中国地方の古寺名刹37ヶ寺からなる中国観音霊場と日本100名城・続日本100名城を巡る車中泊旅をしました。一度にすべて回るのは日数がかかりすぎるので、各県別に5回に分けて巡拝しました。

1番~7番札所(岡山県)の次に、今回は広島県の8~14番札所を6日間で巡りました。

1日目(4/18)は、日本100名城「福山城」、中国観音霊場の8番札所「明王院」へ参拝

 

2日目(4/19)は、最初に9番札所「浄土寺」へ参拝しました。

 

 

坂の街・尾道にある9番札所「浄土寺(じょうどじ)」の駐車場は境内にあります。

狭い道を切り返しながら駐車場へ入りました。こういう時は軽四のN-VANは楽です。

 

 

狭い境内ですが、10台ほど駐車できます。

 

 

八重桜の横に鐘楼があったので近づくと、立入禁止になっていたため鐘は撞けませんでした。

 

 

正式に参道から参拝するために石段を下りていきました。

尾道三山の一つ瑠璃山を背にした備後の名刹・浄土寺は、尾道市街地の旧国道2号線沿いにあります。

 

 

参道を登る途中振り返ると、JR山陽本線の線路の向こうに尾道水道が見えました。その向こうは向島(むかいじま)で、四国の今治まで行く「しまなみ海道」の最初の島です。

瀬戸内有数の良港・尾道は、古くから交通・経済・軍事などの要地であり、この地の人々の信仰が浄土寺に集まっていたため、公家・武家両方から重要な拠点として味方に付けようと画策してきました。

 

 

山門です。

国重要文化財で、上には「十一面観世音菩薩」の提灯が飾られています。

 

 

山門を入ると、右手に阿弥陀堂と多宝塔が見えます。

浄土寺は、推古天皇の24年(616)聖徳太子によって創建された真言宗泉涌寺(せんにゅうじ、京都・皇室の御菩提所)派大本山です。

 

 

浄土寺の境内案内図です。

本堂と多宝塔が国宝、その他国指定の重要文化財の建物があまたあります。

そして、中世から近世の建造物が並ぶ境内全体が国宝に指定されています。

 

 

国宝の本堂です。

本尊は、聖徳太子作とされる秘仏・十一面観世音菩薩(国重要文化財)で、古くから「身代わり観音」として信仰されています。

鎌倉時代末、奈良・西大寺の定証上人が七堂伽藍の堂塔を再興しましたが、20年後に全焼し、当地の富豪・道蓮、道性夫妻により再建されました。

 

 

靴を脱いで堂内に入り、線香、ローソクを供えて、賽銭、納札を納めて、合掌礼拝のあと、お勤めに入りました。

般若心経

御本尊・十一面観世音菩薩の御真言「おん まか きゃろにきゃ そわか」

回向文

を唱えて合掌礼拝して終わりです。

観音経は知らないので唱えませんでした。

 

 

室町幕府初代将軍・足利尊氏と縁が深い浄土寺で、4月に講演があるようです。

奥には、国重要文化財の勅使門(唐門)が見えます。

 

 

庫裏です。これも重要文化財です。

納経帳に御朱印をいただきました。

 

 

9番札所「浄土寺」の御朱印です。

500円でした。

 

 

国重要文化財の阿弥陀堂です。

 

 

国宝の多宝塔です。

鎌倉時代の嘉暦3年(1328)建立の和様の多宝塔です。中国地方における古塔の一つとして、また鎌倉時代末期にさかのぼる建立年代の明らかな多宝塔として貴重です。

 

 

足利尊氏の供養塔です。

瀬戸内の要地・尾道にある浄土寺は、「建武の中興」の際は、後醍醐天皇から因島地頭職寄進の綸旨を賜わり、一方足利尊氏も参籠し祈祷するほど、公家・武家両方から重要な拠点として外護されました。

寺の定紋は、足利家の家紋・二つ引両(丸に二)です。

室町時代には蓮如上人も参籠され、江戸時代以降は港町尾道の繁栄と共に寺門興隆し現在に至っています。

 

 

尾道水道に架かる、手前が「しまなみ海道」の新尾道大橋(有料)で、奥が尾道大橋(無料)す。

 

このあと、特別霊場「西國寺」へ行きました。

 

     ーーー  つづく  ーーー