今でも時々思い出すワースト3に入るであろう苦い思い出。
あれは私が小学校高学年の頃の出来事だったように思う。
母の誕生日が近づく1ヶ月程前だった。(母の誕生月は1月)
私の祖母は編み物ができる人で、私は編み物にとても強い興味を持っていた。今でも、教えてくれる人が居たら是非挑戦したいと思っているくらいだ。
当時、祖母が編み物を知っていた為、“母の誕生日にマフラーを編みたい”、と突発的に考えついたのだ。そして、その旨を祖母に相談すると祖母は快諾してくれたのだ。
手作りのマフラーなんて凝ったものをあげるなんて、、きっと母は喜ぶに違いない!と私はウキウキしていた。
そして、母へのサプライズプレゼント計画を開始したのだ。
毎日、夕飯が終わったあと、コソコソと祖母の部屋へ通った。編み物は難しかったけど祖母もたくさん手伝ってくれてマフラーの長さは25cm程まで編み上がったていた。色も自分で決めて、母にあげるのが楽しみで仕方なかった。
ある日編み物を終了し、台所に何の気なしに行くと母がシンクを片付けながら私に話しかけてきた。
母「あんた、おばあちゃんの部屋で何してるの?」
私「うん、ちょっとね。秘密だよ🎶」
私はウキウキして答えた。だって、サプライズプレゼントだ。絶対母は喜んでくれるだろう。信じて疑わなかった。
すると母は大きなため息と共に、
母「あんたさ、そんな毎日コソコソ何してるか知らないけど、そんなおばあちゃんと作ったものなんて気持ち悪くて私要らないから。」
「というか、マフラーなんてこれから要らないし、付けないから。」と言い放ったのだ。
その後20分程、ネチネチ嫌味を散々言われた。
「家の手伝いもしないで」とか「コソコソ気持ち悪い」とか。
正直、最初の言葉に衝撃を受けすぎてその後の小言はほとんど頭に入って来なかった。
父や兄姉が居間でくつろぐ中、私は散々プレゼントの内容にダメだしをされ、とてつもない羞恥と切なさを感じたのだった。
この事がきっかけで、大人になった今でも母のプレゼント選びが至極プレッシャーに感じるようになってしまった。
そして、祖母との関係が完全に断ち切れた瞬間だった。
“祖母と仲良くするといけないんだ”
私は、それから祖母と全く関係を持たなくなっていった・・・
ちなみに、編みかけのマフラーはその日のウチにゴミ箱に捨てた。
私の中で何かがぷつりと切れた気がしたのだ。あれだけ頑張って作っていたのに、捨てる時はほんの一瞬だった。このマフラーを見たくない。
母の言葉をマフラーに包んで捨ててしまいたくて、ガサッとゴミ箱に押し込んだのだ。
母よ、捨てられたマフラーを見てあなたは何を思いましたか。清々しましたか?
私は母のことを一途に思い頑張りました。
けれど、あなたはそれよりも祖母と仲良くする私がとてつもなく憎かったのでしょうね。