Hotei vs Char - Stereocaster
Hotei vs Char - Stereocaster
EMIMusicJapan さんが 2010/07/27 にアップロード
布袋寅泰とCharという日本を代表する2大ギタリスト競演による2006年11月8日リリースのシングル。テレキャスターとストラトキャスターの爆発ギターバトル!
oodai さんが 2009/11/12 にアップロード
リハーモナイズで磨くジャンル別コード・アレンジ術 / 杉山 泰
リハーモナイズで磨くジャンル別コード・アレンジ術 作曲&編曲に役立つ音楽理論を実践形式でマスタ.../杉山 泰
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The Water Is Wide
zerisy さんが 2007/12/23 にアップロード
2007.12.23
ヒポポタマス
中川イサト ライブ
うた 代田幸子
使って、単純なスリーコードのコードアレンジから、
■PART 1 ジャズ
■PART 2 ボサノバ
■PART 3 ロック
■PART 4 R&B
■PART 5 ファンク
■PART 6 フォーク
■PART 7 Jポップ1
■PART 8 Jポップ2
と様々なコードアレンジに展開してゆきます。
それぞれのコード選択の意味・理由まで懇切丁寧に解説されていますので、解りやすいとてもいい本だと思いました。
これから作曲しようとする人には、格好の手引きになるんじゃないでしょうか。
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内容紹介
“リハーモナイズ”は作曲やアレンジのマスト・テクニック!
リハーモナイズとは、簡単に言えばコードを置き換えるテクニックの総称です。例えば、童謡をジャズ風にアレンジするときは、 “ジャズの響き”を持つコードに置き変えることが必要になります。そこで活躍するのがリハーモナイズです。アレンジはもちろんのこと、作曲においても不可欠なアプローチと言えるでしょう。本書ではトラッドの名曲「The Water Is Wide」を、8つのジャンルにふさわしいコード進行に作り変えていき、その工程をできるだけ詳しく丁寧に解説しています。セカンダリー・ドミナント、ツーファイブ、リレイテッドIIm7、♭II7、オルタード・テンション、サブドミナント・マイナー、分数コード、平行調、4thボイシングなどなど、音楽理論書でおなじみの単語が“使える技”として繰り出されていきます。理論書に挫折した方もこの機会にぜひ、もう一度、コード理論に挑戦してみてはいかがでしょうか?
【CONTENTS】
■INTRODUCTION リハーモナイズの基礎
≪リハーモナイズとは?≫
◎ハーモニーの再構築
◎リハーモナイズの工程
◎楽曲全体の調和を大切にしよう
≪コード進行の基礎知識≫
◎楽曲のストーリーを形成する要素を覚えておこう
◎コードの種類
≪ベーシック譜~「The Water Is Wide」≫
≪「ベーシック譜」の概要≫
◎トラッドの名曲をリハーモナイズ元曲に採用
◎主要3和音でコード付け
≪「ベーシック譜」のコード解説≫
◎選択肢が多いときは“フィーリング”で
◎トニックの終止感をどこで使うかが重要
≪本書の活用方法≫
◎譜例と付属CDについて
◎思いついたことはすぐに試そう!
■PART 1 ジャズ
■PART 2 ボサノバ
■PART 3 ロック
■PART 4 R&B
■PART 5 ファンク
■PART 6 フォーク
■PART 7 Jポップ1
■PART 8 Jポップ2
内容(「BOOK」データベースより)
一つのメロディを8ジャンルのコード進行でアレンジ。
著者について
杉山 泰 プロフィール
コンポーザー/アレンジャー/ピアニスト。八神純子のコンサート・ツアーにキーボーディストして参加し、プロ・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートする。中山美穂、小比類巻かほる、陣内孝則、財津和夫などさまざまなアーティストのコンサート・ツアーやレコーディングに参加。 また、CM音楽やテレビ番組、ビデオなどの音楽制作にも数多く携わっている。1994年には自身のジャズ・フュージョン・バンド、People of Spiritsにて1stアルバム『POS1』をリリース。 また、1995年から1997年まで米ボストンのバークリー音楽大学に留学し、ボブ・ウィンター(ボストンポップスオーケストラ所属)、ジョアン・ブラッキーンに師事。 帰国後、1997年に『People of Spirits2(POS2)』をリリース。 1999年には、クリス・ミン・ドーキー(b)、クラレンス・ペン(ds)を迎えたソロ・アルバム『Yasu Sugiyama』を発表し、Cyber Fusion(http://www.jazzfusion.com)で1999年度年間ベスト・アルバムの1つに選ばれる。 2003年にはエイブラハム・ラボリエル(b)やヴィニ-・カリウタ(ds)らが参加したデヴィット・ベノアのプロデュースによるアルバム『Beautiful Moments in LA』を発表、さらに2006年6月には佐藤達哉(sax)、クリス・ミン・ドーキー(b)、ジョエル・ローゼンブラット(ds)らが参加したアルバム『Dreams around the corner』をリリース。近年はフュージョンのジャンルにとらわれないライブ活動も行っている。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
杉山 泰
