さる消息筋の日常 -13ページ目

さる消息筋の日常

書きたいことを書きたいままに書いています。

もしお気に障ったら、ごめんなさい。

これも数日前に読み終わった。


「シャドウ」 道尾 秀介

創元推理文庫 \735


向日葵の咲かない夏 の作者。これが面白かったため続けて読んでしまった。


以下ネタバレありの感想。


叙述トリックが使われているのだが、キチンとした伏線を冒頭から分かりやすい形で張っているため、いつ、誰の、どの描写が真実と異なるものなのかという緊張感が作品全体を覆い、不安と戦いながら読み進めていくことになる。

後半の割と早い段階でその伏線は解消されるのだが、このときの不安感の解消は、前半の緊張感からの開放ともなっておりある意味心地よい。さらに、このトリックそのものが、ある登場人物が意図的に設定した作戦の一つだと明かされ、なまじ前半からトリックの内容に気がついていた読者ほど唸らされる結果となっている。

これがこの話のクライマックスで、あとの全ては不要と言えば不要。この話のみを、短編として書いても良かったんじゃないだろうか。その方が私としては評価できるになったと思う。

しかし、この作品は作者自身が「救い」をテーマとして挙げている。曲解すればエンターテイメントを重視して書かれた作品とも言え、その意図は充分達成できているように思える。


子供が登場人物の一人として出てくるのだが、この子供が作品を通して分かりやすい形で「成長」してみたり、火曜サスペンス張りのラストへの展開があったり、まあ、深くはないが良くできたオハナシである。

うかつにもその安っぽい作りに感動してしまったりもしたのだが。


最後まで明かされなかった、ある事件の犯人については展開も動機も唐突だが、エンターテイメントを作る上での必然、予定調和だと割り切れば、これはこれで必要だったんだろうなと納得できる。逆に、途中で明かされる、本筋と関係ないいくつかの小さな謎は蛇足に思える。これだけご都合主義で話を作るのなら、全ての小ネタも大筋に絡めれば良かったのに。


良くできたオハナシでした。映画化うまくいくといいね。


星3つ。

☆☆☆

向日葵の咲かない夏 道尾秀介

新潮文庫 二十六刷 629円

ISBN978-4-10-135551-1


数日前に読み終わった。

道尾秀介は、第五回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作「背の眼」、第七回本格ミステリ大賞受賞作「シャドウ」の作者。この作品は処女作「背の眼」の次に書かれた第二作で、筆者の出世作、ということらしい。

あまりにも切ない読後感も良いとは言えないが、でも、おもしろかった。


(ここからネタバレあり)

全体を通じて離人感のような、ふわふわとした非現実感がある小説だ。

離人感とは離人症の症状で、離人症とはgooの国語辞典によると

”自分自身や自分の行動、また外界などに対し、実感が伴わない状態。神経症・鬱病・分裂病、極度の疲労時などにみられる。 ”とのこと。

読み進めるうちに読者も実感を伴わない作品世界に取り込まれていくことになる。


主人公の”ミチオ”は作者の姓と同じ読み。意味があるのかないのか分からないけれど。

小学生”ミチオ”の一人称視点が多いので、小児特有の妄想と、現実との境界が曖昧な心象を表現している、のか思ったていた。しかしそれは半分当たりで半分外れで、主人公(作者)の思惑はそれをとうに咀嚼し、消化し、自覚的に「物語」を作り出していた。


ところどころに挟まれる、三人称視点で、かつ大人の”泰造”の描写が地に足がついた現実感があるため、余計に”ミチオ”の描写の異常さが際だつ。

当初は分かりやすく、窓の外で友達が飛んでたり、風の音が恐ろしかったり、そういう妄想と分かる描写なのだが中盤以降はもうどこまでが妄想(=”物語”)でどこまでが現実が分からなくなっていく。

ただし、虚実入り混じった構成であることが読み手にしっかり伝わってくるように書かれているため、妹の”ミカ”を初めとする叙述トリックも、謎解き後に理不尽さを感じさせることはない。


ただ、”ミチオ”のおかれている過酷としか言いようがない家庭環境が、物語の一部ではなく現実であったのは残念に思った。最後まで悲惨な環境しか”ミチオ”には残されておらず、物語はミチオを救うことはなかったのではないかと思わせるのだ。


トリックは、一部 くどいけれどクリアカット。謎解きそのものは、割と陳腐で意外性はない。一方で破綻もないけど、トリックが明かされたことで膝を打つような爽快感はなく、だからこれはホラーとして読むべきなのかな。

最初の10ページで面白いと思えれば読むべし。


ミカ萌え→うはーっ ってことで星3つ。

☆☆☆

人間は間違うもの。

どんなに完璧と思われてる人だって、いつかは「必ず」間違う。


だから


間違った人間は排除しよう 血祭りにあげよう

間違った奴を一人ずつ消していけば、最後には間違わない奴だけが残る!

って思想は間違い。


どんなに気を付けても人間は間違う生き物なんだから

誰かが間違っても、大丈夫なようにしよう!

ってのが正解。


医療現場には忙しい人しかいないから?理系しかいないから?

閉鎖的だから?

どうしてかは知らないが、人の命を扱う場にしては

間違いから命を守る工夫が少なすぎる。


誰のせいかと考えれば。医療現場の最高責任者のせいだ。

つまりは医者のせいだ。


お医者様には、もうちょっと社会的な観点と技能を持って欲しいものだ。