さる消息筋の日常 -11ページ目

さる消息筋の日常

書きたいことを書きたいままに書いています。

もしお気に障ったら、ごめんなさい。

麻酔科医ハナ なかお 白亜


出版社と価格、ISBNは今回なし。すみません。

結構リアルな医療モノ。
ちゃんと取材してるんだろうなーと思わせるものがあります。
点滴やら喉頭鏡やらの描写が正確なのはもちろん、
薬液を引いた注射器がカートの上に並んでる絵なんか、本当に取材して実物を見てきたのかな、
またはよっぽどしっかりした監修がついてるのかなってリアリティがあります。
で、同時に
これが実情だ!私はこの目で見てきたんだ!信じろ!ひれふせ!
って傲慢さも見え隠れします。

どんな業界マンガ、業界ドラマ、業界小説でも
自分があまり関わらない、知らない業界のことは
フィクションを真に受けてしまう人がいます。それは仕方ないこと。
サラリーマンってみんな島コウサクみたいなんだろうなーって思う人は少ないが
麻酔科医ってみんなハナみたいなんだろうなーって思う人はそれより多いかも知れないね。

業界モノ全般に言えることだが、
創作物に反映されるリアリティには取材で拾いやすい小物・小話に基づく
「モノ」に関するものと、
そこに働く人々人間関係や思考パターンなどの
「ヒト」に関するモノがある。
このマンガはその両者において高いリアリティを持っている。
しかし、当たり前だが島コーサクが実際には荒唐無稽なように
このマンガの主人公も荒唐無稽だ。

同じ荒唐無稽なら、ブラックジャックの本間先生のように
本物の医者では到底たどり着けないよな心境に達する、
つまりはフィクションがリアルを凌駕するような、
そういうファンタジーを描けば良いのに…と思うが
それでは売れないんでしょうね。
いみじくも作者自身が述べた、ハナのおっぱいが大きい理由と同じ理由で
僕らはBJを超えるお医者さんにはもう会えないのでしょう。
このマンガにも安っぽい人間ドラマみたいな何かはあるみたいですが
BJにあるような人間の深淵をえぐるようなセリフは、
当たり前ですが出てきません。


このマンガは、
こまごまとした、そしてどうでもいいリアリティにこだわった
医療関係者の内輪受けマンガです。
業界関係者の内輪話を素人が聞きたがるのは昔からですが、
そんなもんが一人前のコンテンツとして許されるようになったのが最近の悪い風潮でして、
このマンガもそういう際物好きな素人に売れるんでしょう。
でもこれはこれで商業的に正しいんでしょう。