コンポーザー/アレンジャー/ピアニスト。八神純子のコンサート・ツアーにキーボーディストして参加し、プロ・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートする。さまざまなアーティストのコンサート・ツアーやレコーディングに参加。また、CM音楽やテレビ番組、ビデオなどの音楽制作にも数多く携わっている。1994年には自身のジャズ・フュージョン・バンド、People of Spiritsにて1stアルバム『POS1』をリリースした(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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The Water Is Wide
zerisy さんが 2007/12/23 にアップロード
2007.12.23
ヒポポタマス
中川イサト ライブ
うた 代田幸子
使って、単純なスリーコードのコードアレンジから、
■PART 1 ジャズ
■PART 2 ボサノバ
■PART 3 ロック
■PART 4 R&B
■PART 5 ファンク
■PART 6 フォーク
■PART 7 Jポップ1
■PART 8 Jポップ2
と様々なコードアレンジに展開してゆきます。
それぞれのコード選択の意味・理由まで懇切丁寧に解説されていますので、解りやすいとてもいい本だと思いました。
これから作曲しようとする人には、格好の手引きになるんじゃないでしょうか。
藤井厳喜氏の良質な講義 国民の為の政治学 第9講 「政治家論」
zingrace1213 さんが 2010/04/14 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第10講 「政治家論:求められる資質とリーダーシップ論」①
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
第10講目のテーマは、「政治家論」ですが、内容としては、リーダーシップ論と危機管理論の2つのテーマからこれを講義します。
個々の政治家に対する評価や、伝記的評論は、今回の講義からは敢えて、外しました。
最初のチャプターでは、政治家に必要な資質を検証しています。政治家に最も必要な3つの条件は、1先見力、2決断力、3説得力の3つです。
先見力とは先ず、未来を予測する能力の事です。決断力とは、国家が重要な岐点に差し掛かった時に、正しい方向を選びとる能力です。
説得力とは、その決断の内容を、国民の多くに知らせ、1つの方向にまとめる能力です。
先見力だけならば、それは学者の領域と言えます。欧米においては、政治家の先見力を補う為に、公共政策の為の多くのシンクタンクが存在します。日本においては、民間のシンクタンクが非常に脆弱な事が憂慮されます。
政治家に必要な資質を日本風に言い換えれば、政治家には2種類の人間が必要であり、それは「器量人」と「知恵者」であると言える事も出来ます。
知恵者とは、先見性があり、正しい判断を準備出来る者の事です。それはまた、死んだ知識を大量に持っている知識人ではなく、常に事態を打開する生きた智恵を出せる人間の事でもあります。
器量人とは、大きな度量を持ち、知恵者を使って仕事をする指導者の事です。正しい判断をし、それを多くの人々に説得する力を持った人間と言っても良いでしょう。
※ カリキュラムや詳細は、藤井厳喜公式ブログで。
http://www.gemki-fujii.com/blog
質問やご意見、感想は、各映像・下のコメント欄にお書き込みください。適宜、参考にさせて頂きます。
zingrace1213 さんが 2010/04/15 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第10講 「政治家論:求められる資質とリーダーシップ論―危機管理論」②
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
政治と政治家の本質は、危機における対応によって、最も明らかとなる。それ故に、政治家論において、敢えて「危機管理論」を取り上げる事にした。
危機の本質を明らかにするには、先ず、危機(Crisis)と危険(Risk)が異なったものである事を認識する必要がある。危機とは、前例のない事態であり、危険とは、前例のある事態である。
危険(Risk)は前例がある出来事であるから、これに工学的・機械的に対応し、危険を管理する事が出来る。
これに必要な知識をイギリスの政治哲学者マイケル・オークショットに従って、「技術知」と名付けておこう。
これに対して、真の危機とは、前例のない非常事態であり、それ故に危機に対する対応は、マニュアル化する事が不可能である。優れたリーダーの深い叡智によってのみ危機への対応は可能となる。
この叡智を、マイケル・オークショットは、「実践智」と呼んでいる。
リスク管理は、行政の行う事であり、本質的に言うならば、危機への対応こそ、政治の専有する分野である。 危機における決断こそ、一国の存亡を賭けた、政治の本質である。
しかし、危機に対処する為に必要な事は、実は事前の調査・準備を行う事により、潜在的な危機を管理できるリスクへと転換させる事なのである。
zingrace1213 さんが 2010/04/15 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第10講 「政治家論:求められる資質とリーダーシップ論―危機管理論」③
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
危機の三要素とは何か?
