西国三十三所巡りは一度で終えることができず、京都を中心に2回目の札所巡りをしました。
西国巡礼2回目は、2019/12/16~12/21の6日間でした。
1日目は、岡山県の自宅から京都府亀岡市まで移動
2日目は、京都市内の15番~19番の札所巡り、15番・今熊野観音寺の次は、世界遺産の16番札所・清水寺(きよみずでら)へ行きました。
15番札所・今熊野観音寺(いまくまのかんのんじ)から16番札所・清水寺(きよみずでら)までは、徒歩で1時間でした。
日本全国いや世界中から観光客が訪れる世界遺産・清水寺は、宝亀9年(778年)に、賢心(のちの延鎮上人)によって開創されました。
12:15 室町時代に建てられた朱色の仁王門に到着しました。
小雨の中、着物姿もちらほら見られました。
慶長12年(1607年)建立の鐘楼の前でも、記念撮影している外国人アベックの姿が見られました。
寛永9年(1632年)建立の高さ30.1メートルの三重塔です。
享保20年(1735年)に建立された随求堂(ずいぐどう)です。
堂の地下の暗闇を歩く「胎内めぐり」が行われていますが、私は先を急ぐため入りませんでした。
受付で拝観料400円を払って、轟門の手前の手水舎で手を清めました。
参道を通って本堂へ向かいました。
国宝の本堂です。
徳川家光の寄進により、寛永10年(1633年)再建されています。
宗派は北法相宗(大本山)、本尊は十一面千手千眼観世音菩薩です。
納札を納め、ロウソクと線香をあげ、賽銭を納めて、般若心経を読経しました。
2019年の「今年の漢字」、森貫主による「令」の書が飾られていました。
清水の舞台は工事中でした。
思い切って物事を決断することを、「清水の舞台から飛び降りるつもりで」と言いますが、実際に飛び降りた人が元禄7年(1694年)~元治元年(1864年)の間に235件(未遂を含む)あったそうです。そして生存率は85.4%でした。
その後明治5年(1872年)に京都府から禁止令が出されて、欄干の周囲に柵を設けるなどしたそうです。(Wikipediaより)
清水の舞台からは、子安塔と呼ばれる三重塔がかすんで見えました。
奥の院から工事中の清水の舞台を撮影しました。
奥の院の崖下にある、音羽の滝です。
清水寺の寺号の由来となった霊水で、万病に効くということなので、私も柄杓で汲んで飲みました。
下から見上げる高さ13メートルの清水の舞台です。
よくもあんな高いところから飛び降りる命知らずがいたもんだな、と感心しました。
納経帳に描かれている本堂の水彩画 御朱印
1時間ほど滞在して、17番札所・六波羅蜜寺へ行きました。
--- つづく ---