2001年12月







腰を痛めた俺は病院でMRIを撮った。







「腰椎のヘルニアですね」






いわゆる椎間板ヘルニアだ。




しかし、このヘルニア、


飛びだした軟骨が神経に触れるから痛みがでるのだが、

俺のヘルニアはあまり神経には触れておらず、

軽症の部類に入るものだった。




克服方法は、腰のリハビリストレッチと、超音波治療、

そして腹筋背筋などの体幹トレーニングだと言われた。



幸い、東海大学は、治療設備も整っていて、

超音波治療はいつでも行うことができた。




俺は、言われた通りに体幹部のトレーニングを増やした。


そして、サーフスキーやスイム、ランといったその他のトレーニングも、

継続して行った。




まだどこに向かっているのかはわからない。



でも、とにかく今は鍛えるしかない。




何も煩悩にさらされることなくトレーニングを続けた。






そんな時、俺の携帯が怪しく光り、


平井堅の「even if...」が流れた。





この指定着メロを聞くのはいつ以来だろう。





七瀬さんからだった。





「JANAのグランドホステスが受かったよ!」





JANAとは、日本で一番有名な航空会社だ。



そこの、チェックインなどの受付をする、

グランドホステスという職が内定したそうだ。




俺はいっさい就職活動をしてないからわからないけど、

それでもTVのニュースでたびたび言われている言葉が、

「就職氷河期」だ。



中でも、女子の就職率はひどいらしく、


人気のJANAに就職できるということは、

とてもすごいことのような気がした。





そしてなにより、向こうから俺に報告メールを

送ってきてくれたことがなんか嬉しかった。




男って単純だ。




マイナス思考で塗り固められようとしていた

七瀬さんへの負のイメージが一瞬で洗い流された気がした。




今は、やっぱりあなたが好きだという気持ちは、持たないようにしている。



でも、単純に、人としてスゲーなと思った。



競技も強くて、最後はインカレで女子を2連覇に導いて、

そして就職もキッチリ決めた。



なんてカッコイイ人なんだと思った。




それに比べ、俺はなんて中途半端なんだろう。




もうすぐ4年生になるっていうのに、

いまだに何がしたいのか、

そもそも就職したいのか、

そしてCRESTで来年もやっていくのか、


何も決められずにいた。




そんな時、岡村さんから食事の誘いをいただいた。



久しぶりに行く岡村さんの家。



相変わらずの海近物件。


相変わらずのドラム式洗濯機。


そして、



相変わらずキレイで浜崎あゆみに似た彼女。



消防士の彼と看護師の彼女。



なんと羨ましいことか。




ああ、そうだ。



この人も、4年間CRESTを全うして、

大会で結果を出して、就職も決めた人だ。




やっぱり、部活も就職もおろそかにしなかった人は眩しい。




そこで色んな話を聞かせてもらった。



そんな中で、特に印象的だったのは、彼女さんに聞いた、


どうして岡村さんと付き合ったのかということだ。


岡村さんは、昔からこの人のことが好きだったんだけど、

1回フラれているらしい。


でもどうして、今、こうして付き合って、同棲しているのか、


聞いてみると、すごく面白い言葉が返ってきた。





「振った後も、今、彼はどうしているんだろうと気になってたの。

でも、そのあと、お互い別々の人と付き合ったから、

彼とどうこうという気持ちはなかった。


でも、お互い別れてフリーになって久々に会ったときに、

人間的に大きく成長した彼がそこにいたの。」





なんか、岡村さんが神に見えた。



1度フラれたってところは俺と一緒じゃないか!


そこからこの人は、彼女を振り向かせるまでに己を磨いたのか。





続いて、こうも言われた。




「もし次、安達君が七瀬さんと会ったときに、

七瀬さんに彼氏がいたとしても、その上をいってればいーんだよ。」





そうか!!!



そういうことか!!!





俺も、好きな女にここまで言われる男になりたい。



じゃあやるしかない。





俺の心は決まった。





最後まで、


最後のインカレまで走り続けてやろうじゃないか!



こんどこそ、俺がタップリンのボードに選ばれて、

チームを優勝に導いてやろうじゃないか!!