それは、1.死活的利益を犯す事件である事。
2.いつ起きるか分からない事件である事。
3.対処法が分からない事件である事。
以上の3つである。
つまり原理的に、危機を管理する事は出来ない事になる。危機とはまさに、予知不可能な事態の事なのである。
3つの内の、どれか1つでも欠いていれば、それは真の危機ではない。
例えば、心臓病の持病を持つ人がいつ心不全に陥るか
分からない不安を持っていたとしよう。起きれば本人の生死にかかわるし、いつ起きるか分からない訳であるから、危機のはじめの2つの要素は満たしている状態である。しかし、心不全に有効な薬を常時、携帯しているならば、その対処法が明らかなのだから、第3の条件は欠いている事になる。であるからこの状態は真の危機とは、呼べない訳である。
また、首都圏を大地震が襲う危険があっても、もし地震予測の技術が進み、いつ地震が起きるかを数時間前に予測する事が出来るならば、それは危機とはならない。
国家の死活的利益に関わり、大地震に完璧に対処する術は存在しないが、いつ起きるかが分かっていれば、極めて有効に対応する事が出来る訳である。数時間前に大地震の発生が予測できるならば、交通機関は全て停止させ、危険な地域から人を批難させ、火の用心を徹底させれば、地震に伴う火災の発生も防ぐ事が出来る。
いつ起きるかの予測が可能ならば、どんなに大きな災害も真の危機とはならなくて済む訳である。
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zingrace1213 さんが 2010/04/15 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第10講 「政治家論:求められる資質とリーダーシップ論―ミドル・リーダーシップ論」④
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
民主社会が順調に機能する為には、中間レベルにおけるリーダーシップ、つまりミドル・リーダーシップが重要である。
民主国家は、1人の優れた大統領や首相が存在しても、それだけでは巧く機能する訳ではない。様々な制度や組織に支えられた政治社会の中間レベルにおけるリーダーシップが機能して初めて、国民一般の意見が吸い上げられ、TOPリーダーの意志が国民各層によく理解され、指導者と被指導者が中間リーダーシップを媒介として、それぞれの役割を果たす事が出来る。
中間リーダーシップにおいては、マスコミ・政党・自治体、更に企業・経済団体・労働組合等の組織が有効な役割を果たす事が期待されている。
つまり、一般国民の政治参加への欲求や利害の要求を巧く吸収し、これを国のTOPリーダーシップに媒介する働きを、これらの制度・機関が果たす事によって、民主政治は順調に機能するのである。
伝統的な社会においては、国の為政者の意志は、上意下達によって国民大衆に伝えられる。中間リーダーシップは必要がない。また、伝統社会が崩れ、民主的な中間リーダーシップが成立していない変革期の社会(大衆社会:多くの発展途上国で見られる)においては、中間リーダシップを支える制度・組織が発達していない。
それ故に、指導者と一般大衆が直接ぶつかり合う事態になってしまう。一般大衆は、指導層に暴力的な反抗をし、指導層は一般大衆を扇動したり、鎮圧したりするという、行動パターンを取る。
この場合、国民大衆の政治への参加意欲を媒介する制度・組織が脆弱な為に、政治の運営が極めて不安定になってしまう。
zingrace1213 さんが 2010/04/15 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第10講 「政治家論:求められる資質とリーダーシップ論―制度化と参加」⑤
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
リーダーシップ論の延長として、「制度化と参加」というパラダイムから、過渡期の政治秩序の在り様を考えてみたい。
これは、多くの発展途上国において生じる政治的不安定の原因を考えることにもなる。
従来の政治学では、参加(Participation)というのは、常に肯定的な要素とみなされてきた。これに反論したのが、アメリカの政治学者サミュエル・ハンチントンであった。
彼は、制度化(Institutionalization)と制度を対概念で用いる事により、制度化のレベルを超えた過度な参加は、政治社会を不安定に陥れると主張した。
発展途上国においては、伝統的な社会の制度が崩れる一方、流動化した大衆が無秩序に参加を求め、参加の量が制度化の水準を大きく上回ってしまう場合が多い。
この場合、政治秩序は著しく不安定となり、その不安定さのゆえに、経済発展も妨げられる場合が多い。
ハンチントンの理論は、ある意味で、開発独裁を合理化する理論であった。
ハンチントンの理論で欠落しているのは、国家の二元性という視点である。国家は単に、制度であるばかりでなく、その制度を支える徳(価値観)の共同体でもなければならない。ハンチントンはこの「徳の共同体」即ち、精神共同体としての国家を完全に無視している。
参加そのものの量が問題なのではない。徳の共同体がある限り、その基礎の上における参加は必ず、秩序と制度化を指向するものである。
徳の共同体を失った、やみくもな参加への衝動が、政治秩序を破壊するのである。
それ故に、単に上意下達的な制度化のレベルを上げる事によっては、参加の問題を解決する事は出来ない。常に徳の共同体としての国家を建設する努力を伴った制度化が行われてこそ、参加を排除しない安定した秩序が構築されるのである。
zingrace1213 さんが 2010/04/15 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第10講 「政治家論:求められる資質とリーダーシップ論―政治家教育とエリート・リクルートメント」⑥
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
日本においては、優れた政治家を育成する社会のシステムが全く完備していない。ここに日本政治の大きな問題点がある。
能力のある人材がいない訳ではない。しかし、これらの人材を政治家として選抜し、育成する仕組みが存在しないのである。
明治以来、そして戦後社会においても、国会議員となる人材の供給源は、大きく分けて2つあった。それは官僚と地方政治家である。中央官庁のエリート達が政治家に転ずるパターンは明治時代から存在した。第二次大戦後においては、大量の政治家が占領軍により追放された為、吉田茂首相は、多くの若手官僚を政治家に転向させ、これを時代のリーダーとして育成した。
官僚と並んで国会議員の1つの大きな供給源となってきたのが地方政治家である。これは所謂、自民党内における「党人派」の人脈を形成してきた。
これと並んで、近年注目されるのが、これ以外の第三の人材の供給源である。
テレビ・タレントやスポーツ選手等、マスコミでの知名度のある人間が政治家に転身する場合が今日しばしば見受けられる。
