算すると約4万ドル~5万ドルにも相当する。つまり、日本向けカムリの最上位機種「レザーパッケージ」1台の値段で、Lグレードの米国向けカムリが約2.5台購入できる計算になる。
この価格差の一因は、ガソリン車とHVという構造的な違いによるものであるのは確かだ。だが、各国向けのHV同士を比較した場合でも、価格には著しい差がある。米国向けカムリのHVの希望小売価格はLEが2万5900ドル、XLEが2万7400ドルと、日本向けカムリの最上位車種の約半分だ。
この大きな違いはどこから来るのか。新型カムリの開発を担当したトヨタの製品企画本部製品企画部の米田啓一主査は、円高による影響と日本での生産量が少ないことが主な原因だ、と都内で行われた記者会見で説明した。
円は今年に入って対ドルで記録的水準にまで上昇し、自動車をはじめとする日本製品の海外での販売価格を押し上げている。こうした現状を受け、トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーは生産拠点の海外シフトを進めている。
実際トヨタは7代目に当たる新型カムリの日本から北米への輸出は一切行わないとしている(2010年は3200台が輸出された)。一方、日本でのカムリの販売見込みは月間わずか500~1000台で、これは昨年のカムリの世界的な販売台数69万2000台の1%にも満たない割合だ。
これに対してカムリの世界的販売台数に占める米国の割合は52%だ。ケンタッキー州ジョージタウンにあるカムリの工場は生産台数が非常に多いため1台当たりの固定費を安くすることができ、結果的に1台当たりの平均価格を低くすることが可能だ。
まぁ、日本で買う人はいないらしいけど、ちょっと複雑な感じだね。
ぼくも、25年くらい前にFFになったカムリに一時期乗っていたことがある。面白い車ではなかったけど、ブカブカのパンツみたいで、これはこれでまぁ、意味はあるかなぁと妙に関しながら乗っていた。その頃は、多人数で乗ることが多かったんだよ。
トヨタ、米で新型カムリに賭ける―モデル別のトップ維持目指す
2011年 8月 24日 10:17 JST
【ジョージタウン(米ケンタッキー州)】トヨタ自動車は米国で揺らいだ自社製品の品質に対するイメージ回復に努力しているが、その取り組みの成否は新型カムリが顧客に受け入れられるかにかかっている。カムリは米国で過去9年間最も売れているモデルだからだ。新型カムリは近くケンタッキー組立工場から出荷される。
トヨタがモデル別の販売台数トップを維持するためには若干の課題がある。
Michael Ramsey/The Wall Street Journal
新型カムリ
トヨタはかつて自動車の品質の面で疑いなくトップの座にあるとみられていたが、2009年~10年に相次いだリコール(回収・無償修理)と品質問題を受けてそのイメージは揺らぎ、販売台数は落ち込んだ。最も問題となったモデルがカムリだ。カムリには、「全天候型」と呼ばれるフロアマットが使用されており、それはアクセルにひっかかって加速をもたらす恐れがあるとされた。
新型カムリがディーラーに納入される10月初めに、トヨタはカムリ史上最大の販売促進キャンペーンを行う予定だ。40種類の新たなCMを流し、モデル別販売台数トップの維持を誓う。
【スライドショー】トヨタ・カムリと競合車
2011年 8月 24日 15:42 JST
2012年型トヨタ・カムリ
2011年型ヒュンダイ・ソナタ
2011年型ホンダ・アコードEX-L V-6セダン
2011年型フォード・フュージョン
頑張った各社には申し訳ないけれど、どれも何故、斯くも美しくないのか?
