3.11が近づいていますね
あれから1年なんて
自分はどれだけの悲しみに気づかずに今までを過ごして来たのか
気にもとめずに生きてきたか
母親の態度は、おそらくこう言うでしょう
「自分のことで精一杯よ」
母親の方がこんなブログを書いてる自分より
震災のことを直視しているのかもしれないです
さて、
震災を経て、さまざまな悲しみがあったのと同時に
さまざまな勇気のでることばが生まれました
今回は
その中で、僕がとても心惹かれたメッセージをご紹介します
それが
「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ(校長メッセージ)」
ぜひ、ご一読ください。
「震災があった だから今、 」
あなたは何が入るでしょうか
--------抜粋----------
一言付言する。
歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。
梅花春雨に涙す2011年弥生15日。
立教新座中学・高等学校
校長 渡辺憲司
あれから1年なんて
自分はどれだけの悲しみに気づかずに今までを過ごして来たのか
気にもとめずに生きてきたか
母親の態度は、おそらくこう言うでしょう
「自分のことで精一杯よ」
母親の方がこんなブログを書いてる自分より
震災のことを直視しているのかもしれないです
さて、
震災を経て、さまざまな悲しみがあったのと同時に
さまざまな勇気のでることばが生まれました
今回は
その中で、僕がとても心惹かれたメッセージをご紹介します
それが
「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ(校長メッセージ)」
ぜひ、ご一読ください。
「震災があった だから今、 」
あなたは何が入るでしょうか
--------抜粋----------
一言付言する。
歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。
梅花春雨に涙す2011年弥生15日。
立教新座中学・高等学校
校長 渡辺憲司
僕は、高校のバドミントン部のコーチを大学1年からやっています。
きっかけは、オファーが来たこと、なんですが
それに加えて、高校3年生のときの夏の合宿、後輩が過呼吸になりながら必死に練習についていくのを見て「人間てこんなにがんばれるのか」と感激して涙が止まらなかったことがあります。
そんな場を作れたらいいかもなぁと思ってやろうと決めたのがはじまりです。
それが始まりで、大学生のちょんちょんが高校生の青春を背負うことになりました。
今日はその部活において僕が教えている2つのことを紹介します。

①主体性を持つ。~他人のせいにするのでなく、自分で動く。自分で良くする~

何を教えるべきか、、、
と考えて、ぶちあたったのは、
「世の中に正しいことなんてあるのかぁ?」ということでした。
教育っつても何が正しいんだぁ?と考えた僕は学校で教育人間学とかとってました。
しかし、その授業がまた厄介で、
オオカミに育てられた少女の話で、
「教育に正しいことなんてない」っていう結論で、もう厄介笑
そんな中、漠然と思い始めたことは教育は世界を変えるよなぁということ
戦時中の教育だって国のために働くことが正しいことだって教育されて、そう思ってたわけだし。
逆に何も教えられなければ、アフリカじゃエイズになるわけで。
教育で何を教えるかによって、世界は変わる
だとして俺は何を教えるかぁ
リーマンショックで、企業は安定じゃないし
この国自殺めっちゃ多いから、
世の中の教えていることが正しいことではないのだろうなぁと考えたとき
「自分で周りを良くして行く力」
があったら、この先、生きて行けるだろうし、世の中よくなっていくんじゃなかろうか考えたわけです。
他人のせいにするわけではなく、自ら動く人であれ。
そして周りを変えていけ。
そんなことを教えています。1つ目。
②目標を自ら設定し、貪欲に目指すこと。~目標を追うから、大切なプロセスと考えが得られる~

これが2つ目。
これは僕が、駅伝大会に参加して思ったこと。
入賞、とい目標を設定して、それに取り組んだ。
目標があるから、自分のやってきたことが良かったか悪かったかが判断できる。
そして、その目標に向かって努力する。その過程こそが濃縮なものになる。
結果を求めるからこそ、その良質な過程が得られる。
つまり、貪欲に努力せぇ!ということなんですが、その良質な努力を得るためには目的が必要なわけで、
その目的が目標なので、
目標を持て、と。
それを自ら設定出来るようになれば、自分で努力出来るようになると思う訳です。
この2つ。
①主体性を持つ。
②目標を自ら設定し、貪欲な努力をする。
この2つがあれば、世界は良い方向へいくと思うし、
「自分で育っていける人」になれると思うし、
何より、何が正しいかは分からない世の中で間違っていないことなのだと信じています。
何が正しいのかは自分が決めること。
ぜひとも部活を通して、
自分で成長して、「自分で道を創れる」人になって欲しいと願っています。
と偉そうなこと言っていますが、
教育は「共育」とも言われるように、
教えてもらうことばっかりです。
本当に部員たち、ありがとう。がんばろうね。