また、日本においては、世襲的な名望家支配の伝統も未だに保たれている。鳩山家や吉田家(麻生太郎)、細川家、安倍家、等の名門出身の政治家は、国会議員になるハードルも低く、また出世の階段も一般の政治家よりは速く駆け上がる事が出来る。
総じて言える事は、政治家としてのリーダーシップのある人間をリクルートし、これを教育、育成するルートが日本においては極めて貧弱であるという点である。
単に権力欲の旺盛なあまり優秀でない、そして使命感もない多くの政治家が存在するのはこの為である。
zingrace1213 さんが 2010/04/16 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第10講 「政治家論:求められる資質とリーダーシップ論―政治家暗殺とデモクラシー」⑦
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
民主国家においては、言論の自由は極めて重要なものである。
しかし、その言論の自由とは、実は政敵を暗殺しかねないほどの情熱と使命感によって支えられているものなのである。そこに言論の自由のアイロニーが存在する。
国家の重大政策において意見が異なれば、政敵を暗殺することこそが正しいという判断も愛国心の表現の1つである。しかし、真に国を憂うるものが、その信念を貫くあまり、お互いに殺し合いをしていたのでは、逆に国益の為にはならない。
自らの命をも賭して、国益の為に尽力しようとする者同士が、命を無駄にしない為に、一発の銃弾を一票に変えることによって近代のデモクラシーは成立してきたのである。
英語では、これを「Bullet(弾丸)からBollot(投票)へ」と表現している。
言論の自由の根底には、お互いの命をやり取りしてまでも自らの主張を貫こうという政治的意思が存在するのである。
ここである1人の人間が「私はBallotを放棄するのでBulletを取り戻す」と宣言し、社会契約から外れるとすれば、彼の行動にはそれなりの正統性があると言わざるを得ないであろう。
アメリカのような契約精神に基づく民主国家においては、原理的に政治家の暗殺を否定する事が難しいのである。ここにアメリカの悲劇も存在する。
Fried Pride-Part Time Lover
RELAXIN777 さんが 2009/11/15 にアップロード
Fried Pride-Part Time Lover
Part Time Lover / Fried Pride
msaRhoads77 さんが 2010/03/20 にアップロード
アイルトンセナのすべて -独占記者会見 1992年10月20日 フジテレビ
アイルトンセナのすべて -独占記者会見-Part1 of 4 1992年10月20日 フジテレビ
ibuyua さんが 2009/11/29 にアップロード
フジテレビの緊急特番-アイルトンセナのすべて-独占記者会見1992年10月20日
Interview of AYRTON SENNA
Crossroads Guitar Festival 2010 / Warren Haynes
Warren Haynes Soulshine Live At The Crossroads Guitar Festival, June 26, 2010
MusicForLife20111234 さんが 2010/12/23 にアップロード
藤井厳喜氏の良質な講義 国民の為の政治学 第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」①
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
世界の多くの民主国家においては、国家と宗教は分かちがたく結びついています。デモクラシーを成立させる基盤である精神共同体。その精神共同体を支える重要な柱の1つが、国民に共通する宗教意識である。
イスラム教徒の多い国家の大部分は、イスラム教を国教(国家の宗教)と規定している。近代的デモクラシーの体制を取るスウェーデン・デンマーク・ノルウェー、そしてイギリスもキリスト教を国教としている。
ドイツでは、国家が教会税の徴収を代行して行っている。徴収された教会税は、国家の手を通してキリスト教会に分配される。日本では信じられないような国家と宗教の結びつきである。
アメリカでは、キリスト教と国家の関係は「友好的分離(Friendly Separation)」と呼ばれている。
アメリカがキリスト教精神に基づいて建国された事は、自明の理であるが、キリスト教のある特定の宗派が国の政治を支配しない為に、「国家と教会の分離」が定められている。しかしこれは敵対的な分離ではなく、「友好的な分離」と規定されているのである。
フランスやイタリアでは、国家(政治)と宗教の分離が最も厳しく定められている。
しかし、これは世界的には寧ろ、例外である。そして、フランスやイタリアにおいても、国民の大部分を占めるカトリック教徒の宗教意識が、国家共同体を形成する基盤となっている事実は否定する事が出来ない。
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」②
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
民主国家においては、多数決により政治が決定される。それでは、多数決により敗北した少数者の側が、何故、自らの意思を屈してまで、多数者の決定に従うのであろうか。それは、国家が運命共同体であり、多数決は、この運命共同体の意志を決定する方法に過ぎないからである。
運命共同体であるとは、国家が何よりもまず精神の共同体として、成立している事を意味する。
この精神共同体の成立においては、当然、国民の共通の文化が大きな役割を果たしている。この文化の中において、有形・無形の宗教的意識が大きな役割を果たしている。多くの民主国家においては、国民共通の宗教意識が、国家と言う精神共同体を支える大きな要素になっている。
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」③
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
国家には、2つの次元がある。
第一は、精神の次元における精神共同体としての国家である。
第二は、現実の次元における官僚機構としての国家である。
この二つは相互に依存して存在しているが、究極的には決して、完全に一致する事がない。それはまた、二つの次元の異なった国家像という事も出来るであろう。
日本においては、精神共同体としての国家は、天皇を中心とする民族の共同体としての国家である。これに対して、現実においては、官僚機構としての国家は、古代から封建時代、そして現代へと様々な形態を取って変化してきた。
しかし、この官僚機構としての国家も、その正統性の根源を天皇と言う精神共同体の権威から引き出している点においては、全く一貫している。
日本では、官僚機構としての国家を天皇の名のもとに変革する行為を維新と呼んでいる。
