生活費も釣りと酒につぎ込み、母親には苦労をかける酷い男だった!
※まぁ、死んだし時効です(笑)
そんな父親でも、毎週釣りに行くのは、金銭的にためらうトコもあったようで…
暇な時は、近所の釣り堀にチョイチョイ行ってた。
父親は、釣りにの楽しみとして、釣るの4割、食べるの6割って感じだったので、酒の肴にならない釣り堀の鯉にはイマイチ萌えなかったようだ!
それでも、暇潰しとして釣り堀を利用していた。
基本おっかねぇ父親だけど、根は優しく子煩悩なトコもあって、俺ら兄弟をチョイチョイ釣り堀に釣れて行ってくれた!
俺がデビューしたのが幼稚園だか小1くらいだったと思う!
父親が行ってたのが、チャリで10分くらいのトコにあった『青木釣り堀センター』だ。
屋内に、25mプールくらいの長方形の池があり、1m間隔くらいに、ビールケースが椅子として置いてある。
料金を払うと、5feetくらいの玉浮きが付いてるのべ竿を貸してもらい、日本酒のワンカップの蓋に練り餌が盛ってあるものを貰える。
水の色は、黒!
子供の頃は、本気でコーラかと思っていた。
黒い水故に、水中の様子はまったく見えず、魚がいるのかいないのかサッパリ分からない。
料金はまったく覚えてないが、大人が1時間5~600円だったんじゃないかな?
ターゲッ魚は鯉!
大体、30~40㌢くらいがメインだったと思う。
俺、幼少の頃から、浮きがスッと動き、それに合わせて釣るってのが堪らなく好きで、ワクワクしたもんだ!
しかし、結構な難易度で、まぁ釣れねぇ!!
子供の俺だけでなく、父親でさえ、良い時で3匹/1H くらいで、デコる時もチョイチョイあったくらいだ!
釣った魚の合計の重さに応じて、ポイントが貰え、ポイントを貯めると一般の竿より感度の良い高性能の竿を貰える。
っが、父親はそこまで釣り堀に執着がなかったようで、毎回ポイントを景品交換に使った。
景品っていっても、ガムとか駄菓子で、ガキの俺でさえイマイチ嬉しくもないものばかりだ!(笑)
そんな青木釣り堀センターでの釣りに、月一くらいで釣れていってもらってたかな?
そしてある時…
小1の時くらいだったと思う…
父・兄・俺の3人で、10匹くらい釣れた時があった。
いつもなら景品に変えるが、父親が『鯉飼いたいか?』っと聞いてきた。
当然子供だった俺れらは、『飼いたい!』っと回答。
5匹くらいお持ち帰りした。
すぐに父親がひょうたん型のデカい水槽を買ってきた。
そのひょうたん水槽で鯉を5匹くらい飼うことになった。
っが…
結構デカいひょうたん水槽だったが、40㌢級の鯉数匹を飼うのは無理があったようで、しょっちゅう暴れて、池の外に飛び出してしまう。
やはり無理だ…
どうしようか考えた挙げ句、近所のドブ川にリリースするって案があったが…
家の近所に、埼玉県では有名な超デカい縫製工場があり、母親は当時そこに勤めていて…
その工場の敷地内に、デカい池があった。
母親が工場の上の人に相談したところ、その池に放していいよ!って許可をもらいリリース。
それから数年…
俺が小6になった時…
母親はもう、縫製工場を辞めていたが、フッとした事から当時の上司から連絡があり雑談してたところ、『あの時の鯉、まだ生きてて凄く大きくなってるから見においでよ!』っと誘ってもらった。
リリース時、30㌢~40㌢くらいの鯉だったが…
一匹も死ぬ事なく、全て70~80㌢くらいのモンスターに成長していた!
『鮫か!』っとツッコミを入れたくらい、デカさに衝撃を受けた!
その鯉、どうなったかって?
その裁縫工場は、今から15年くらい前にイオングループに買われて、敷地の9割がショッピングモールとなった!
川口市では有名なショッピングモールだ!
っが、裁縫工場の一部は、今でも残っていて、池も健在だ!!
そして池の鯉は…
今では2メートルoverに成長して、ショッピングモールで迷子になって、過って池に落ちてしまった子供を食べちゃうとか…
信じるか信じないかはあなた次第です!