2001年9月






夏が終わるとすぐに大会モードになる。





今年は全日本選手権の前に

インカレの選手登録メンバーを決めるセレクションが行われる。





俺はこれまでの実績は皆無なので、

今度の全日本で結果を出してアピールしたかったんだが、

それがかなわない。



2週間後のセレクションで敗れれば即終わり。

インカレでチームを優勝に導いて退部しようと思っていた俺にとっては、

絶対に負けられない勝負が迫っていた。



一方、七瀬さんにも勝負が迫っていた。

七瀬さんはキャビンアテンダント(以後「CA」)になりたかった。

その就職試験の1次を突破して、

2次試験の準備に追われていたのだ。




でも、七瀬さんもCRESTでの最後のインカレになんとしても勝ちたい。

だから、練習しながらの就職活動を強いられていた。



俺と七瀬さんは、置かれている状況は違っていたが、

お互い大きなプレッシャーと戦っていた。




七瀬さんが練習に参加する時は常に一緒に行動した。

狙ってそうしているわけじゃないんだが、

同じ浜で、共に上級生。

普段の行動パターンがどうしても似てきてしまうのだ。



いや、無意識のうちに合わせていたのかな・・・。



七瀬さんが22歳の誕生日を迎える数日前、

CAの2次の結果が出た。







合格!!!







真っ先に連絡をくれた。


試験はまだ最終の3次が残っているが、

2次通過の報告を自分にしてくれたことがすごく嬉しかった。



そして誕生日は2人で会えることになった。



久々に七瀬先輩の家に行った。




相変わらず整理整頓されていてキレイだ。




七瀬さんはもっとキレイだ。





でも、


今はまだダメだ!


なんとしてもインカレで結果を出して、それから告白するんだ。





俺は意地で手を出さなかった。


そんな度胸もないんだけど。




ささやかなプレゼントをあげた。




重くなりすぎず、


かといって手抜きにもならない絶妙なプレゼント。





翌日、



「昨日はありがとう。とてもかわいくてびっくり!
これから羽田に夢を叶えにいってきます!!」



ってメールをもらった。



こういうメールをもらうと俺も勇気が湧いてくる。





ふと空を見上げる。




こっちはボード練。

大礒の沖で見上げる空。



向こうは今頃羽田へ向かう電車の中だろうか。

窓から覗く景色には綺麗な青空が映っているはずだ。



お互い、離れたところにいるけれど、

見上げた空はきっと繋がっている。




ボード練はしんどい。


大礒はみんな速いから、

いつも勝ったり負けたり。





でも、俺は負けない。


負けるわけにはいかないんだ。




辛い時は空を見よう。






そして、9月17日。


決戦の時はきた。




セレクションは一発勝負。



ここで3位以内くらいに入れないと厳しい。




ライバルになりそうなのは6人。



CRESTの絶対的エースの洋介さん、

大礒からは棟田先輩、同期の拓郎、後輩の武井。

そして二宮からは同期の八賀と、去年のボードリレーメンバーである堀田先輩。

そして俺。



この7人の中で3位。



厳しいか・・・?




いや、もう俺はいままでの俺じゃないはずだ。



去年、インカレ練で、

選手登録メンバー全員に置いてきぼりにされていた俺ではない。





ボードに賭けたCRESTの男子部員20人余りが、ズラリとスタートラインに並んだ。


これだけたくさんいたら、出遅れたら終わりだ。



これまでに味わったことのないような緊張感が押し寄せる。









ドクン、ドクン、ドクン・・・。











よーーーい、ピッ!!!













みんな一斉に海に向かって走り出した。











いきなり目の前に巨大なショアブレイク(波打ち際に打ちつける大きな波)が立ちはだかった。











俺は、一瞬スピードを緩めた。









今いくと飲まれる・・・。








そして次の瞬間、









今だっ!









波がブレイクする瞬間に突っ込んだ。









ギリギリで波を越え、



滑り込むようにボードに乗った。









絶好のスタート!









