(本調子)

〽石川や濱の真砂はつきるとも

世に白浪の種は尽きまじと

石川五右衛門詠まれたり

西國巡禮それ報謝

エイと手裏剣 杓で受け

チョン チョンチョチョン チョチョン

 

 根津甚八演じる石川五右衛門が茹だった大釜に身を投じる場面を見た瞬間、「アッ」と頭に電気が走り、そのとたん涙が止まらなくなった。

 

 歌舞伎「楼門五三桐」(さんもんごさんのきり)の場面を歌った小唄。五右衛門放った手裏剣を真柴久吉が柄杓で受ける、という見せ場を軽妙に唄うのが愉しい曲だ。しかし、間をよく台詞を入れねばならず、また三味線とは違う音で唄うため、糸の音につられないように気を遣う。さらには弾き唄いはなかなか難しくこれ一曲に私は三ヶ月かかった。自己の未熟のせいとはいえ、お恥ずかしい限りだ。

南禅寺楼門

南禅寺楼門にて

 

 昨年からNHKで昭和53年の大河ドラマ「黄金の日日」を再放送している。六代目市川染五郎(現・二代目松本白鸚)の好演に毎週はまったのを思い出す。

 「根津甚八はどのように五右衛門の釜茹でを演じたのだっけ?」

 苦戦する「石川や」の弾き唄い仕上げをするためにも、とTVをつけたのだった。

 

 正直なところ私は根津甚八を暗くて重く感じ苦手だった。

 1994年頃経営するゴルフ練習場をVシネマの撮影場所に無償で貸したことがある。闇ゴルファーを扱ったもので、主演が根津甚八だった。菓子折一つで深夜まで商売を止めて丸一日開放し、あげく場内を撮影スタッフによってかなり汚されたことから、なおさら印象が悪くなってしまった。

 ところが撮影後、根津甚八が三度ほどゴルフの練習に来てくれたのだ。相も変わらず無愛想で暗い雰囲気をまといひっそりと球を打っていた。

 

 黄金の日日では、秀吉と対決の覚悟を決めた納屋助左衛門を危険に晒すまいと、自分が代わりに秀吉を討つ覚悟を秘めたまま、心変わりを告げ袂を分かつ。助左衛門に誤解されたまま、別れの杯も受けてもらえず去るのだ。

 釜に倒れ込む五右衛門の姿を見た瞬間、黙々と球を打っていた根津甚八の姿が重なった。

 

 「無償で撮影場所を借りた礼、スタッフが汚したわび」

 ゴルフに来てくれたのは彼なりのまごころではなかったか。不器用な人だったのだ。

 ごめんなさい根津甚八さん、28年もあなたのことを誤解していました。せっかく来場してくれたのに、冷たい目で見ていた自分が恨めしい。

 ああ、これで石川やを弾くたび、唄うたびに涙が出そうで困る。