EarthWind andFire 2.That's The Way Of The World
アース・ウィンド・アンド・ファイアー
基本情報
出身地:アメリカ合衆国 イリノイ州 シカゴ
ジャンル:リズム・アンド・ブルース、ファンク、ソウル、ディスコ
活動期間:1969年 -
レーベル:コロムビア・レコード、サンクチュアリ・レコード
共同作業者:ジョージ・マッセンバーグ
公式サイト:EarthWindandFire.com
メンバー
モーリス・ホワイト
フィリップ・ベイリー
ヴァーダイン・ホワイト
ラルフ・ジョンソン
ジョン・パリス
B. デビッド・ウィットワース
グレッグ・ムーア
モリス・オーコナー
ゲイリー・バイアス
ボビー・バーンズ・ジュニア
クリスタル・ベイリー
キム・ジョンソン
レジー・ヤング
アース・ウィンド・アンド・ファイアー (Earth, Wind & Fire) は、アメリカのファンクミュージック・バンドである。
人気を博した1970年代の全盛期は、モーリス・ホワイトとフィリップ・ベイリーのツインヴォーカルに重厚なホーンセクションが特徴であった。1980年代前半には、他バンドに先駆けてコンピューターを利用した電子音を採り入れ、実験的な曲創りにも取り組んだ。
来歴
1980年に、2枚組の大作Faces(『フェイセス』)を発表した頃から、彼らのサービス過剰とも言える音楽性がリスナーに飽きられ始める。1983年に発表したElectric Universe(『エレクトリック・ユニヴァース』)では、ついに大きな売りであったホーンセクションを捨て、電子楽器中心のサウンドを展開させるが、人気の凋落に歯止めを掛けることは出来ず、活動を一時停止、各メンバーはそれぞれソロ活動に移る。この間、フィリップ・ベイリーは1983年にフィル・コリンズのプロデュースでChinese Wallをリリースし、"Easy Lover"をヒットさせる。彼は以後も不定期ながらソロ活動をしている。モーリスも1985年に唯一のソロ・アルバムとなるMaurice Whiteをリリースし、"I Need You"をヒットさせる。
1987年にTouch the World(『タッチ・ザ・ワールド』)をリリースし、活動を再開。1990年発売のHeritage(『ヘリテッジ』)を最後にコロムビアより離れ、ワーナーへと戻り、1993年にMillennium (『千年伝説』)をリリース。その頃よりモーリスはプロデューサー業を強化するようになり、1994年の全米ツアーには参加せず。モーリスは1995年のライヴ活動もリタイア。1996年に自主レーベル、カリンバ・レコードよりアルバムが制作され、avex traxよりAvatar(『アヴェタ』)のタイトルで日本先行発売された。海外版としては、このアルバムは翌年にIn the Name of Loveとリタイトルと再構成され、ライノより翌年にリリースされる。モーリスはこのアルバムを最後にプロデューサー業に専念するようになり、以後の活動はフィリップが中心となっている。
モーリスはパーキンソン病を患っていたことが明らかになるが、2004年の来日公演には同行する。2007年にはスタックス・レコード(コンコード・レコードにより復活)より、EWFのトリビュート・アルバムInterpetationsをリリース。モーリスは、エグゼクティヴ・プロデューサーとしてこのプロジェクトに参加。
2009年12月、4年ぶりの来日が決定。東京と大阪、札幌で行われた。
1981
1994
1997
2. That's The Way Of The World
Title:That's The Way Of The World
Artist(band):Earth Wind & Fire
Hearts of fire creates love desire
Take you high and higher to the world you belong
Hearts of fire creates love desire
High and higher to your place on the throne
We've come together on this special day
To sing our message loud and clear
Looking back we've touched on sorrowful days