最初の波で半分以上の部員が飲まれた。









俺と同じように、スタートがうまくいったのは、





棟田先輩と拓郎の大礒メンバーだった。









横に三人が並ぶ。









でも、俺の武器はここから。











俺は、スタート後の第1ブイまで沖へのパドルが得意だった。





スタートはあまりうまくないが、今回はうまくいった。





だから、ここからは俺の土俵だ。









第1ブイに向かう道中、



俺はぐいぐいと前に出た。









第1ブイではなんとトップに立っていた。





少し遅れて拓郎、そしてその後ろに棟田さん。







エースの洋介さんや、他の有力どころは軒並み出遅れた。









最終ブイを回って、最後の直線に入った。







依然として先頭をキープ。









ここまでくれば、よっぽどの大きな波でも来ないかぎり、



逃げ切れる!









ゴールまであと10メートル・・・

















・・・!!!













ふと後ろを見ると、





モーレツに大きな波が俺のすぐ後ろまできていた。











みんな波に乗れず、ボードをふっ飛ばすメンバーもいる中、







ただ二人、その波を掴んだ男がいた。











洋介さんと拓郎・・・。











こ、このタイミングじゃ乗れない・・・っ!!!



















バッシャーン!!!















俺は思いっきり波にまかれた。















気付くと、俺の赤いボードはすぐ近くを漂っていて、





俺はあわててそれを回収しゴールした。









な、何位だ・・・?















前を見ると、洋介さんと拓郎が一足早くゴールしていた。













さ、3位だ・・・!!!













俺は、3位でゴールしたのだった。













や・・・やったーっ!!!







残った!!!













緊張感から解放され、喜びが込み上げてきた。







3位。





それは、まだインカレの出場メンバーとして決まったわけではないが、





インカレの選手登録が約束された瞬間だった。











登録選手だけがレース用のキャップをもらえる。





登録選手だけが選手用の宿泊施設に泊まれる。











これまでの2年間、









それらの特権を味わい、ホテルでリラックスしている選手たちを



唇をかみしめて見てきた。











やっと俺も・・・。











レース後、







「速かったねー」







「おまえが一番速かったよ」











称賛の嵐。









そして、それを見ていた七瀬さんも、









「よかったじゃん。でも、これからが勝負だから。負けんなよ!」









と言ってくれた。











喜びが込み上げてくる。







この調子で週末に迫った全日本でも結果を出してやる!!







俺はそう誓った。















そして迎えた全日本。









俺は、個人はボードレース、



そして団体ではタップリンリレーのボードを任された。









初日。









まずはボード。













これまで全日本、サーフカーニバル合わせて4回、



すべて予選1つめで負けていた。











こんどこそ!!!













よーい、ホアーーーン(スタートの合図)!!!











あっ!出遅れた!!





でも、落ち着け!!





必ず追いつける!!!

















結果・・・















通過!!!













5人抜けの4位でセミファイナルへの進出を決めた。













やったっ!!!!











初めて受け取るコインロッカーのキーホルダーみたいな札。











これがほしかったんだ。















なんか、勢いに乗っている気がした。













そして迎えたタップリンリレー。













順番はスイム、ボード、サーフスキー。











スイムの武井が7位で帰ってきた。











このままでは決勝に残れない!!











俺は必死に前を追った。













なんとか一人抜いて、4,5位を手の届くところに置く、



6位で棟田さんに繋いだ。











棟田さん、頼むっ!!!











棟田さんは2人抜いてくれた。









4位でゴール!!!





見事決勝進出!!!











学生だけで組んだチームとしては快挙だった。











やったーっ!!!!!









大会って、楽しい・・・!!!















初めて結果を出すことができた。









あとは個人のボードも決勝に残って、





リレーと合わせて2種目で入賞してやろう!!!



いや、メダルも狙えるかもしれない・・・。













喜びと期待感で胸いっぱいの俺の前に、





浮かない表情の七瀬さんが現れた。











あれ?













「アダコー、私・・・ボード召集漏れしちゃった・・・」











えっ!?





まじで!?













なんと、七瀬さんがレース時間を間違えて、



得意のボードレースで失格になってしまったのだ。









俺がやるならわかるが、



七瀬さんらしからぬミス。









彼女は激しく落ち込んでいた。







なんて声をかければいいんだろう・・・。





俺は必死に考えをふりしぼって言った。











「ボードはインカレで晴らしましょうよ!



