素直に聞く。
自分の意見を入れずに聞く。
言い訳や説明をしたくなっても横に置く。
フラットに聞く。
他にもあると思いますが、
こんなところでしょうか。
素直に聞いているつもりが、
全然違ったというのが分かりました。
そのままの言葉ではなく、
自分でアレンジした言葉(勝手な解釈や置き換え)を受け取っていました。
例えるなら、
料理人が見事に調理した日本料理、フランス料理やイタリア料理を、
味見もせずに、
マヨネーズとか、
唐辛子とか、
ハチミツとかをかけて、
調味料の味しかしない料理を食べていたようなものでした。
考えて考えて、
言葉を選んで伝えてくれているのに、
台無しにしていました。
まったく新しい情報なのに、
あれ?って感じで。
受け取る時点で選択肢がなくなっているから、
窮屈で。
同じことの繰り返しで…
自分の経験や想像を超えるものを受け取れなかった。
何が問題かというと、
同じメッセージでも受け取り方がその都度違うから、
再現性がない。
偶然うまくいっても、
どう受け取ったのかその心持ちが分からない。
詰む。
言葉そのまま、
素材そのままを受け取って、
吟味する。
咀嚼する。
何度も復唱するのが良さそうである。
この背景にあるのは、
理想像で物事を見ている。
自分の場合は、
自分自身も含めて全方位。
少なくとも20年以上はこの状態なので、
分かったからといって、
気付いたからといって、
はいそうですかと切り替えるのは難しい。
今のところは、
それを意識しつつ、
ズレていないかの確認。
で、
これは自分だけだと迷ったのに気づきにくいので、
他者の存在が必要。
最近、
話をしていて、
なんか違和感があって、
話の本筋、
質問されていることとは違う方向に行き始めたのに気づきました。
あとは、
ある言葉に引っかかって、
それを考え始めて、
はて何の話をしていたんだっけの瞬間もありました。
○○かー…
と考え始めたら、
脱線の合図。
内観しようにも
そもそも、
スタート時点がズレているので、
掘っていっても本質とは違うところに行き着く。
違うと思って戻っても、
同じ場所からのスタートじゃないから、
再現性がない。
それと、
迷子になったところから、
(スタート地点に戻らずに)再開したりもしていたので、
さらに迷う。
そんな悪循環でした。
ありのままを受け取る訓練が必要。
20年以上の思考の癖を書き換えるのは、
気が遠くなりますが、
ここが変わらないことには、
自分の器が仮に大きくなったとしても、
キャッチする場所がズレて、
取りこぼす。
本質を逃す。
そんな感じがします。