Future pass, they disappear
You will find peace of mind
If you look way down in your heart and soul
Don't hesitate cause the world seems cold
Stay young at heart cause you're never (never, never, ..) old at heart
That's the way of the world
Plant your flower and you grow a pearl
A child is born with a heart of gold
The way of the world makes his heart grow cold
「さようなら原発集会」鎌田慧、大江健三郎、落合恵子、宇都宮健児
さようなら原発:大江健三郎さんら声明発表…新政権に要請
会見する大江健三郎さん=東京都千代田区で2011年9月6日、吉住遊撮影
東京電力福島第1原発事故を受け、作家の大江健三郎さんら原発依存からの脱却を訴える「さようなら原発1000万人アクション」の呼びかけ人が6日、東京都内で記者会見し「経済合理性や生産性ばかりにとらわれない理念を掲げる勇気と見識を求める」との声明を発表、野田新政権に原発の再稼働をさせないことなどを求めた。
会見には作家の落合恵子さんやルポライターの鎌田慧さん、「賛同人代表」として宇都宮健児日弁連会長が出席。大江さんは「原発事故は広島や長崎に次ぐ事態。二度と起こさない決意で政治を動かす必要がある」と訴えた。
同アクションには音楽家の坂本龍一さんや作家の瀬戸内寂聴さんも名を連ねる。署名活動を行い、来年3月に衆参両院議長と首相に提出する予定。言語学者のノーム・チョムスキーさんらからも賛同メッセージが届けられているという。
◇19日に都内で集会
8日に日本青年館大ホール(新宿区)で大江さんらの講演会、19日に明治公園(同)で参加者5万人を目指す「さようなら原発集会」を開く。問い合わせは事務局(03・5289・8224)。【吉住遊】
毎日新聞 2011年9月6日 20時48分(最終更新 9月6日 22時38分)
大江健三郎さんら、新政権に脱原発迫る~19日には5万人集会
iwakamiyasumi5 09/05/11 07:36PM
玄葉光一郎新外相へのシグナルは出ている ロシアが信頼を寄せる前原路線ならば北方領土・日露関係に大
2011年09月07日(水) 佐藤 優
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ロシアは野田新政権の外交政策に強い関心をもっている。「ロシアの声」(旧モスクワ放送)の日本向け放送を通じ、継続的にシグナルを流している。「ロシアの声」は政府の統制下にある。ロシア政府が公式には言いにくい本音を日本に対して伝える機能を果たしている。ただし、ロシア政府の利益に反する報道や論評は一切行わない。
日本政治に関する「ロシアの声」が報じる論評では、ロシア科学アカデミー極東研究所のキスタノフ日本研究(調査)センター長が、観測気球をあげる役割を担っている。キスタノフ氏は、大阪の総領事館、東京の通商代表部で長く勤務した日本専門家だ。
9月3日、「ロシアの声」は、「日本の新内閣組閣発表」という目立たないタイトルの論評を放送したが、その中で玄葉光一郎外相にシグナルを送っている。それではこの論評を見てみよう。
北方領土問題をめぐって野田政権とは対峙しない
〈 日本の新内閣組閣が2日に発表された。新内閣が行う外交路線にはいかなる変更があるのだろうか。
新内閣の顔ぶれを見ると、構成員全体が非常に若返ったのがわかる。また重要なポストにはまったく新しいメンバーが就いた。新外相に就任したのは47歳の玄葉光一郎氏だ。ここ最近、日本は領土問題で近隣諸国との関係を急激に悪化させてしまったことから、新外相は就任早々から関係改善の重い任務を背負うことになるのは必至だ。
玄葉氏は国家戦略担当、宇宙開発担当大臣を務めたものの、外交分野では経験がない。ロシア科学アカデミー極東研究所日本調査センターのキスタノフ氏はこの点を指摘し、次のように語っている。
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ケビン・メア元国務省日本部長 「私は見た!何も決められない日本の中枢」