それにまだランスイ(走って泳いで走ってのランスイムランという個人種目)



の決勝だってあるじゃないですか!



今回のボードは自分が七瀬さんの分も頑張りますから、



一緒に頑張りましょうよ!!!」











「そうだね。ありがとう。」













ちゃんと伝わったんだろうか・・・。













そして迎えたボードのセミファイナル。











昨年の全日本ボードレース2位飯山さん、



日本代表の森さん、



招待選手のルーク、



元日本代表の荒城さん、



元日体大エースの青山さん。



昨年のインカレ王者順大のエース格永島さん。







すごい組に入ってしまった。









彼らの中で、誰か一人二人倒さなければ、



俺の決勝進出はない。











七瀬さんの分も負けるわけにはいかない・・・。













よーい・・・ホアーーーン!!!













あっ!また出遅れた!!





でも、ここからだっ!!!













バシャン!バシャン!バシャン!バシャン!











日本トップクラスの人たちが先行していったあとの海は、





グチャグチャでどうしようもない海面になる。









俺はその後ろを、バランスを崩されながらも必死に前を追った。











一人抜き、







二人抜き、









そして飯山さんも抜いた。









いける!いける!いくしかないっ!!!









夢中になって漕いだ。







そして、









ゴール!!!









何番だ・・・?













すぐに順位の書かれた札をもらった。







札をもらえるのは決勝進出者プラス3人程度。











もらえたからといって、決勝進出ではない。













おそるおそる札をひっくり返す。









5人抜け。







招待選手は順位に含まないはずだから、



この組は「6」までが決勝進出だ・・・。

























「7」























な、なな・・・?











ななせさんのなな・・・!?





















俺の準決勝敗退が決まった。







でも、決勝進出者の中にレース中、



なにかしらの反則が認められた場合、



その選手は失格となり、



次点の選手が繰り上げで決勝にいける。









淡い期待を胸に、



決勝進出者のメンバー表を確認したが、



やはりダメだった。









七瀬さん、ごめん・・・。









「お疲れ!惜しかったじゃん。



明日はタップリンのボードか。頑張れよ!あたしも頑張る!」











ねぎらいの言葉をもらった。





少しは頼もしい男になれたかな・・・?













翌日。



決勝の日。













「アダコー、悪い!一生のお願いだから、



タップリンのボード代わってくれねーか??」











拓郎に言われた。







正直、俺も出たかったが、



そんな俺の気持ちを知った上での直談判。



よっぽどの覚悟で言ってきたんだろう。









「いいよ。じゃあ。」









俺は譲ることにした。







俺にはインカレのタップリンボードがある。





だから、今回だけは彼の気持ちを尊重しよう。













そして、決勝の日は、俺の出番は無くなった。







でも、そのおかげですごいものを直接この目で見ることができた。













七瀬さん、ランスイ銀メダル!!!













全身にトリハダが立った。







ゴール後、思わず駆け寄った。







そして、敬語が飛んだ。















「やったな!!!」







「やったよ!!!」











「すげーよ!!!」







「やったよ!!!」











「インカレもがんばろーぜ!」







「おう!!!」













思わず抱き締めたかったが、それは許してもらえなかった。







でも、やっぱり俺の愛した女はすげえっ!!!







七瀬さんのすごさを再認識した。













こうして、収穫の多い全日本は幕を閉じた。











翌週、七瀬さんのCA最終結果が出た。















七瀬さんからのメールを意味する指定着メロが流れた。









ど、どうなんだ・・・?



















「アダコー、だめだったよ・・・。」





















うあああっ!!!落ちたかっ!!!









