私 : お父さんとお母さんの間に何があったのか知ってるの?
あきさん: 聞くこともしなかった。重大な事実が出てきそうで恐ろしかった。
私の存在そのものに関わることに思えてならなかった。8歳の子
供の直感のようなもの・・父と母がどんな問題を抱えていたのか
考えはしなかった。父は酒好きでよく飲んでいた。家の中の納戸
と呼んでいる部屋で上半身裸であぐらの父の頭の上から、母が
一升瓶の酒をドブドブとかけている。その背中の妙に艶めき濡れ
た輝き・・・「そんなに飲みたいなら、ほら!」と、怒りにまかせて
次から次から酒を浴びせる母、板張りの床に溢れ流れる透明の
液体・・・酔いちくれた父は体の自由がきかないのか無抵抗で、
されるがまま、恍惚状態にさえ見える。 「お母さんやめて」泣き
だす妹・・・それらを映画のワンシーンを見るように、私はただ静観
していた。後日母は知人に「あきは、冷たい。どんなときでも、白け
た表情で、やり過ごす」という意味のことを言っていたという。
なぜか声も涙も出なかった、恐怖と不気味さと悲しみで。
酒の飲みすぎが原因かどうかはわからないけど、父は体が強い
方ではなく、仕事をバリバリして稼ぐタイプの人ではなかった。生
活力には乏しかったと思う。そういう父に将来の希望を失い、不安
が生み出す絶望が、母を追いつめたのかもしれない。