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」④
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
2つの次元における国家についての解説を続ける。
これを言い換えれば、「聖なる次元における国家」と「俗なる次元における国家」とも表現する事が出来る。聖なる国家とは、徳の共同体としての国家であり、西洋の哲学者の名前を借りて言うならば、プラトン的国家と表現する事が出来るだろう。
俗なる次元における国家とは、制度化された暴力としての国家であり、西洋の哲学者の名前を借りていうならば、ホッブズ的国家と言う事が出来るだろう。
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」⑤
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
聖なる次元における国家を「徳の共同体(Community of Virtue)」ととらえる事が出来る。これに対して俗なる次元における国家を「制度化された暴力(Institutionalized Violence)」と捉える事が出来る。
聖なる次元における国家と、俗なる次元における国家が一致する事は永久にあり得ない。聖なる次元における国家を理想として、俗なる次元における国家を革新してゆく事が、あらゆる国家における改革・進歩・革命の道である。
聖なる次元をもたない国家においては、例えばシナのように、俗なる次元における権力闘争が永久に続くだけである。
俗なる次元における国家を、聖なる次元に近付ける事を、日本の政治においては、「維新」と呼んでいる。
維新とはまた、天皇のもとにおける国民の平等を推進する事でもある。
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」⑥
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
日本においては、正統性の根源である天皇制との整合性があれば、様々な政治思想や政治体制・経済体制を採用する事が出来る。現在の日本は、天皇制民主政治であり、経済体制は天皇制資本主義である。
原理的に言うならば、唯物論的でない国家社会主義を天皇制と組合わせる事も理論的には可能である。
かつての226事件の指導者達が夢想したのは、一種の天皇制国家社会主義であった。この場合の社会主義とは勿論、唯物論的なマルクス主義的な社会主義ではなく、単に経済上の社会的平等を推進するという意味における社会主義である。
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」⑦
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
今までの、講義内容がよく理解できると、日本に何故、愛国的な左翼が存在しないか、の理由もよくわかる事になる。
左翼は、マルクス主義者もそうでない者も、単純な進歩史観を有しており、この進歩史観においては、君主制は古い制度であり、社会の進歩とともに否定されるべき存在である。
ところが、日本においては、明治維新という近代化の原点において、彼らの言う「古代的王権」である天皇が、国家の最高権力者として復活し、この天皇の正統性のもとで、日本は近代化を推進していった。
これは、進歩主義史観をとるものにとっては、受け入れがたい矛盾である。
また、大東亜戦争敗戦後の日本でも、天皇の権威は全く揺らぐ事が無かった。国民は圧倒的に敗戦後の陛下の全国御巡幸を歓迎した。
これも進歩主義者にとっては、全く理解を絶するところである。
敗戦した国家の君主制は、廃止されるのが当然である、と進歩主義者は考える。ましてマルクス主義者は、敗戦後には、君主制は革命によって打倒されて当然である、と考える。しかし、日本国においては、このような変化は全くおきなかった。
明治維新以来の歴史を見るだけでも、日本人は政治的にも経済的にも社会的にも、天皇の権威のもとで、超一流の近代国家を築くことに成功して来た。これは、マルクス主義者を含む、進歩主義者(左翼)の教条(ドグマ)に全く相反する歴史上の事実である。
ここで左翼が事実を事実として受け入れれば、まともな歴史観に転向し、左翼を放棄する事になる。
事実を受け入れるのを拒絶し、ドグマを保持しようとすれば、結局、総体としての日本歴史、特に明治維新以降の近代史を完全に否定するしかなくなってしまうのである。
それ故に、日本においては左翼の愛国者は、存在しえない事になる。
zingrace1213 さんが 2010/04/09 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講 「政治と文化と宗教の関係とは?」⑧
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
日本の「左翼(進歩主義者・平等主義者)」の教条(ドグマ)となっているのが、1932年に共産主義インターナショナル(第三インター)が発した「32年テーゼ」である。この共産主義者による闘争戦略の指示においては、日本は「前近代=半封建」と規定されている。その前近代半封建の中心が言うまでもなく、天皇である。
それ以来、日本の左翼による日本批判は、この「前近代=半封建」という一語に尽きている、と言っても良い。
戦後においても、左翼の日本批判の中心は、この「前近代=半封建」という言葉の同義語反復であり、その批判の中心は天皇制である。
東京裁判史観も、この「32年テーゼ」の焼き直しと考える事が出来る。
日本の左翼に求められるのは、ドグマとイデオロギーを捨てて、日本歴史の事実をありのままに見る勇気である。この勇気を持てば、所謂「左翼」は愛国的左翼に変身する事ができる。
そして「愛国的左翼」とは、「日本文化の中心としての天皇を受け入れた左翼」という存在である。
zingrace1213 さんが 2010/04/14 にアップロード
【藤井厳喜アカデミー】 国民の為の政治学
第9講・特別補足篇 「政治と文化と宗教の関係とは?」
(講師:藤井厳喜・国際政治学者)
民主国家においても、共通の宗教意識が国家を支える基盤である事が多い。この事を最もよく物語っているのは、民主政治を称賛した事で有名な二つの歴史的演説、即ちリンカーンによるゲティスバーグ演説と古代アテネのペリクレスによる演説が、共に国家の為に命を捧げた人々に対する、追悼と顕彰の場で語られた言葉であったという事実である。
民主国家の為に命を捧げた英霊の追悼と顕彰は、当然、国家に共通の宗教意識に基いて行われる。この宗教意識こそが国家共同体の基礎となり、その基礎の上に、自らの死をも辞さぬ国民の、国家防衛への行動が存在する。これら二つの歴史的名演説において、民主国家の場合においても、国民共通の宗教意識が、国家の防衛と永続の為に如何に重要な役割を果たしているかが如実に示されている。
フランスのように、国家と宗教意識が比較的明快に分離されている場合においても、国家への自己犠牲は、一種、宗教的な色合いを帯びてくる事になる。