落ちたことは仕方ないとして、



どうやって気持ちを立て直す力になれるのか、



また必死になって考えた。















「がんばれ!ナナセー!!負けんな!ナナセーっ!!」















こんなことしか言えなかった。





でも、それが俺の思いついた言葉だったから仕方ない。





こんな時、なんて言ってあげられるのが一番いいんだろう。















翌朝、二人で海に出かけた。









二人でインカレに向けた練習をして、





そのまま二人で朝食にガストへ向かった。











「昨日はありがとね。またイチから頑張るよ」







「そうっすよ!インカレ優勝して、就職も優勝しましょう!」







「なんか意味わかんないけど、がんばろ!」















試験に落ちた夜、彼女は髪を染めた。





しばらく就職試験がないので、



カラスのように黒かった髪を、少し明るい茶色にしていた。









そんな彼女はよりいっそうキレイに見えて、



一緒にいるだけでドキドキした。











今月は浮き沈みの激しい月だったけど、







来月はなんとしてもインカレで優勝して、



目の前にいる彼女を本当の彼女にして、



浮き浮き、ウキウキの月にしてやろう。









そう俺は心に誓うのだった。
2001年8月






















とうとう3年としての夏も後半に入った。





松田がどうだ、




拓郎がどうだ、




大田主将がどうだ、




そういう周りと自分の評価の違いとかは考えずに、


1日1日を自分なりに真剣に取り組んでいたら、


すぐにB塔にも名前が書かれるようになった。




ガードのシフト表を見ても、

いままで松田と俺の間にあった、

絶望的な1行は無くなっていて、



大田、拓郎、安達、松田




という感じで、俺は松田の上に書かれるようになっていた。



もちろん松田より下の行には依然として1行空いていて、

俺と拓郎以外の3年同期二人は、まだB塔に上がらせてもらえないでいた。



でも、俺はそんなことを気にしている余裕は無かった。



なにせB塔だ。




大礒の無事故を背負ったようなポジション。




シフトを操る司令塔はKというポジションなんだが、

監視所が砂浜の奥の方にあり、

そのなかにいるKは、海の状況があまり把握できない。




つまり、そのKの代わりに、

現場の指揮を代行するのがB塔というポジションなのだ。





しかも、俺はB塔に上がったばかりの人間。


少しでもイケてない動きを見せてしまった日には、

即B塔を降ろされてしまうんじゃないかという不安がつきまとった。





全てを見る・・・。





客もガードメンバーも天候も海況も・・・・。






常に緊張が張り詰めていた。








そんな俺の緊張を癒してくれるのが七瀬さんだった。




朝、みんなで東海大前のダイエーに集合して、

そこから乗り合いで大礒へ向かう。




そこで七瀬さんが俺の車に乗ってくれたら吉。




助手席なら大吉だ。






帰りの車もそう。




そこで一緒だと一日の疲れがふっ飛び・・・は、さすがにしないが、


かなり気持ちやテンションの面で違った。





でも、最近、あまり俺の車に乗ってくれなくなった。




それどころか、向こうからのメールは無く、


俺が書いても、返信がないときもしばしばあった。





そうなると再び負のスパイラルに突入する。





ただでさえ、就職活動しながらのガードを強いられている七瀬さん。




会える機会も減る。




会ってもそっけない。




メールもない。




ガードに集中はしていた。でも元気は出ない。





毎日がつまらない。





サイアクな気分だ。





きっと俺がどんなに心を開いても、

彼女は開いてくれないんだろう。










ある時、聞いてみた。






「あなたは俺がいくら見せても、何も見せてくれない」





「だからそんなにいちいちみんなに自分のことは話さないんだってば」





「みんなって・・・。」







言葉の節々から感じる、


俺への特別な感情の無さ。






俺は、なんのためにここにきて、

なんのために頑張っているのかわからなくなった。






もうフラれた気分だった。


何もする気が起きない。




その日はガードだけやって、練習は休ませてもらった。





帰り道、岡村さんのところに遊びに行ってみた。




岡村さんは就職して、今年の春から消防士になっていた。



就職した男の家はすごかった。



学生時代とはなにもかもが違っていた。





なんと洗濯機がドラム式になっていた。



ドラム式なんてCMでしか見たことが無い。




5分で海に入れる、いや、2,3分で入れる立地。




広めの1DK。




そして、浜崎あゆみみたいな彼女と同棲していた。







岡村さんは俺に無いものを全て持っていた。



眩しかった。







そんな岡村さんに言われたことは、







「そんなこといちいち気にすんなよ。


それより、残りのガードとボード頑張ってれば、


