中国地方の古寺名刹37ヶ寺からなる中国観音霊場と日本100名城・続日本100名城を巡る車中泊旅をしました。一度にすべて回るのは日数がかかりすぎるので、各県別に5回に分けて巡拝しました。
1番~7番札所(岡山県)、8~14番札所(広島県)、15~21番札所(山口県)の次に、島根県の22~28番札所を7日間で巡りました。
1日目(6/21)は、岡山県の自宅から山口市へ移動し、「宮野温泉」で入浴、「仁保の郷」で車中泊
2日目(6/22)は、山口市の道の駅「長門峡」、島根県に入り「太鼓谷稲成神社」、日本100名城「津和野城」、道の駅「津和野温泉なごみの里」、道の駅「願成寺温泉」で入浴、道の駅「シルクウェイにちはら」、道の駅「ゆうひパーク三隅」、道の駅「ゆうひパーク浜田」で車中泊
3日目(6/23)は、続日本100名城「浜田城」、「浜田城資料館」、中国観音霊場・22番札所「多陀寺」、「石見畳ヶ浦」、道の駅「サンピコごうつ」、道の駅「ごいせ仁摩」、「温泉津温泉」で日帰り入浴後、道の駅「ロード銀山」の次に、道の駅「キララ多伎」で車中泊
4日目(6/24)は、中国観音霊場・23番札所「神門寺」、24番札所「禅定寺」、道の駅「さくらの里きすき」、道の駅「大社ご縁広場」で昼食後、「出雲大社」、「日御碕灯台」、「稲佐の浜」、「北山温泉」で日帰り入浴後、道の駅「大社ご縁広場で車中泊
5日目(6/25)は、中国観音霊場・25番札所「鰐淵寺」、26番札所「一畑寺」、道の駅「秋鹿なぎさ公園」、「湯の川温泉」で日帰り入浴後、道の駅「湯の川」で車中泊
6日目(6/26)は、最初に「玉造温泉」で日帰り入浴、中国観音霊場・27番札所「雲樹寺」、28番札所「清水寺」の次に、道の駅「広瀬・富田城」で車中泊
7日目(6/27)は、日本100名城「月山富田城」の次に、国宝の日本100名城「松江城」へ行きました。
10:30 島根県庁のおもてなし駐車場にやってきました。
県庁職員用駐車場を土日祝におもてなし駐車場として無料開放しています。この日は土曜日だったので、駐車料金はタダでした。
松江中心部の案内図です。
県庁の駐車場から赤い矢印のように進んで、大手門から入城しました。
堀川遊覧船がのんびりとお城の堀を巡っていました。
一周50分で、料金は2000円です。
大手前にやってきました。
左が大手木戸門跡です。その反対側に、松江城を指さす堀尾吉晴像があります。
松江開府の祖「堀尾吉晴」の像です。
関ヶ原の戦い後、出雲・隠岐2国24万石を与えられ、尼子氏の居城「月山富田城」に入りましたが、その後松江に拠点を移しました。
慶長12年(1607)に着手し、慶長16年(1611)に完成しました。
松江城の案内図です。
松江城歴代城主は、
堀尾氏が慶長5年(1600)~寛永10年(1633)
京極氏が寛永11年(1634)~寛永14年(1637)
松平氏が寛永15年(1638)~明治4年(1871)
です。
明治初頭、全国の多くの城が取り壊される中、松江城天守は旧松江藩士・高城権八や豪農・勝部本右衛門親子らの奔走によって取り壊しを免れ、以降も市民の手によって守られ今日に至っています。
大手木戸門跡を入ると外曲輪です。
正面の石垣の上に太鼓櫓、右奥の方に天守が見えます。
二之丸広場の右手には二之丸茶屋と観光案内所の建物があります。
左手に太鼓櫓を眺めながら階段を上っていきます。
一之門の先に料金所があります。
天守入場料は1200円です。私は何度も訪問しているので、今回は天守へは上がりませんでした。
日本100名城である松江城天守は、全国に現存する12天守の一つで、平面規模では2番目、高さでは3番目の規模を誇ります。
城郭建築最盛期である慶長期を代表する天守として、平成27年7月に国宝に指定されました。
本丸中央の東寄りに南面して建つ天守は、外観は4重、内部構造は5階、地下1階の構造で、入口に附櫓を設けた複合式望楼型に分類されます。
外壁の多くは黒色の下見板張りで、随所に狭間や石落とし、石打棚などの防御装置を配し、内部に井戸や塩蔵を設けるなど実戦を強く意識して築かれています。
入口でスタッフに日本100名城スタンプだけ押したい、といって上げてもらいました。
1階受付で日本100名城スタンプだけ押して戻りました。
本丸から眺めた松江市街です。
手前は、外曲輪の観光案内所と二之丸茶屋の建物です。
太鼓櫓と二之丸御広間跡です。
外曲輪から眺めた天守です。
日本100名城スタンプです。
松江城は64番でした。
このあと、寄り道しながら岡山県の自宅へ戻りました。
ーーー つづく ーーー


