個人の生命を越え、永続する国家への忠誠は、自己を超えた歴史的運命共同体への信仰に近いものであり、超越的な存在への服従という点において、これを宗教的と呼ぶ事は誤りではないであろう。
OM-D E-M5 詳細 とSony の一億ピクセルのセンサーのうわさ
気になる OM-D E-M5 の詳細を見てみた。
オリンパス初の1600万画素のセンサーは、パナのGH2並になるということと、フォーサーズ系のレンズはどれも1600万画素くらいは余裕でこなせそうだということで、確実に正確な細密な描写ができるのが推測されるので、あまり関心がない。
本体が小さいので、手の大きめなぼくなんかは、アダプターかましてフォーサーズのレンズを使った方が使いやすいという感じがする。
ぼくが、カメラで一番気になるのは、ファインダーないしは液晶がキチンと見えるかどうかなんだ。
そのまま見えるかどうかじゃなく撮影に必要な情報が適切に見えるかどうかということだ。
その次に、接眼できるかどうか。これは主として手ぶれ防止のためなんだ。
こればかりは、実際に撮影してみないとよくわかんないんだけど、いい感じに仕上がっているように思えるね。大きさだけが心配だ。
手ぶれ補正といっても各社まちまちの機能で現状では、各社とも限定された機能だけを提供しているという状況だ。
現行の手ブレ補正付のカメラでもぶれる場合は、その方向へのブレに対応していない可能性が高いんだね。
今回のOM-D E-M5の手ぶれ補正機能が本当なら理屈の上ではあらゆるブレに対応できることになる。
本当ならすごいことだ。・・・半信半疑だけど。
あと、三脚などを使い安定した状態で撮影場合は、手ブレ補正機能を切った方が安定するようです。
オリンパスはAFのスピードになんか特別な思い入れがあるのでしょう。
ぼくは、早いにこしたことはないですけど、もっと、正確さが大事だと思うのと、
もっとピンポイントで合わせられる方がありがたいですね
Sony は話題がないなんて書きましたけど、とんでもないうわさが流れています。
Foveonライクということなので、ローパスフィルターが不要になるかもしれませんので、解像度にはいっそう有利に働きますね。
これは、とんでもないことになりそうですが
・・・・一億/3色としても、3333万画素相当の解像度では、
いずれにしても、レンズが問題でしょう。
・・・ってソニーだけの問題じゃないですけどね。
このセンサーは、別次元の絵を吐く可能性がありますよ。
シグマのカメラは、まだまだ Foveon を使いこなせていないようですけれど、サンプルにはすごいのがあります。
カメラマン:萩原和幸
モデル:Mayuco Ozawa
この子めっちゃ可愛いね!
子供っぽい表情から大人の顔まで幅の広い表情の出来る娘だね。





このセンサーが4400万画素だから、これらの絵を遙かに凌駕する解像度のセンサーが登場すると言うことです。
これで Foveon も外販の道が開けるか?・・・期待は大きいと思います。
オリンパス初の1600万画素のセンサーは、パナのGH2並になるということと、フォーサーズ系のレンズはどれも1600万画素くらいは余裕でこなせそうだということで、確実に正確な細密な描写ができるのが推測されるので、あまり関心がない。
本体が小さいので、手の大きめなぼくなんかは、アダプターかましてフォーサーズのレンズを使った方が使いやすいという感じがする。
ぼくが、カメラで一番気になるのは、ファインダーないしは液晶がキチンと見えるかどうかなんだ。
そのまま見えるかどうかじゃなく撮影に必要な情報が適切に見えるかどうかということだ。
その次に、接眼できるかどうか。これは主として手ぶれ防止のためなんだ。
こればかりは、実際に撮影してみないとよくわかんないんだけど、いい感じに仕上がっているように思えるね。大きさだけが心配だ。
フレーミングだけではなく、作画にも没頭できるデジタル時代のファインダー。それがOM-Dの電子ビューファインダー(EVF)です。OMを彷彿させる精緻な情報表示や、高性能な光学系の搭載により、像のケラレがない安定した見えを提供します。またPCモニターの色味に近づけることで、仕上がりの絵を忠実に再現。ファインダーを覗く感動を追求しました。
高精細144万ドット LCDに最適な光学系を搭載。視野率約100%、倍率1.15x(最大)のEVFと、必要な情報をクリアに表示するインターフェースによって、光学ファインダーでは体験できない新しい撮影スタイルを提供します。EVFは一眼レフ同様、光軸上に配置しています。
高輝度/低輝度時でも、適正露出で被写体を確認できるので、安定したフレーミングが可能です。 また、タイムラグを感じさせないライブビュー表示※で、素早く動く被写体であっても、その瞬間を捉えることができます。
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光学ファインダー
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OM-Dの電子ビューファインダー
- ※高速ライブビュー表示(約120fps)に設定可能です。
ファインダーを覗いたまま、画像の仕上がりを確認できるのはEVFならではの機能です。OM-Dは、作画に必要な4つの機能を、1ボタン/2ダイヤルの操作によって、ファインダー内で設定可能。撮影に専念することができます。
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Fn2ボタンを押しながら、メインダイヤルまたはサブダイヤルの回転で操作。
ハイライト&シャドーコントロール
ハイライト&シャドーコントロールはそれぞれ±7ステップで設定可能。暗部の黒を引き締めたり、明部の白を引き上げることで、従来の露出補正では不可能なシャドーやハイライト部のディテール調整が容易に行えます。
ホワイトバランスコントロール
寒色系の近未来な演出や、暖色系の暖かみを感じる表現など、撮影者のクリエイティブな作画演出を思いのままに操ることができます。
マルチアスペクトコントロール
アスペクト比もファインダーを覗いたまま自在にコントロール。4:3、16:9、3:2、1:1、3:4の5種類の中からお好みのアスペクト比でフレーミングできます。
4:3と3:4を瞬時に切り替えることで、カメラを構え直すことなく縦構図の撮影をすることも可能です。
拡大表示コントロール
拡大表示コントロールは、光学ファインダーでは実現できない正確なピント合わせをサポートします。
等倍表示と10倍※の拡大表示を簡単に切り替えることで、ピント確認と構図確認をテンポよく行えます。
- ※拡大倍率は5倍、7倍、10倍、14倍とお好みで設定できます。
ファインダー表示と背面モニター表示を自動で切り替えるアイセンサーを搭載しています。撮影時はEVF、撮影確認は背面モニターといった動作も自然に行えます。
- ※1 2012年2月8日現在、発売済みのレンズ交換式デジタル一眼において。電子手ぶれ補正方式を除く。
- ※2 2012年2月8日現在、発売済みのレンズ交換式デジタル一眼において。M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZ装着時。当社試験条件による。
