平成29年7月18日 第22回 権太楼ざんまい 日本橋劇場
会場に着いて、もぎってもらってその足で次回のチケットをいつもの席で購入。
この日も顔見知りさんはゼロ。皆さん散っているのだろう。
通路側とっ端の席なので二番太鼓までロビーでひまつぶし。
ジャケットは最初から着ておこうか幕が上がって寒くなってから着ようか迷って、最初から着ておく。
橘家かな文
名前だけ言って黄金の大黒。
いつも狭いところで見ているが、大きいところでも堂々として良かった。
柳家さん光
さん光の15番勝負は2勝6敗。ここのところ落ち着いた噺になって。
権太楼6番弟子、師匠のおかみさんと師匠の事務回りをやっていると、日曜おさらい会のお知らせを。
今日は暑くて雹も降ったりして、と。
暑いと良いことがあると、お化け屋敷のデートの妄想話から幽霊の辻。フルコピー版。
柳家権太楼
さん光が私の十八番をやったが、小佐田定雄さん作で枝雀師匠が得意にしていた噺だ、と。
愛宕山を落語研究会からやってくれと言われてと、幽霊の辻との出会いを。
稽古のしかたとして誰かに教わる前に名人や若手の噺集めるが、その中に枝雀師匠の愛宕山もあった。
それを寝ながら聴いていたら本当に眠ってしまって、起きたらB面の幽霊の辻だった、と。
直ぐにTBSに幽霊の辻をすると電話をして、枝雀師匠に了承をとって小佐田さんにお願いをした、と。
東京ではゆうれいの辻だが大阪ではゆうれんの辻というと、嵐山辺りの風景で情景を説明。
今の池袋の芝居でこれをやったときの、若いお囃子さんの鳴り物の出の間違いも面白く。
小佐田先生に、東京でやったら広まってしまうが古典になる過程だからとお願いをした、と。
芸協で文治や笑遊がやっていて、笑遊の弟子もやっている。そういうものだ、と。
できなくなる落語があると、時代考証の問題をへっついや当時のギャグの野晒しや番台で説明。
薮入りも当時はスッと聴いている人が噺の中に入れたが、今はでっち小僧がどういうものか分からないので噺に入れない、と。今日はやる、と。
70才になって噺を覚えようと、ねずみ穴を稽古していたが、兄貴キライ。どうしてもダメ、と。
さん喬さんに任せた、と。
学校制度が出きる前のでっち小僧がどういうものかの細かい説明から薮入り。
今日もたっぷり泣いた。さん喬さんに近づいてきたか。
仲入り。
柳家権太楼
読売新聞で時代の証言者の連載をやっていて、あと四つくらいで佳境に入る、と。
夫婦で記事を見ていての会話から、45の時の声がでなくなって入院したときの様子を細かく。
眠れないでいたら飲みますかと言われて、ビールと言ったら違うと言われたというようなことも。
生活費の足しにと、貯めておいたお金を奥さんに渡したときの様子がおかしくて。
杢さん、とお化け長屋。
トータル約2時間半、薮入りが50分弱でお化け長屋が30分強のタップリ。
会の時間が長くなってきたのもさん喬さんに近づいてきたか。