これを教えよう、と思って部活を始めたわけではなく、
やり始めて、「な、なにを教えればいいんだ?!」というもがいてもがいて必死に答えを探した結果。
今思えば、おれもがいてる時間の部員はとてもかわいそうだったなぁと思います。
ごめんね。
でも確実に教えてもらったことは後輩に受け継がれています。
ありがとう
では。
きっかけは、オファーが来たこと、なんですが
それに加えて、高校3年生のときの夏の合宿、後輩が過呼吸になりながら必死に練習についていくのを見て「人間てこんなにがんばれるのか」と感激して涙が止まらなかったことがあります。
そんな場を作れたらいいかもなぁと思ってやろうと決めたのがはじまりです。
それが始まりで、大学生のちょんちょんが高校生の青春を背負うことになりました。
今日はその部活において僕が教えている2つのことを紹介します。

①主体性を持つ。~他人のせいにするのでなく、自分で動く。自分で良くする~

何を教えるべきか、、、
と考えて、ぶちあたったのは、
「世の中に正しいことなんてあるのかぁ?」ということでした。
教育っつても何が正しいんだぁ?と考えた僕は学校で教育人間学とかとってました。
しかし、その授業がまた厄介で、
オオカミに育てられた少女の話で、
「教育に正しいことなんてない」っていう結論で、もう厄介笑
そんな中、漠然と思い始めたことは教育は世界を変えるよなぁということ
戦時中の教育だって国のために働くことが正しいことだって教育されて、そう思ってたわけだし。
逆に何も教えられなければ、アフリカじゃエイズになるわけで。
教育で何を教えるかによって、世界は変わる
だとして俺は何を教えるかぁ
リーマンショックで、企業は安定じゃないし
この国自殺めっちゃ多いから、
世の中の教えていることが正しいことではないのだろうなぁと考えたとき
「自分で周りを良くして行く力」
があったら、この先、生きて行けるだろうし、世の中よくなっていくんじゃなかろうか考えたわけです。
他人のせいにするわけではなく、自ら動く人であれ。
そして周りを変えていけ。
そんなことを教えています。1つ目。
②目標を自ら設定し、貪欲に目指すこと。~目標を追うから、大切なプロセスと考えが得られる~

これが2つ目。
これは僕が、駅伝大会に参加して思ったこと。
入賞、とい目標を設定して、それに取り組んだ。
目標があるから、自分のやってきたことが良かったか悪かったかが判断できる。
そして、その目標に向かって努力する。その過程こそが濃縮なものになる。
結果を求めるからこそ、その良質な過程が得られる。
つまり、貪欲に努力せぇ!ということなんですが、その良質な努力を得るためには目的が必要なわけで、
その目的が目標なので、
目標を持て、と。
それを自ら設定出来るようになれば、自分で努力出来るようになると思う訳です。
この2つ。
①主体性を持つ。
②目標を自ら設定し、貪欲な努力をする。
この2つがあれば、世界は良い方向へいくと思うし、
「自分で育っていける人」になれると思うし、
何より、何が正しいかは分からない世の中で間違っていないことなのだと信じています。
何が正しいのかは自分が決めること。
ぜひとも部活を通して、
自分で成長して、「自分で道を創れる」人になって欲しいと願っています。
と偉そうなこと言っていますが、
教育は「共育」とも言われるように、
教えてもらうことばっかりです。
本当に部員たち、ありがとう。がんばろうね。

これを教えよう、と思って部活を始めたわけではなく、
やり始めて、「な、なにを教えればいいんだ?!」というもがいてもがいて必死に答えを探した結果。
今思えば、おれもがいてる時間の部員はとてもかわいそうだったなぁと思います。
ごめんね。
でも確実に教えてもらったことは後輩に受け継がれています。
ありがとう
では。