やっちまった。

女公様、大ピンチである。

ジョン・F・ケネディ空港の最寄り駅に着いたところで、

ターミナルはどこだったかねぇ

とフライトを確認して初めて、帰国便はジョン・F・ケネディではなく、ニューアーク・リバティ空港であることに気がついた。

今、慌ててタクシーを飛ばしているが、恐らく早くても着く時間は離陸40分前というところだろう。出国手続きを考えると乗れるかビミョーである。

いつも行き当たりばったりでハプニングの絶えない女公様にしては、今回は全てが順調で怖いくらいだったが、最後の最後に、

スゴいのキター(゚Д゚)

落ち着きのない女公様は、旅行しても一つの都市に三泊も連泊することはあまりないのだが、今回は往復を入れて5日間しかアメリカに滞在できないので、NYに本拠を据えることにした。

捨石屋に言わせると、アメリカに来てわずか三泊というのはもったいない!とのことだが、自由業のアメリカ人と日本の公務員の休暇には悲しいほどの差があるからそこは仕方がない。

だからと言って、3日間ずっとNYにいるつもりはない。

中日の今日は、ボストンに留学中の友人に会いに日帰り弾丸旅行を敢行した。

早朝Penn Stationを出発するAmtrakに乗れば、昼前にはボストンに着く。




ワシントンDCにいた一年間で訪れることができずに心残りだった街である。

ボストンは、ハーバード大学をはじめとする名門校がひしめくアカデミックな都市であり、アメリカで最も古い街の一つである。

友人の案内で、建国の歴史にまつわる場所を巡ることができるfreedom trailを辿った。




このラインに沿って歩けば、ボストン市内の有名な歴史的スポットを回れるというスンポーである。

なんと方向音痴フレンドリーな街だろう。

冒頭の写真は、このfreedom trailの起点であるBoston Commonに寄り添って建つPark Street Church。

ちなみにボストン・コモンというのは、アメリカで最も古い公園で、これすなわちボストンの中心にありながら建国以来その土地の上に建物が建ったことは一度もない、という場所である。




パークストリートチャーチの美しいステンドグラス。





独立戦争の緒戦となったレキシントン・コンコードの闘いの英雄、ポール・リビアの墓。ここ、グレナリー墓地には、他にもベンジャミン・フランクリンの両親やボストン大虐殺の犠牲者が眠っている。




アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンが演説したバルコニー。ボストン大虐殺はまさにこの眼前の広場で起きた。

四時間以上かけてフリーダムトレイルを辿ったのでまだまだ書きたいことはあるのだが、間もなくニューヨークに着く(現在午前2時過ぎ)のと、写真が一度に貼れないのでいったん筆を置く。

最後に、ボストンといえばクラムチャウダー。



友人とシーフードに舌鼓。
お昼前にニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に到着した女公様は、そのまま捨石屋ステイシーのアパートに直行した。

ステイシーには、昨年の春に彼女が来日した時も会ったが、彼女の愛猫、百合と秋とは四年ぶりの再会である。

通訳をなりわいとし、大の日本ファンである捨石屋の二匹の飼い猫は、当然、バイリンニャンである。

百合、おいで~♪

と言っても

Hey, come on, Yuri!

と呼んでも、ちゃんと通じる。




百合は相変わらずの美人、いや美猫である。キッチンの窓から外を眺めるのがお気に入り。

気のない素振りなのに、撫でるとちょっと嬉しそうな様子を見せるツンデレっぷりに女公様はメロメロである。




四年前に会ったときはまだやんちゃな子供だった秋はすっかり落ち着いたおにいちゃんになった。

でもネズミのおもちゃをヒラヒラすると、白い靴下を履いたような足でじゃれてくるところは、相変わらず人付き合いがいい。





三時間ばかり猫達と遊んで(遊んでもらって)、捨石屋とマンハッタンに出る。

ディナーは、久しぶりに超アメリカンなものが食べたいと女公様が言ったので、Broadwayと55th Streetの角にあるダイナーへ。



DCにいた頃は、食傷気味だった肉々しいハンバーガーとメガ盛りフライドポテトも、久しぶりに食べると、あーアメリカに帰ってきたねぇ、と感じられて美味しい。



ステイシーのパスタも味見させてもらう。

ステイシーの日本語には更に磨きがかかっていて、日本語だけで会話していても全く不自由はない。

たが日本語の語彙が豊富なゆえの、日本人同士のような聞き間違いが発生することもある。

今まで旅行したヨーロッパの街ではどこか好きかという話をしていた時のことである。

(女公様)おいらは、ドイツのローテンブルクが良かったねぇ。


(捨石屋)へええ、そうなんだ!いいね!裸で入れるの?


