毎年やってくる母の誕生日。私にとってはかなりプレッシャーに感じるイベントだ。
むしろ誕生日が近づくにつれ恐怖を感じ、情緒不安定になるくらいこのイベントが苦手だったりする。。
私が保育園生から小学校低学年の辺りまで、母の誕生日は地獄絵図だった。
何故なら父がそのようなイベント事にあまり関心の無い人だったからだろう。
いや、多分最初はあったハズだ。だが父が折角選んだプレゼントも「センスが悪い」「こんな服着れない」とヒステリックに叫び、酷い時は投げつけることもあった。子どもの前で「こんなダサい服誰も着れないよ」「こんなダサいの何処で買ってきたんだか」等それはそれは酷いプレゼントの酷評をするのだ。
プライドの高い父にとって、とても悔しかっただろうし切なかったであろう。
そんなことを繰り返す度に誕生日をお祝いする気がなくなってしまったのではないか。
誕生日が近づき、「何が欲しい?」と聞いても母はいつも「お祝いしてくれるだけで嬉しいよ☺️」と言った。
しかし実際は自分の欲しいものがあって、やって欲しいことがあって、それをしてくれないと不満が爆発する。そして、ケンカ中に「聞いてくれればいいのに!」と言うのだ。
もうめちゃくちゃな人だった。
母は本音と建前というものが常にあり、その本音を汲み取らないと後々酷いヒステリックを起こす。
なので私は常に母の本音と建前に惑わされケンカに繋がることが多々あった。
さて、誕生日の話に戻るが、
父が母の誕生日を祝わなくなり、怒りの矛先は子どもたちに向かうようになった。
まだ保育園や小学校低学年、誕生日があるのは知っててもうっかりしてしまう事もある。だって小学生だし。気付けば母の誕生日だった。なんてことも何度かあった。
父が動かない分、子どもたちから率先して動けるようになったのは兄姉が小学校5~6年生になってから。私はまだ低学年。兄姉に促されて私も動いていた。
父にケーキを買って、と促したり子どもたちなりにプレゼントを用意できるようになった。
母的には“やっとできるようになったか☺️”と喜んでいたかも知れないが、
私にとって誕生日とは、感謝を伝えるとか歳をとったことをお祝いするとか、そんな素敵な思いは一切なく、“義務的なもの=しないとヤバいもの”にしか感じれなかった。
大人になった現在、歪んでしまった性格もあるせいか母の誕生日をお祝いする気持ちが全く湧かない。
しかし、やらないと怒られる。また責められると思うとやらざるを得ない。
母の好きなものが分からず、プレゼント選びは地獄の時間だ。。。
一般の家庭なら大体何をあげても許されそうだが、私の母は要らないものは要らない、と言うし端においやる。
そういうのを見てると完璧に好きなものをあげなきゃ、という強迫観念に囚われる。
せめて欲しいものを言ってくれたら、、、
母のことはとても苦手だ。出来れば関わりたくない。しかし、大人になった今でもどこかで母に認められたいと思う気持ちが常にあり、母の理想に見合う自分を演じてしまっている。
これこそ、毒親の呪縛なのだろう。