手ぶれ補正といっても各社まちまちの機能で現状では、各社とも限定された機能だけを提供しているという状況だ。
現行の手ブレ補正付のカメラでもぶれる場合は、その方向へのブレに対応していない可能性が高いんだね。
今回のOM-D E-M5の手ぶれ補正機能が本当なら理屈の上ではあらゆるブレに対応できることになる。
本当ならすごいことだ。・・・半信半疑だけど。
あと、三脚などを使い安定した状態で撮影場合は、手ブレ補正機能を切った方が安定するようです。
世界初※1のセンサーシフト方式による、5軸対応メカニカル手ぶれ補正を実現しました。一般的な2軸(X軸、Y軸)に対しての角度ぶれ補正に加え、XY軸の並進方向とZ軸(光軸)回転方向のぶれ補正を追加。世界初※1の5軸補正に対応しました。このメカニズムによりあらゆる種類のぶれに対して絶大な補正能力を発揮します。
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磁力によりセンサーユニットを浮揚させて補正を行う新機構
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2軸のぶれに対応するIS
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5軸のぶれに対応する新IS
シフトぶれとは、マクロ撮影の際、撮影倍率が上がるにしたがって目立ちはじめるぶれのこと。5軸対応ぶれ補正では、従来のジャイロセンサーに加え、XY軸の並進方向のぶれを検知する加速度センサーを搭載することで、この問題を解決しました。
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並進ぶれ補正後のイメージ
「レンズ内手ぶれ補正機構」では解決できない、長秒撮影時の画面の揺らぎ。これは、ローリングぶれが原因で生じています。補正が難しいこのぶれも、5軸対応手ぶれ補正なら、センサーを回転させて補正。いとも簡単に解決してくれます。
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光軸回転ぶれ補正後のイメージ
低周波ぶれとは、歩行や呼吸により生じる、非常に検知の難しいぶれこと。この補正をMSC(Movie & Still Compatible)ISが実現。動きながらの動画撮影がより確実に行えるようになりました。
- ※動画撮影時、手ぶれ補正を有効にすると画角は若干狭くなります。
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低周波ぶれ補正後のイメージ
シャッターボタン半押し時に、ファインダー内で手ぶれ補正効果を確認できる「半押し中手ぶれ補正」を搭載。マクロ撮影や望遠撮影でも、安定したファインダー像により正確なフレーミングやピント合わせが可能です。※
- ※「半押し中手ぶれ補正」を「ON」に設定したとき。
ボディー内手ぶれ補正(5軸対応手ぶれ補正) レンズ内手ぶれ補正 ファインダー内で手ぶれ補正効果を確認できる ◎ ◎※4 一般的な「角度ぶれ」に対応 ◎ ◎※4 マクロ撮影時に問題となる「シフトぶれ」に対応 ◎※3 ○※5 「光軸回転ぶれ」に対応 ◎ ※6 動画手ぶれ補正「マルチモーションIS」に対応 ◎ ◎※1※4 装着するすべてのレンズで上述の効果を発揮 ◎ ×
オリンパスはAFのスピードになんか特別な思い入れがあるのでしょう。
ぼくは、早いにこしたことはないですけど、もっと、正確さが大事だと思うのと、
もっとピンポイントで合わせられる方がありがたいですね
世界最速※2の「FAST AFシステム」は、オリンパスが培ってきたAF技術の結晶です。OM-Dは「新16M Live MOSセンサー」により、E-P3の持つ世界最速のS-AFスピードを更新しました。また、低輝度下でのAF性能や追尾AF性能が大幅に向上。あらゆるシーンでの正確なフォーカシングが可能となりました。
OM-Dの世界最速※2 「FAST AFシステム」は新16M Live MOSセンサーの倍速駆動やAF演算処理スピード、レンズ/システム制御の最適化により実現しています。高速で正確なAFがシャッターチャンスを逃しません。
従来の「顔認識」「色認識」「パターン認識」によるX-Y平面の自動追尾機能と、Z軸方向の「動体予測」が融合した新開発の3DトラッキングAFにより、追従性と精度が大幅に向上しました。
追尾AF(C-AF+Tr)時でも最大4.2コマ/秒(M.ZUIKO DIGITAL ED12-50mm F3.5-6.3 EZ装着時※)の連写が可能です。
- ※最新のファームウェアへのアップデートが必要です。
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トラッキングAFスタート
顔検出により、被写体をロックオン
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トラッキングAF経過 – 1
顔の移動を追跡し、XY方向に加えZ方向にもAF追尾する。
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トラッキングAF経過 – 2
被写体がフレームアウトするまで自動的に追尾し続ける。
- ※ 実際の画面には、XYZなどの軸は表示されません。
高感度・低ノイズの新16M Live MOSセンサーが、低輝度環境での撮影に威力を発揮します。コントラストAFはレンズの開放値でAFが可能なため、暗所での正確なフォーカシングが可能です。
低輝度環境下での撮影をサポートするAF補助光を搭載しています。
瞳検出の精度がさらに向上。顔の大きさが「正位置撮影バストアップ」程度まで小さくても瞳検出が可能となりました。「ママのためのポートレートレンズ M.ZUIKO DIGITAL 45mm F1.8」を使えば、瞳にピントが合い、きれいに背景がぼけた印象的なポートレート撮影が楽しめます。また縦位置撮影が可能なパワーバッテリーホルダー HLD-6やエレクトロニックフラッシュFL-600Rをあわせて使えば、よりポートレート撮影に適したシステムとなります。
拡大枠AF選択時は個々のターゲットサイズを一回り小さくすることで、きめ細やかなAFが、より広い範囲で行えます。また、縦3エリア×横3のグループエリアを選択すれば、領域をしぼった自動選択AFも可能です。
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35点AF
レリーズボタンを押さなくても、常時フォーカスし続けます。カメラを被写体に向けるだけで、フォーカスを合わるのでいつも被写体をはっきり認識でき素早く構図を確認できます。
Sony は話題がないなんて書きましたけど、とんでもないうわさが流れています。
(SR4) Sony about to release “organic sensors” in 2013. 100+ megapixel sensors for 2013-2014.