特別インタビュー ケビン・メア元国務省日本部長 「私は見た!何も決められない日本の中枢」
アメリカは何もかも知っている
「ゆすり発言」で日本部長を解任されたメア氏は、その後日本の復興支援の最前線に身を置いた。メア氏の口から、アメリカが見た原発事故の真相が語られる。
東京在住米国人「全員避難」
はじめに、みなさんにひとつ衝撃的な事実を明かしましょう。3月17日、アメリカ政府が原発より半径50マイル(80キロ)圏内にいる在日アメリカ人に退避勧告を出したことは覚えていますよね? あのとき「アメリカが退避勧告を出したということは、状況は相当悪いに違いない」という話が日本人の間で広まったと聞きますが、実は私たちはそれよりさらにハイレベルの対応を検討していたのです。
日本の復興支援にあたるタスクフォースのメンバーは、3月16日未明の時点で、日本政府よりもさきに、原発の炉心が融解していると判断していました。このままでは最悪の場合、メルトダウンして、使用済み核燃料が燃え、放射性物質が広範囲にばらまかれる可能性がある。そのことがホワイトハウスをはじめとする政府機関との電話会議で伝わると、ある政府高官が「東京在住の米国民9万人全員を避難させるべきだ」と衝撃的な提案を口にしたのです。
もしも9万人のアメリカ人が一斉に避難していたらどうなったでしょうか。日本の人々も敏感に反応して、避難を考えるようになり、空港や道路は大混雑を起こして、日本はパニックに陥ったでしょう。それだけは避けなければなりませんでした。本当に難しい決断でしたが、私は「一斉避難は時期尚早です」とこの高官の説得に当たりました。
幸いにして私の意見が通り、なんとか50マイル圏内からの退避勧告で済んだのですが、もし一斉避難が実行されていれば、日米関係は大きな亀裂が走る瀬戸際に立たされたでしょうね。そのことを考えると、今でもゾッとします。これはひとつの事例でしかありませんが、原発事故処理の舞台裏では、おそらくみなさんが想像する以上に深刻な議論がなされていたのです。
1984年に駐日米国大使館経済担当二等書記官に就任して以来、日米間の強固な関係構築に努めてきたケビン・メア元国務省日本部長。日本人の妻を持ち、日本の政治から文化にまで精通する対日政策のエキスパートである彼は、東日本大震災が発生した後、日本の復興を支援するタスクフォースのメンバーとしてその辣腕を振るった。「トモダチ作戦」の遂行にも携わったメア氏が、原発事故処理の舞台裏と日本の危機管理システムの問題点、そしてこの国の将来についての本音を明かす。
みなさんもご承知のように、私は共同通信の「ゆすり発言」の記事(3月6日、当時国務省の日本部長であったメア氏が、昨年末にアメリカの大学生らに行った講義で「日本人は合意重視の和の文化をゆすりの手段に使う」「沖縄はごまかしの名人で怠惰」などと発言した、と報じた記事)によって、「最も愛した日本で、一番嫌われたアメリカ人」になってしまいました。
最初にお伝えしておきたいのですが、この共同通信の「ゆすり発言」報道は事実無根のものです。このことの経緯や詳細については、先日出版された私の著書(『決断できない日本』文春新書)に書きましたので、そちらをぜひご一読いただきたいのですが、私はこの事実無根の記事によって、3月10日に日本部長を更迭されてしまったのです。
すぐに「あの報道は正確ではないんです」と反論しようとも考えたのですが、国務省は私の発言を禁止し、弁解の場を与えてくれませんでしたので、私は国務省を去ることで自らの潔白を証明しようと決意しておりました。
まさにそのとき、東日本大震災が起こったのです。
東電からの問い合わせ
私はこの悲劇を前に、日本部長の経験者として自分になにができるのかを真剣に考えました。ちょうどそのとき、私の上司であるドノバン筆頭国務次官補代理から「対日支援のタスクフォースを立ち上げる。日本に精通している君の力が必要だ。国務省を去ろうという君の気持ちは分かるが、しばらく国務省に残って、対日支援のコーディネーターをやってもらいたい」との依頼があったのです。私もまったく同じことを考えていましたので、自分の力が日本の復興の役に立つなら、と直ちにこのオファーを受けました。
それからはホワイトハウスや国防省、在日米軍、在日米大使館などと日本の諸機関との間の調整に当たりましたが、震災発生後の約1ヵ月は不安と落胆の連続でしたね。