そして、就職もしよう。



俺が目指すべき就職先は・・・







・・・・・消防だ。





インカレ優勝と消防士。


両方手に入れられたら、その時はきっと、




七瀬さんが誰と付き合っていようが、


俺のほうが人間的にデッカイ存在になってるはずだ。




まぁ、ぶっちゃけ、七瀬さんとどうこうなりたいというより、



俺も、七瀬さんや岡村さんのように、

結果を出せる人間になりたいと思ったのだ。





目標はハッキリした。




すると、次に何をしなくてはならないかがポンポン浮かんでくる。





まずは、オーストラリア。




最後のインカレを、俺が不動のエースとして迎えるためには、


あの、ワンダでの生活は外せない。




かといって、公務員試験の勉強をおろそかにするわけにもいかない。


だから、教本をオーストラリアに持ち込んで、


勉強とトレーニングを両立させなければ。




そうなると、お金はどうしよう・・・。




前みたいに、身を滅ぼしながら夜勤でバイトを続けると、


トレーニングも勉強も絶対におろそかになる。




ならば・・・





俺が進路を決めて、最初に向かった先は実家だった。





父は嫌いだ。


ずっと心で繋がっていなかった親子関係。





でも離婚して、働くようになった母に、

この金額は頼めない。




父とはあまりこういう話はしたくなかったが、

背に腹は代えられない。



単刀直入に頼んでみて、それでだめなら仕方ない。



俺は、初めて面と向かって、父と話をした。





消防士を目指すこと。


オーストラリアに行きたいこと。


そのためにお金がいること。


そして、最後に、




「オーストラリアに行かせてもらえたら、

必ず結果を出すから。」





こう、見栄を切ってみた。


すると、「わかった」と言って、

金銭援助を約束してくれた。




ふう。ありがとう。助かった。




これで行くことができる。



あとは、トレーニングと勉強に支障のきたさない範囲でバイトをして、


父に用意してもらう金額を少しでも小さくするだけだ。




俺は年末年始返上でバイトをすることにした。




やることのはっきり見えた生活って楽しいなぁ。
2001年11月









今日はるんるんとデートだ。




こういうまともなデートっていつ以来だろう。




サチやレイナちゃんの時以来になるのかな・・・。




七瀬さんの時はたまたま同じ用事があって、

俺には足があって、

だから行動を共にしたみたいな感じで、

デートと呼ぶことはとうていできなかった。




ナナセ・・・






この名前を思い出すだけでブルーになる。





そういえばあれから2週間経ったんだ。





2週間前、俺はインカレで戦い、






そしてフラれた・・・。





そうだ。


あれから俺は、何のために頑張ってきたのか、


そしてこれからどこに向かっていけばいいのかわからなくなってたんだ。





ライフセービングはガードと競技を通じて、

自分自身を成長させるためにやってるけど、


それらを続けるための日々のモチベーションは彼女だった。






それを失った今、俺はいったい何をすればいいのかわからない。





ちょっと距離を置いてみよう。




そうだ。




他のコと付き合えれば、何かが変わったりするのかな?






子犬は追えば逃げるが、逃げると追ってくる。





恋もきっとそうだ。










ああ、そうか。




それで、今日、るんるんとデートなのか。








8月の終わりにるんるんが大礒に遊びにきてくれたことがあった。




でも、あの時はガードも大詰めで、

目の前にはあの人しか映っていなくて、

どんなことを話したのかもほとんど覚えていない。




でも、きっと、

ほんとどーでもいいことしか話さなかっただろう。




あの人がいなくなってから会うるんるんは、

俺の心にどう入ってくるんだろうか。




江の島に行った。


あと、平塚のオリンピックシティーで映画を観た。

スイートノベンバーという恋愛ものだ。


そのあと、建学祭っていう、

東海大の学園祭にも行った。




るんるんは可愛い。


付き合ってないけど、

一緒にいるとカップルに見えるだろうから、

すれ違った人にそう思われるのが嬉しかった。



でも、なんでだろう。




あまりドキドキしないんだ。




一緒に歩いてるところをあの人が見たらどう思うだろう。



ちょっとは嫉妬してくれたりするのかな。






るんるんとの丸1日のデートが終わり、

別れた後に、部の同期にばったり会った。








「あれ誰だよー。


ってかさ、あのコ、七瀬さんに似てない?」








なんだって?