振り向いてくれるかはわからないけど、


きっと少しは前進できるからよ」








たしかにそうだ。




わかっちゃいたんだが、どうしても気になっちゃうんだ。







でも、この人はたぶん、そうやってここまできた。





毎日ストイックに鍛えてガードして、


その結果、職も彼女も人望も名声も手に入れた。





俺もそうなりたい。






その為には・・・・









前に進むしかない。








次の日から再び前を向いた。




七瀬さんのことは考えない・・・。




いや、それは無理だ。





でも、どうしても頭から離れないなら、



それを傍らに置いといて前を向けばいい。






煩悩に打ちのめされてるのも自分。




そんな自分を受け入れて、



それでも前を向くのだ。






するとどうだ。






いつもの見なれた景色に色がついていく。







そして、



再び七瀬さんが車に乗ってくれる日が来た。




たわいもない話も少しするようになった。





なんだか、全てがいい方向に向かってきた気がする。






8月の後半のガードはとてもいい感じで進んでいった。



ボードもほとんど負けなくなり、

むしろ俺が先頭を引っ張ることが多くなった。






順調だった。








今年の大礒の最終日は8月29日。





今日が26日だから、今日入れないと、あと3日だ。






そんな8月26日の午後、とうとう事故が起きた。







俺はB塔前のパトロールに入っていた。




その時、普通じゃない景色が目に飛びこんできた。






波打ち際にコロッケ岩という大きな岩があるのだが、



その岩のせいで周囲には変な流れができ、


さらに満潮が近いとあって、コロッケ岩のすぐ奥は、



浜まで数メートルのくせに足がつかなくなっていた。





そんなコロッケ岩の奥で人がアップアップしていたのだ。






あっ!!!溺れているっ!!!





俺はすぐにトランシーバーでB塔に「行く」と伝え、


服を脱ぎ、レスキューチューブを肩にかけ海に飛び込んだ。





水深は思ったよりずっと深い。





目の前には、息ができなくて思いっきり海水を吸い込んでいる女性。




やっと女性に手の届くところにきた。




その時、








チャポンッ・・・・・・・・・・・・・・・・。










し、沈んだ・・・。





俺は慌てて周囲を見渡した。



濁っていて何も見えない。





とにかく手を突っ込んだ。





いた!



人の感触。





すぐに手繰り寄せて顔を水から上げた。








「ヴヴヴヴヴゥゥゥゥ・・・」







白目を向き、口からは泡が出ていた。





絶望的な状況だ。





でも不思議と俺は冷静だった。








こ、これはかわいいぞ・・・。





白目だが、たぶんこの人、美人だ。


いや、そんなこと考えてる場合か!


早く浜へあげないと!!





俺がその人を浜にあげると、



もうそこには心肺蘇生器具一式が用意されていた。




すぐに仲間たちと処置に入る。





「泡がすごくて呼吸の確認ができない!」




「なら、安静の体位だ!」




「脈は・・・・・・あるぞ!!!」




「意識レベル・・・200(※1)」




「救急車はもう呼んでます!」




「よし、運ぶぞ!」







いままで散々訓練してきた流れるような処置が施された。




不謹慎だが、改めて見ると、やはり美人だ。


ブラジルとかそっち系の美女だ。


これは助かったら、ちょっとしたロマンスがあるかも・・・



いや、そんなこと考えるな!


とにかく道路まで運ばなきゃ!





冷静すぎた俺は、砂浜の熱さも感じられ、

やけどしそうだったので

すぐに近くのお客さんからサンダルを全員分借りて運んだ。





やがて救急車が到着し、病院へ向かう頃には、


意識レベルは2ケタ(※2)まで回復していた。






頼む・・・どうか無事であってくれ・・・。



人生初のレスキューだった。







その後、残りの3日間は無事に過ぎ、



最終日も終わろうとしていた。



ブラジル人美女の容態は依然わからないまま、


最終日の17時を迎えようとしていた。





その時・・・!








あ、あれ?








見なれた二人の男がロングボードを持って砂浜に現れた。







新木さんと・・・智春さんだ・・・。







なんと、新木さんと智春さんが、西浜のガードを休んで、


最終日の大礒に来てくれたのだ。







「アダコーと七瀬が元気にやってるかなーと思ってね。」



「62日間フルガードは来年以降おまえとやればいいと思ってな。」







嬉しかった。





七瀬さんも泣いていた。









「忍から伝言預かってるぜ。

今年誰が良かったって?僕は7月前半のアダコーですね

だってさ。」





「お前の評判はほんとよかったよ。

こいつ(七瀬)も言ってたし」





「そ、そんなこと言ってませんよ!!」





「ハハハ。七瀬、こういう男はダメか??」








な、何を言うか新木さん!