One of the FALSE rumors that were spreading around the web was that the new Fuji X PRo 1 would have an organic sensor (see picture on top). It turned out to be false. But…
…now one of my best(!) sources has informed me me that Sony already has working prototypes of organic sensors! They will not hit the market this year, but they will in 2013. In general, Sony plans to bring major advances and more deeply expressed “sensor paradigm shifts” from the end of 2013 forwards with new Foveon-like sensors and organic materials allowing them to go well beyond the 100 megapixel barrier on a full-frame sensor. Sony has already officially announced that they will display a 100 megapixel sensor this year. The current (medium) format camera with the highest pixel resolution is the “Mamiya DM-Series 80Mp DSLR Camera Kit with 80mm LS Lens”. Price: $34,495.00 at Bhphoto (Click here).
I haven’t been told which camera will use this new generation sensor first. But let me dream for a moment. Imagine a full-frame NEX-9 camera with that sensor. I bet it would kick Fuji new Amazon hotseller (clcik to see ranking) in the butt
Foveon
概要
FOVEON X3はCMOSイメージセンサの一種である。光の三原色である赤 (R)・緑 (G)・青 (B)がシリコンを透過する特性が異なることを利用して、素子の厚み方向 (光が入射する方向) に3層にセンサを配置している。カラーフィルム(各層の間に色フィルタがある)と同様に、同一位置の異なる色の情報を分離できる。
3層のセンサのうち第1層(最上層)はRGBのすべての光の強さに反応する。第2層以深には波長が短いBの光は到達しないため、Bの要素を除くRGの光の強さに反応する。同様に第3層(最下層)では第2層までで吸収されたBGを除くRの光の強さに反応する。画像処理エンジンでは、最下層で取り込んだRの値を中層で取り込んだRGの値から引いてGの値を求め、最上層の値からRとGの値を引いてBの値を求める。[1][2]
Foveon X3撮像素子のシリコンウエハーのそれぞれの3層の厚みは5μm以下なのでピントのずれや色収差はごく僅かである。赤色の受光層が最も深い部分にあるので他のCmos撮像素子やCCD撮像素子と比較した場合、長波長の光ではいくつかの電子が拡散してシャープさが失われる。
特徴
FOVEON以外の半導体イメージセンサ (CCDイメージセンサなど) を1枚だけ用いた(単板の)デジタルカメラでは、2×2画素に配置された (ベイヤ配列) カラーフィルタを用いて、3原色の内の1色のみを各ピクセルで取り込んだ後、演算によって他の色の値を求める (演繹補完)。これに対してFOVEONでは、単板であるにも関わらず原理的には光の三原色をそのまま取り入れた画像を生成することができる。ベイヤ配列のイメージセンサでは演繹補完による画像生成を行なうため、偽色とよばれる実際には存在しない色が発生するが、FOVEON X3 イメージセンサでは、3原色それぞれのセンサが同じ位置に配置されているため、原理的に偽色は発生しない。
Foveonライクということなので、ローパスフィルターが不要になるかもしれませんので、解像度にはいっそう有利に働きますね。
これは、とんでもないことになりそうですが
・・・・一億/3色としても、3333万画素相当の解像度では、
いずれにしても、レンズが問題でしょう。
・・・ってソニーだけの問題じゃないですけどね。
このセンサーは、別次元の絵を吐く可能性がありますよ。
シグマのカメラは、まだまだ Foveon を使いこなせていないようですけれど、サンプルにはすごいのがあります。
カメラマン:萩原和幸モデル:Mayuco Ozawa
この子めっちゃ可愛いね!

子供っぽい表情から大人の顔まで幅の広い表情の出来る娘だね。





このセンサーが4400万画素だから、これらの絵を遙かに凌駕する解像度のセンサーが登場すると言うことです。
これで Foveon も外販の道が開けるか?・・・期待は大きいと思います。



