正直なところ、地震発生直後はここまで危機的な状況に陥るとは考えてもいませんでした。ところが、11日の深夜に、背筋が凍るような情報が私のところに入ってきて、その認識を改めることになったのです。「東京電力から『在日米軍のヘリで、真水を大量に運べないか』との問い合わせがあった」と。
私は駐日大使館で環境・科学技術担当公使を務めたことがありましたので、原子力分野にもある程度の知識を持っていました。ですから、東電が真水を求めていると聞いたとき、「これは原子炉の冷却装置が壊れているな」と即座に分かりました。原発事故から間もなく半年が経ちますが、3月11日以降の1週間、どれだけの危機感を持ったかは、いまだに鮮明に覚えています。
福島第一原発が深刻なトラブルに見舞われているということが、日本政府からの情報ではなく、東京電力からの水面下の要請で明らかになったということに驚かれるかもしれません。とにかく、日本政府からも東京電力からも正確な情報が寄せられなかったために、状況がどれだけ悪いのか、あるいはどれだけ悪い方向に向かっていくのか判断ができませんでした。これは相当私たちをいらだたせました。
欧米メディアを中心に「日本政府は不都合な情報を隠しているのではないか」との指摘がありましたが、対日支援の現場にいた私からすれば、実際のところは情報を隠していたのではなく、彼らは単に正確な情報を持っていなかったのだと考えていました。日本からの情報がないから、アメリカ側がどの程度のレベルの対策をとる必要があるのかも判断ができませんでした。
冒頭でアメリカの高官が「9万人の在東京アメリカ人の避難」を検討していたことを明かしましたが、これも情報が不足していたために、こうした事態を予測しておく必要があったのです。しかし危機管理という意味では、最悪の状況を考えることも重要です。そして、あらゆる可能性を検討した上で、様々な対応策のなかからどれを選ぶかを、責任ある立場の人が最終的に判断する。これが政府の役割です。
ところが3月11日以降の日本政府の対応を見ていると、この基本的な意思決定のシステムがまったく機能していなかったように思えるのです。
責任を取るのが大嫌い
具体的な事例をひとつ示しましょう。原発事故の後、アメリカは日本側に「こうしたことなら支援ができますよ」という品目を連ねたリストを送りました。ところが、日本からは「ヘリコプターを何台支援してほしい」という回答ではなく、「そのヘリコプターはどんな仕様なのか。もしも放射能で汚染されてしまった場合は、どんな補償が必要になるのか」といった100項目にわたる「質問」が返ってきたのです。
一刻を争う状態なのですから、とにかくまずは「ヘリコプターを貸してくれ」と支援を受け入れるべきでしょう。ところが、彼らはもし問題が起きたとき、自分たちがその責任を取ることをおそれて、何も決めようとしなかったのです。まさに決断ができないのです。
これは現場レベルにとどまる話ではありません。日本のトップである菅直人総理も、「自分は関係ない」と言わんばかりに責任を逃れようとしていたフシが各場面で見られました。たとえば、電源喪失から1週間が経過し、東電にも打つ手がなくなってしまったとき、菅総理の命令で自衛隊のヘリを1機飛ばして、空から放水したことがありましたね。
この光景を見たときの、アメリカ政府のショックは大変大きかったのです。仮にも大国である日本ができることが、ヘリ1機を飛ばして放水するだけだったのか・・・と。しかもこの放水は、原子炉冷却にはまったく効果がなかったわけですから。
実は、この放水の前日、アメリカ政府は藤崎一郎駐米大使を国務省に呼び出して、「日本政府は総力を挙げて原発事故に対処するように」と異例の注文を付けていたのです。というのも、ホワイトハウスは菅政権が原発事故の対応を東電任せにして、自分たちにはまるで責任がない、これはあくまでも一企業の問題だとでも言いたげな姿勢でいることに懸念を持っていたので、「このままでは日本が大変な危機に陥る」ということを伝えたかったのです。東電は発電が本業で、事故対応のプラント会社ではないからです。
ところがその要請のあとに行われたのが、あのヘリでの放水だったので、「これが日本の総力か」と悲嘆に暮れたのです。別の見方をすれば、ヘリ1機を出してそれでよしとする菅総理の姿勢をみて、やはりこの問題を東電任せにしようと考えているのだな、とさらにホワイトハウスは疑念を強めたはずです。