偶然か、るんるんも遊びに来た。




「アダコー、来ちゃったょ。ここで絵描いててもいい??」








みんな・・・!



ありがとう!!








こうして俺の変則的な3年目の夏は終わった。






翌日、監視所の片づけを終えて、浜を出た後に、



溺れた外人女性が無事に退院したという情報が入ってきた。





あと1日ガードが長ければ、退院のお礼に来てくれて、

そこから情熱的な展開が待っていたかもしれないのに・・・




でもまぁいい。




俺にはるんる・・・



じゃなくて、七瀬さんがいるから。




来月からいよいよ大会モードだ。



俺の人生をかけてインカレで勝ってみせる・・・。










2001年夏、西浜・大礒、無事故達成。












※1 「意識レベル200」痛み・刺激で少し手足を動かしたり顔をしかめる




※2 「意識レベル2ケタ」刺激に応じて一時的に覚醒する
2001年7月後半













今年の西浜でのガードが終了した俺と七瀬さんは、

翌日、1日休みをもらったので、

買いものに出かけた。





新生大礒は、登録上の都合から、

協会からの正式なユニフォームを支給されておらず、

各自でそれに似たユニフォームを用意しなければならなかった。




そういうわけで、赤いパンツを捜しに鎌倉へ。



大好きな人と、夏の真昼間に海沿いをドライブ。


なんて楽しいんだろう。



去年、おととしは学校の日以外は1日も休まずにガードに入っていたので、

夏の明るい時間に、海以外のところにいるのはとても新鮮だった。





七里ガ浜、鎌倉、戻ってきて江の島、鵠沼・・・。




色んなとこのサーフショップを回った。


サーフショップ巡りなんていつ以来だろう。



たぶん、オーストラリアに行ってた頃に、

クナラやシドニーの町を歩いた時以来かな・・・。




ふと右腕を見ると、彼女が俺の腕にそっと寄り添ってくれている











・・・・はずはなく、



代わりに、シャークの緑色の腕時計が俺の手首にしっかりと

抱きついてくれていた。



西浜で培った魂を、そのまま大礒にぶつけて、

必ずや大礒の無事故を達成してやろうじゃないか。





つかの間の休息はあっという間に過ぎて行った。






そして、翌日、いよいよ大礒でのガードが始まった。






大礒は西浜とは似ているようで結構違っていた。




まずは呼び名。




Aタワーではなく、A塔。



赤脚立や柵ではなくB塔。






そして見る範囲もまったく違う。




西浜では、端から端まで全長1キロに渡る広大な砂浜に、

タワーやパトロールをぽつぽつと配置して、


一人一人を目で追うのではなく、

全体をざっくり見るというやりかたを取っているのだが、




大礒は全長数百メートルしかない。


その狭い範囲に西浜と同じくらいの数のタワーやパトロールを

配置させて、密集してガードをするため、

一人一人をしっかり確認することを求められた。




あの子の親はどこにいて、酒をどのくらい飲んでいる



とか、



あのグループはあっちのパラソルのとこに荷物を置いていて、

今は二つのグループにわかれている



など、とにかく細かかった。






西浜が一人一人をまったくチェックしていないわけではなかったが、

夏のピーク時には万単位の客が来るので、

とてもじゃないが、一人をしっかり見ておくことはできなかった。






トランシーバー(以下「シーバー」)のやり取りも違う。




大礒は30分交代で、交代するたびに、

全員のシーバーの感度確認を行っていた。




一方の西浜は、シーバーを新たに開いたときは確認するが、


現場での交代時にはいちいち感度の確認はしていなかった。








それらのことは俺にとっては全てが新鮮で、


色々面食らった。







そしてもっとも違ったのは空気感。





大礒はなかなかフランクだった。




西浜のようなピリピリとした重苦しい空気はなく、



されど、軽いというわけでもない、


「明るいけど超真剣」



という感じの空気だった。






それは、監視長の大田主将や、

クレスト大礒チームの代表・拓郎が作りだしている空気感だったが、

俺がそこに溶け込むのは容易ではなかった。