…はい?

なんですと?


捨石屋が爆笑ものの勘違いをしでかしたことに気づいたのは、ゆうに2秒は経ってからだった。

いやいや、おめえ、それはローテンブルクでなく、露天風呂だ…www

ニューヨークのメトロの中で腹を抱えて大笑いしている変な二人組を乗客たちは遠巻きに見ていた気がする。

相変わらず、捨石屋、期待を裏切らない面白さである。


待ちに待った夏休みである。

今朝の東京は秋の気配が感じられる涼しさだが、少しパラつく雨でさえ、女公様の高揚感をいささかも妨げない。

普段も週末のたびにあっちこっちに出かけてるんだから夏休みつったって特におめぇ。

という周囲の雑音も全く気にならない。

ビバ、夏休み。

ヘイヘイ、夏休み。

いいぞいいぞ、夏休み。


なんと甘美なその響き。

現在、女公様は日本を脱出するために成田空港に向かっている。

女公様、ニューヨークへ行く。


これが言いたいためだけに、いつもは到着するまで伏せている目的地に言及してみた。

公用以外で海外に行くのは実に久しぶりである。

ここで一句。


夏休み、プライベートパスポートを眺める愉しさよ。


字余り。


捨石屋をはじめとする友人達との旧交を温めるのも楽しみだし、またセントラルパークのストロベリーフィールズを訪れてジョンを偲ぶのもいい。

夏休みなどなく働いている読者諸氏がいたら申し訳ないが、女公様がしばし糸の切れた凧状態になることを御寛恕頂きたい。

今回は、ワシントンDCに住んでいる間にとうとう行くことがかなわなかったあの街にも初めて訪れる予定である。

わずか3泊の訪米だが、頭と心をリフレッシュしてきたい。







昨日は友人に誘われて、有楽町にある相田みつを美術館に行ってきた。

相田みつをと言えば、「にんげんだもの」、「にんげんだもの」と言えば相田みつをというくらい、独特の字体とともに、よく知られた詩人、書家である。





だが、そのくらいしか知らないという人もまた多いのではないか。


おめぇも昨日までそうだったくせに、何エラそうに語ってんでぇ。


そう、女公様も、「相田みつを、興味ある?」という友人の誘いに、「おいら、にんげんだものくれぇしかしらねぇんだけども」と答えたクチである。

そのほんわかした字体や、肩の力が抜ける言葉から、漠然とふくよかな、例えば山下清画伯のようなイメージを持っていたが、写真や映像を見ると、ストイックな求道者のような風貌だった。

若い頃の写真は超イケメンである。

にんげんだもの、しか知らないと言ったが、それは控え目な女公様の性格からくる謙遜であって、『一生勉強、一生青春』とか、『幸せはいつも自分の心が決める』といった、若い頃からもっと好きな言葉がある。

館内で、相田みつをのご長男であり、相田みつを美術館の館長でもある相田一人氏の、父としての相田みつを、息子から見た相田みつを作品を語る20分ほどの講演を聞けた。

ユーモアを交えながら飄々と語る館長の話は、家族しか知らないエピソード満載で、単なる楽観主義ではない、苦悩と克己の末にたどり着いた癒やしという相田みつを作品の原点が垣間見えた気がした。

60才で初めて『にんげんだもの』を出版するまで、あまり世に知られることもなかったこと。

あの独特の字体は作品ごとに少しずつ異なっていて、伝えたいメッセージを一番うまく表せるまで、何十枚、何百枚と書き続けていたこと。

若い頃は全国書道コンクールで何度も一等を取った正統派の書道家だったこと。

どれも興味深かった。

最後に、活字だと味わいが半減ではあるが、今回とても癒された詩をひとつ。

だれにだってあるんだよ
ひとにはいえないくるしみが
だれにだってあるんだよ
ひとにはいえないかなしみが
ただだまっているだけなんだよ
いえばぐちになるから