るんるんが、七瀬さんに似てる・・・?








俺はふと我に返った。




たぶん、ここ2週間ずっと我に返っていなかった。






そうか。


るんるんを通して、俺は七瀬さんを見ていたんだ。





もう報われない恋なのに、

いつまでもその亡霊にしがみつこうとしていたんだ。



なんて女々しい。





自分のことがほんとに嫌になった。


なんなんだ。俺は。



ほんと、なんなんだ。自分。



しょっぺえ。


おれ、全力でしょっぱいぞ。





もう嫌だ。


自分のことを好きになれない自分はほんと嫌だ。




全てを忘れてしまいたい。



七瀬さん、


いや、


ナナセなんかとの時間を、全て忘れてしまいたい!!!






とりあえず、俺は走ってみた。




とりあえず、泳いでみた。




とりあえず、サーフスキーを始めてみた。




とりあえず、筋トレをしてみた。






ああ、トレーニングってなんて気持ちいいんだ。


やってる時だけは全てを忘れることができる。




それからの俺は、考える時間を作らないようにした。




授業、部活、自主トレ。




ひたすらやった。





そういえば、

アルファーっていうパチンコ屋のバイトも復活した。



そこにいた、とっても可愛い聖子っていう同い年のコは、

今も変わらずそこでバイトしていた。



うーん。やっぱり可愛い。




でも、今はちょっと、女は忘れよう・・・。





早朝のサーフスキー練はほんとにキツかった。




でも、キツければキツいほど終わった後の余韻も残る。



考える時間もなくなる。





そうだ。この調子。





まだ正直、来年のことは考えられない。




でも、あの人が西浜に戻るのに合わせて、

自分も部を辞めることはできなくなった。




こないだのインカレを、

CREST人生の集大成にするつもりだったけど、

やり残したことができてしまった。




だから、本当にもう1年やるのか気持ちが固まるまでは、

とりあえず鍛えまくってやろう。




最近、スイムが速くなった気がする。




ここ最近、ずっと伸び悩んでいたんだけど、

ここにきてなんか、速く泳げるようになってきた。





そんな時、部のオフシーズン突入前最後の記録会が行われた。




400mタイムトライアル。







進む・・・。


進むぞ・・・。




これが5分台の世界か・・・。







記録は・・・









5分47秒!!!







やった!



ついに6分のカベを破った!!!





これまで、ウチのプール練には、

S、A1、A2、B1、B2、Cって6つのクラス分けがあったんだけど、

これからはA1で練習ができることになった!




ここからもうひと伸びできたら、

七瀬さんと一緒にSで泳げるぞ・・・!!!




なんか、無性に嬉しくて、


俺は思わず七瀬さんにメールした。





すぐに返事が来た。





「お、やったじゃん。でも私に比べたらまだまだだね」






1カ月ぶりのメールだった。




まだまだ・・・か。




七瀬さんは、これが1カ月ぶりのメールとか、

きっと気付いてないんだろうな・・・。




そう。


あなたはいつも俺に関しては何も感じず、

なんとも思わない。

昔も今もこれからもずっとそうなんだろう。



でも、俺にとってはそれは何事にもかえがたい、

かけがえのないもので、

ずっと大切にしてきたんだ。




それが、俺のたった1度の行動で、

全て失ったんだとしたら、

それほど悲しいことはない。






なんか、メールをしたら、

またブルーになった。





こんな時は筋トレだ。




全て忘れるんだ。




俺は今までやったことのない重い負荷でスクワットを始めた。















バキッ!!!














!!!!!