ここまでの16日間、俺はそこにはいなく、

他のみんなはこの16日間で、

同じような空気感を共有していた。




そして、拓郎は去年まで湯河原に所属していたが、

今年、大礒にいる者の多くは西浜出身者だった。



それも、大田主将や棟田さん、

さらには後輩の松田達など、


クレストの西浜が解散していく過程で、

俺とぶつかった人たちばかりがそこにいた。




そんなことわかりきっていたことだが、



西浜の「に」の字も出さないで、

何事もなかったかのように、

一緒に頑張っていくことには多少の抵抗があった。




ほんと、そんなことわかっていたんだが・・・。






あの西浜独特の緊張感が懐かしい。


今頃西浜のみんなはしっかりやっているだろうか・・・。






どうしても同じモチベーションで大礒と向き合うことができなかった。





テンションが上がらない。


集中しているつもりだが、ほんとにちゃんとできているんだろうか。




1週間が異様に長かった。




そして、俺に対する周囲の信用も、やはり少なかった。



七瀬さんは去年西浜に来るまでの2年間は大礒にいたので、

今年戻ってきてもとまどいは無く、すんなり入っているようで、

周囲の信頼も厚かった。




その証拠に、「B塔」という、

大礒の遊泳エリアを全て見渡せる、

大礒一番の花形ポジションであり、

認められた人間しか入れないところにも七瀬さんは入っていた。




ガードのシフト表を見ても、


B塔に上がらせてもらえる人間と、

そうでない人間との間に引かれる絶望的な、

「空白の一行」が、

俺と七瀬さんの間にはあった。




大田主将、棟田さん、七瀬さん、そして拓郎。




彼らの下に一行空いて、俺や他の同期、後輩たちの名前があったのだ。






しかし、B塔に入れる「信頼メンバー」に、もう一人名前があった。











「松田」









同期の2年生を差し置いて、

そして拓郎以外の3年生を差し置いて、



彼だけがB塔に上がっていた。





彼は去年、西浜にいた2年生。


つまり、俺と同じ大礒初心者だ。




そんな彼が、俺も上がらせてもらえないB塔に上がっている。




3年の桶川にも平気でミスを指摘する。



大田さんが全幅の信頼を寄せていた。






この差はなんだ?



俺はそんなにダメか??






日本でもっとも厳しい浜で揉まれてきて、

最後はクレストメンバーの中でもっとも信頼を勝ち取ったはずの俺を・・・。






くそっ・・・。





ボードでも負けないのに・・・。






なんだか、やる気がそがれた。





気がつくと、俺はちょっと浮いた存在になり、

次第にみんなとの距離ができていた。





そんな俺と大田さんや拓郎がうまくいくはずはなく、

ぶつかることも多くなっていった。






そんなある日、七瀬さんに呼びとめられた。








「今のアダコー、まったくなってない。

そんなんで西浜の人たちにどうやって言えるのさ!」









!!!!!









たしかに、そうだ・・・。






大礒が西浜と違うことなんか当たり前だ。



それなのに、西浜に入れないからって、

大礒で集中を切らせている今の俺を、

西浜の人たちが見たらどう思うだろうか。





西浜から離れているが、海は繋がっている。


違う地でも、西浜で培ったことを活かして、

しっかりやることが、西浜への恩返しのはずだ。



それなのに、


今の俺は、大礒だけでなく、

西浜をも冒涜しているじゃないか・・・。






七瀬さんの一言で目が覚めた。



翌日から俺は、人が変わったかのように声を出すようにした。




B塔?




いずれ声がかかるさ。





それよりも、与えられたところで

100%のパフォーマンスを発揮することだけを考えよう。




俺は、ムードブレイカーではなく、ムードメーカー。




俺がみんなを盛り上げていってみせる!!






大礒の雰囲気が再びよくなってゆき、


8月を迎えることになった。







ちなみに、3年の今年は、一桁の単位しか履修していない。




おかげで、ガードにはたくさん入れているが、


果たして無事に卒業できるのだろうか・・・。