「おかしいのは、私の方だったんだ」
そう気づいたからといって
急に世界がバラ色に変わるわけでもなく。
「自分を変えたい」なんて
そんな大層なことを考えてもいない。
ただひとつだけ。
「自分の正しさを人に押し付けない」
それだけを
心の隅に置いておくこと。
それでも
ふとした瞬間にトゲが出て
誰かとぶつかっては自己嫌悪に陥る。
そんな
以前とさほど変わらない日常が続いていた。
相変わらず仕事に忙殺され
目の前のことをこなすだけで精一杯の毎日。
当時の職場は(もう20年くらい前)
今思えば完全に「ブラック」だった。
というか
業界全体がそういう体質だったんだと思う。
週休1日。
その1日も当たり前のように
会社に出ていた。
まともに休めるのは
三ヶ月に1日あるかないか。
それでも
有給を取りたいとか
休みたいとか。
そんな風に思うこともなかった。
ただ目の前のタスクを
片付けることに必死で
自分の感覚は
とっくに麻痺していたんだと思う。
唯一信じられたのは
仕事の結果だけ。
数字や形として
成果が出るものだけが
裏切らない確かなものに見えた。
仕事しか信じられない。
というより
そこにしか自分の居場所を
求められなかったんだと思う。
小さいころ
家庭にはなかった居場所。
何かにしがみついていないと
立っていられないほど
本当は弱かったんだと。
今振り返ると
自分でも相当引いてしまうような働き方。
友人の結婚式ですら
仕事を理由に
欠席を伝えていた。
大切な人の門出を祝うことよりも
目の前のタスクを片付けることの方が
私の中では優先順位が高かった。
そんなことを繰り返しているうちに
気づけば
友人と呼べる人は
ほとんどいなくなっていた。
自分の正しさと
仕事への執着の代償は
あまりにも深い孤独だった。
その時には気づいていなかった。
自分の人生を生きているつもりで
その実
ただ仕事を回すためだけの歯車でしかない。
私はいなかった。
そんなある日。
ふらりと立ち寄った本屋さんで
一冊の本を手に取った。
アロマの本だった。
それまでの私なら
素通りしていたはずの棚。
自分とは無縁で
一生縁のない世界だと思っていた。
なのに
なぜかその本を手に取った。
ページをめくるうちに
アロマという未知のものへの興味よりも
その著者が醸し出す暮らしの佇まいのようなものに
言いようのない憧れのようなものを感じた。
自分を殺して
「男には負けられない」と肩を怒らせて
目の前の仕事を片付けることに必死だった私。
その対極にあるような
穏やかで美しい空気感。
それが自分探しに繋がるなんて
一ミリも思っていなかった。
ただ
この人のいる世界を
少しだけ覗いてみたい
と思った。
そして
著者が主催している
ワークショップが東京で
開催されることを知った。
地方に住む私にとって
東京は遠い。
仕事もあるし。
今まで
そんな場所に足を運ぶなんて
考えたこともなかったのに。
自分でも理由はわからない。
期待よりも
場違いではないかという戸惑いの方が大きかった。
けれどあの時。
はじめて自分のために
立ち止まることを選んだ。