「もし菅内閣でなければ、もっとスムーズに原発問題を処理できたのではないか」との声も聞かれました。たしかに菅内閣の対応に不信感を持ったことは事実です。しかし、別の内閣であればうまくいったかというと、そうとは言い切れません。というのも、日本には致命的な欠点があり、残念ながら私が日本に携わったこの19年間、それはほとんど改善されていないからです。
つづきはこちら
Curtis Mayfield - 7 We Gotta Have Peace
カーティス・メイフィールド(Curtis Mayfield)基本情報
出生名:カーティス・リー・メイフィールド (Curtis Lee Mayfield)
出生:1942年6月3日 アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ
死没:1999年12月26日(57歳)アメリカ合衆国ジョージア州ロズウェル
ジャンル:ソウルミュージック、リズムアンドブルース、ファンク
職業:シンガーソングライター、音楽プロデューサー
担当楽器:ボーカル、ギター、ベース、ピアノ、サキソフォン、ドラム
活動期間:1958年 - 1999年
レーベル:カートン、ワーナーブラザーズ ライノ
共同作業者:インプレッションズ, ジェリー・バトラー
著名使用楽器:フェンダー・ストラトキャスター
- カーティス・メイフィールド Curtis Mayfield -
<Curtis Mayfield>
1970年、カーティスは、いよいよソロとしての活動を開始します。デビュー・アルバム"Curtis"は、インプレッションズ時代に比べると、ファンク色が強く、当時人気が高まっていたジェームス・ブラウンやスライの影響を大きく受けたものでした。(特に、アルバム中の代表的ファンク・ナンバー"Move On Up"はイギリスでヒットし、後にポール・ウェラーもカバーしています)
しかし、この当時黒人解放運動の盛り上がりは、すでにピークを越えていました。1968年に、カーティスが敬愛していたキング牧師は暗殺され、公民権運動によって得られた権利をいかして白人社会の中に進出する裕福な黒人層とそれをいかすことができずに、取り残されて行く黒人層への二極化が始まろうとしていました。
そのため、かつて彼が歌っていた"We're A Winner"(1967年)、"People Get Ready"のような前向きな力強い曲は影をひそめ、より社会性を持った現実を見つめる内容へと変わって行きました。
<Back To The World>
1972年に発表された黒人スタッフによる画期的な映画「スーパー・フライ Superfly」のサントラ盤には、テーマ曲の「スーパーフライ Superfly」、「フレディーズ・デッド Freddie's Dead」など、彼の代表曲が収められています。この映画では、ドラッグ・ディーラー(麻薬密売人)の男が、そこから抜け出そうともがく物語が描かれ、一部ではCIAが黒人解放運動を崩壊するためにばらまいていたという説もある麻薬問題がリアルに描かれていました。
1973年には、ヴェトナムの戦場に送られた黒人兵に地獄からの帰還を呼びかけ、世界の平和を訴えた名盤「バック・トゥー・ザ・ワールド Back To The World」が発表されています。
1975年のアルバム"There's No Place Like America Today"もまた黒人社会が抱える失業や貧困の問題を真っ正面からとらえた作品でした。アルバム・タイトルは、泥沼化したヴェトナム戦争と長引く不況により過去の栄光を失ったアメリカを皮肉っており、当時ブームとなっていたディスコ・ミュージックとは、まったく別次元の音楽を展開していました。
Curtis Mayfield - We Gotta Have Peace - #7
投稿者: Geepereet
Thirst song of this 1990 concert in Germany. With Lee Goodness on drums and Randy Keith Brown on bass.







ロシアは野田新政権の外交政策に強い関心をもっている。「ロシアの声」(旧モスクワ放送)の日本向け放送を通じ、継続的にシグナルを流している。「ロシアの声」は政府の統制下にある。ロシア政府が公式には言いにくい本音を日本に対して伝える機能を果たしている。ただし、ロシア政府の利益に反する報道や論評は一切行わない。
基本情報