渋谷のセルリアンタワー地下二階のボールルームでは星野源の恋が流れ、暗めの部屋では参加者が踊っている。なんの集まりだろうか?会社説明会のような札が下がっているのだが。
 ロビーのソファに掛けながら少し憂鬱な気分になっていた。これから脇の能楽堂で長唄演奏会だ。

「恋ダンスを横目に、ちょっと渋いなぁ」

今日の演奏は美しい長唄女性ユニット・綾音である。長唄の唄方である東音半田綾子さんという若い女性が中心となり、これからの伝統邦楽の道を開くという気概を持って続けているユニットだ。
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 能楽堂に入り驚いた。長唄演奏会というと格式めかしく聴衆も高齢者が中心なのが相場だが綾音は違った。
 客が若いのだ。なんと子供連れもいる。

曲は三曲。
俄獅子
二人椀久
賤の小田巻

 獅子と小田巻には踊りがついたが、私にとって今日の目玉は椀久なので踊りはいらぬ。
 二人椀久とは大阪の豪商、椀屋久兵衛と遊女 松山の悲恋の曲で、現存の長唄では最も古いものの一つと言われ、また難曲中の難曲とされる。最高に盛り上がる合方(三味線だけのパート)はスピードが速く、囃子や時々入る唄との間を絶妙にとらねばならず、私ごときは一生弾けないであろう。たぶん。

演奏が終わり一緒に聴きに行っていた三味線仲間の女性と食事をしつつ、綾音は何が他の長唄演奏会と違うのか話に花が咲いた。

 因みに行った先はセンター街奥の「たつみ」という、串揚げ・串焼きの店だ。たまたま社長の平岩さんが私の高校の先輩という縁で店を知ったのだが、通ううちにこの店はとにかくすごいということがわかった。何しろもう三十年近く続いているのだ、それも浮き沈み激しい渋谷で。長続きのわけの一つは「揚げ」と「焼き」を両方出すことだろう。当たり前のように感じるが、一つの店の厨房に「焼き」の鉄板と「揚げ」のフライヤー両方を設置するにはかなりのスペースがいる。従って効率から言って焼き・揚げ両方をまともな商品として出す店はあまりみない。
 ついで新規客をどんどん作っていることだ。たいていの店は常連が付くとそれと共に顧客の年齢層がだんだん上がり、最後は店主の引退と共に閉店というパターンとなる。商店街の魚屋・八百屋・寿司屋など思い当たる方も多いのではなかろうか。

 私はもう二十年位通っているが、たつみ はいつ来ても若い客で溢れている。外国人も多い。これだけ長い店なら常連がたむろしても良さそうだが、それらしき人々は見当たらない。

 長唄ユニット綾音の美しい演奏者達を思い浮かべながら、ふと先日先斗町で小唄の時は神妙だった舞妓ちゃん達が、カラオケで瞳を輝かせて恋ダンスを踊っていた姿を思い出した。
 本来長唄だってポップで今どきのダンスミュージックだったはずだ。芸能とはエンターテイメントの心を忘れてはならない。

長唄ユニット綾音は新しい聴衆を創造し、伝統音楽に新しい価値を創造しつつあるのかもしれない。私の好きな長唄・三味線の魅力がずっと続いていってほしいと心から願った。