勉強のほうも安定し、新しい服やパーフェクトなブーツ、テストも受け、ヘルシー料理を作ったり、肌の手入れや髪の毛をそろえたりして新しい年と共に私の風は安定して流れていた。
不思議な事に自然と前向きになる。

いつ風は止んだのか。

そうだ、マイケルの事があってからだ。

マイケルと再び再開して残ったのは、治りかけた傷を引っかいた。というだけだった。

もう二度とこの傷には触らない。

私は新しい人々と会わないといけない。マイケルにしろまっつんにしろsteveにしろ
同じ人でぐるぐる回って永遠に終わることがない気がしてる。

だからこの部屋を出る決心をした。

大丈夫。風は止んでいない。
引越しの準備でバタバタしている内に忘れてただけだ。








オバマ政権がエジプトのムバラク大統領の即時辞任について協議している時、
科学者がついにミジンコのゲノムを解読し感動に浸っている時、
サウジからマレーシアに留学したFadiが気候になじめずイライラしている時
職場の同僚が窓からの景色を眺めている時
世界のどこかで誰かが石につまづいて転んでいる時



私は粗大ゴミと戦っていた。


家具はそろえるもんじゃないな~と思いながら全て解体し
先ほど回収して頂きました。
解体されて板だけになった私の家具を乗せたトラックが遠くなっていくのを
見つめながら、少しだけ涙が出そうになった。

さて勉強の方ですが、全く何もしてません。
Toeicが終わった途端、何だか気が抜けちゃって。
でも実際はこれからが本番な訳で、その先にはTOEFLが待ち構えてます。
SAT(英語で数学なんて無理)がないだけ有難い事ですが、金だって貯めにゃいかん。ぎゃー
だからって毎日それだけの為に生きるのはつまらない。
それは去年痛感した事です。

自分の心に従って進みながら目的に向かって進む。
そんな難しい事できないよ。
と思ってましたが、実は既に一つ自分に従ってた。

引越し。

考える事無く気がついたら決めてた。
いつもなら、悩んで考え抜いた末・・のはずなんだけど、
後にくる影響(粗大ゴミとか金とか)など全く考えず決めてしまい、そんな自分が自分で怖かった。暴走列車みたいで。

でもなるようになるもんですね。

と思ったら、
これまで何度か色んな種類のチャンスに出会っては後にくる影響を思って
逃してきたが、もしかしたらうまくいっていたのかもしれないな。
だからもし今度何かチャンスがあったら自分の心に従おうと思う。
心配ない。願えば道は開けると、今回つくづく思いました。


という事で今休憩しています。
昼過ぎからは掃除です。あ~やだ
今朝まで私は何故マイケルにあんな事をしてしまったのかと自問自答を繰り返していた。
好きなのに何故?
好きなのに何故?

今回の事は例えてみれば、好きだよと言いながら彼をザクッと切り付けて逃げたような感じだ。
何故私はそんな事をした?
今までそんな事をした記憶はない。

そう考えていたら、ある事に気づいた。

例えば、親子がいたとして
その親は精神的な苦痛を子供に与え、夫婦喧嘩もしょっちゅう。
それを目の当たりにした時、子供はある矛盾にぶつかるそうです。
「お母さんお父さん大好きなのに、嫌い」「嫌いなのに好き」
その矛盾に長年苦しむ子供は大人になって暴力的で心に怒りを溜めるような人間になるそうです。
嘘かほんとか分からないけど。
だから治療で「実は両親が嫌いだった」という事に気づかせると症状はよくなってるそうです。



好きなお母さんなのに刺しちゃった。

よくドラマなどで見かけるけど、これは深層心理に憎しみがあるからではなかろうか?

と思った。

今回の事、それと似ている。
好きだと思ったのに、マイケルに対してひどい事をした。
それはもしかして2年前付き合ってた時にされたひどい仕打ちがまだ私の心の傷として残っていたからなのでは?
と。

私、彼の事が嫌いだ。まだ恨んでるんだ。

って思ったら、矛盾してた気持ちが一致した。同時に自由になった。
今まで、彼が私を好きだと言ってくれるし幸せだから、嫌いって思いたくないって思ってたんだと思う。
でも嫌いでもいいんだよ。と自分に言ってみたら、気持ちが一致した。
そうか、私は実はマイケルの事が大嫌いだったんだ。

そう思うと同時に軽くなり、これから起こるであろうたくさんの事に期待とパワーがあふれてきた。

自分を受け入れたんだと思う。
なぜこの事がやってきたか。悲劇がやってきたか。
それは自分の深層心理を受け入れる為だったんだ。

やっとこの部屋に私の悲しい思い出全て置いていく用意ができた気分だ。