取材はしっかりしてるようなので☆2つ。
てかそれしか価値がないんだから
作者の自己満足でしかない、くだらん人間ドラマなんぞいらんと言いたい。

☆☆

「まほろ駅前多田便利軒」 三浦しをん

文春文庫 ISBN978-4-16-776101-1 \543


直木賞受賞作。

ネタバレって程ではないけど以下内容に少し触れます。


まほろ市という、東京の町田市をモデルにしたらしい架空の市で

便利屋を営む中年男と、そこに転がり込んだ同級生の居候(♂)の

連作短編集。ストーリーは1冊でとりあえず完。


文体は平易でリズム感があり作為を感じにくい心地よいモノ。

居候はつかみどころも常識もなく、主人公をいつも困らせるが

実はとっても温かい奴なんだよーっていう良くある設定。


起きる事件はヤクザみたいな組織に絡まれたり、

そこのボスにちょっと目をかけられてみたり、

こまっしゃくれた子供を助けてちょっといいこと言ってみたり、

美少女高校生を預かることになったり、

うら寂れた売春宿の娼婦が依頼人だったり、

主人公の悩める過去が吐露されてみたりと

大衆娯楽的要素満載。


著者の名前もそうだけど、まあ全体に安っぽいわけですよ。

セリフ回しも臭いし、「こういう立場の人はこういう言葉遣いはしないでしょう」てな

突っ込みを沢山入れたくなる。

技術的にはイマイチなんでしょうね、この人。

少なくともそのように思わせる文章です。


しかしながら面白いのは確か。


クールな主人公の独白と考え方がいいのか、

こちらにも臭ってきそうな喫煙シーンがいいのか、

なんだか良く分からないんだけど

非常に気持ちよく、最後まで読めました。


ラスト近く、多田の過去が語られる部分とそれを消化する展開なんか、

もうほんとにベタベタなんだけど、

その展開はお約束として、もうみんなに了解済みの素材としてあるわけで

「ん、ちょっと違うな」

っていう切り口の違いが面白い。

料理に例えると、

ありふれた秋刀魚やアジや豚コマを素材としてるからこそ

家庭料理と違う、料理人の一工夫、二工夫が分かりやすいという感じでしょうか。

そのくせ素材の良さも殺さない。


前回感想を書いた、損料屋喜八郎始末控え みたいに

苦労して持ってきた素材でもないし、

向日葵の咲かない夏 みたいな凝った技巧もないが

すぱっと切った切り口は、これまでにあまり見なかったもので

全体を通じて驚きを持って読めた。


その切り口とは?凡百の小説とどこがどう違うのか?

(ここからはネタバレあり)


例えば、居候がバイオレンスな人である。

この手の話の定番としては

「転がり込む居候に振り回されるし

居候は何考えてるのか一見分からないけど

実はとてもイイヤツ」

とならなければならない。

それなのに、この居候は、特に明快な理由付けもなく

気に入らない相手に平気で暴力をふるう。

これだけで好感度は一気に下がり、居候を「イイヤツ」にするには

ハードルが上がるだろう。

しかし一冊読み終わる頃にはこの居候がいとおしく、守りたく、

一緒にいて欲しいキャラクターになってる。

作中に出る、かなり愛らしい描写で惚れること必至なチワワより

もっともっと好きになれている。

別に暴力バンザイの小説じゃないのに。


それを成しているのは、一つ一つの描写の積み重ねである。

ソファでの寝方だとか、タバコ2箱で機嫌を治すところであるとか、

しゃべりたいであろう場面で主人公の気持ちをおもんばかり

すっと黙るところであるとか。

(黙ることを、「黙っている」と描写せずに書くのは、やっぱ技巧的なんだろう)

そういう、実在の世界で人間を好きになるようなプロセスを

この小説では擬似的になぞらせているのだと思う。

しかも「ほらこの人はこんなにいい人でしょー!」と

高らかに宣言するのではなく、さりげない描写のなかに織り交ぜることで

知らないうちにこの居候の魅力が伝わるように書いてあるのだ。

(まあ後半は多少お仕着せが増えるわけだけれども)


こういう作者の意図を、軽薄な文章、軽薄なプロットの中に

すっと隠して潜り込ませることで、

その意図は非常に上手く読み手の心の隙間に染みいってくる。

恐らく読み手それぞれの心の隙間には色んな形があるのだろうけど、

これでもか、と押しつけず、細かい破片として言いたいことをちりばめることで

輝くビーズのようにそれぞれの隙間を埋めていくのではなかろうか。


そういう小説です。


☆3つ。本当は4つつけたいけど、こういう話に4つつけるのもちょっと恥ずかしいので。


☆☆☆

「損料屋喜八郎始末控え」 山本一力

文春文庫 ISBN978-4-16-767001-6 \581


また時代小説。ある一定のファンがついている分野のようで、

信長の棺 のような超駄作が平気で平積みになっている恐ろしい分野だ。


これまで読んだ時代小説の中で一番面白かったのは「嗤う伊右衛門」京極夏彦。

これも純粋な時代小説とは言えないかね。

今回は、直木賞作家のデビュー作ってことで読んでみました。


読んでみたら、正解。大正解。とても面白い。

寛永前後の江戸、札差の周囲に起こる事件を

同心上がりの私設諜報員が活躍する、って俺が書くと全然面白そうではないが

まあ、そういう話。


時間がないので今日は星だけ。


☆☆☆☆