ウェイトを崩してしまった。








腰が・・・・







腰が、痛い・・・。







ぜったい腰やった。










選手生命、大丈夫かな・・・・・・。
2001年10月






とうとう最後の勝負の月だ。


泣いても笑っても最初で最後のインカレ出場をかけた、

その最後の1週間だ。



今週末に最終セレクションがあり、

週明けに出場メンバーが決まる。




毎朝の海練はまさに死闘だ。




張り詰めた空気の中、

最初から最後までバチバチ競い合う。




30秒ゆっくり漕いで、

30秒思いっきりとばす、

30秒イージーハード。




ハードのところで遅れると、

イージーの30秒間に頑張って先頭まで追い付けなければ、

次のハードの時はもっと遅れてしまう。




今月になって、いよいよ力の差がはっきりとしてきた。



4年の棟田さんと去年のボードリレーメンバーだった堀田先輩が脱落した。



残るは5人。



絶対的エースの洋介さん、



俺は認めないが、3年のエース格と見られている拓郎、



全日本も予選でこけ、先月のセレクションでもいまひとつの結果と、

後の無い二宮のエース八賀。




さらには、全日本選手権でBクラスという、

2年生以下の部で3位になった武井。





そして、俺。






この5人の中から、

ボードリレーの3人と、ボードレスキューの1人、

そしてタップリンリレーのボードの1人が決まる。




2種目掛け持ちも十分考えられることから、

5人中3人か4人が選ばれることになっていた。





1分ハード、30秒イージー、

2分ハード、30秒イージー、

3分ハード、30秒イージー、

という感じに、30秒イージーを挟みながら、

ハードを1分2分3分4分3分2分1分と行っていく、

地獄の「ピラミッド練」や、




スタートから1分30秒までひたすら全力で沖に行って、

少し休んでから、再びスタート位置まで全力パドルで帰ってくる、

「インアウト練」など、




ありとあらゆるバリエーションの練習でふるいにかけられていった。





七瀬さんとは話をする余裕などなく、

今はとにかく自分のことだけで精いっぱいだった。






そして、運命の最終セレクションの日が来た。





最終セレクションも一発勝負だ。




全日本選手権でもあるていど結果の出ていた俺と拓郎と武井は、

3位以内に入ればメンバー入り確定。



練習では速いものの、

大会結果や9月のセレクションでアピールが出来なかった八賀は、

ここで1位にならないと出場は認められないという状況に追い込まれていた。



そして、練習でも常に俺たちより一歩前にいたエースの洋介さんは、

出場決定ということで、セレクションは免除されていた。




ボードリレーの3つのイスは、洋介さんとあと2人、


ボードレスキューのボードは1人、


そして、ユースケさんがサーフスキー役に回るタップリンリレーのボードは1人。





全ては、これまでのインカレ朝練の結果、9月のセレクション、全日本の結果、

そしてこの最終セレクションの結果によって決まる。





今回のレースは大礒で行われる。



大礒は、前回の平塚と違って、波打ち際が深く掘れていることもなく、

スタートの合図と同時にみんなスムーズにスタートができる。


そして前回よりも回るブイがだいぶ近く、

波がフラットに近い状況だった。




俺はスタートはあまり得意ではなく、

スタートのロスを、その後の第1ブイまでのパドル力で補うタイプなので、

第1ブイまでの距離があまりなく、みんなスムーズにスタートできる、

ここ大礒はあまり得意ではなかった。



でも、そんなことは言ってられない。

強いヤツはどんな状況でも負けない。



俺はすさまじいプレッシャーに打ち負けないように必死に自分と向き合った。



メンバー登録されなかった後輩たちが見ている。


女子部員もみんな見ている。


もちろんあの人も・・・。





そして、





スタート!!




俺たちは一斉に飛び出した。




やはりスタートのうまい拓郎が一歩前に出た。



そこに並びかけるように、八賀も好スタートを切った。


俺と武井は若干遅れて、二人を見るような形でレースは進んでいった。



俺の武器は第1ブイまでのパドル力。


ここで追いつかなければ勝ち目は無くは無いがすっごく不利になる。




届けーっ!!!








届いた!



だが、横に並びかけるので精いっぱいで、前には出られなかった。



まずい・・・。



第1ブイで最内をとった八賀が一歩前に出た。




こうなると八賀の展開。


彼は後半が速い。



俺は必死に追ったが、追いつけない。





最終ブイを回って、依然先頭八賀、


ボード半艇差で拓郎、


そのさらに半艇後ろに俺、


そしてその後ろに武井。




4人は団子状態のまま最後の直線に入った。




八賀が粘る。



拓郎も懸命に追う。



俺も必死に追っていたが、

俺の右うしろに1人近づいてくる気配があった。




武井だ。




まずい。並ばれる・・・。






俺はここで考えを変えた。




たぶん、このままだと八賀にも拓郎にも追いつけないし、

ひょっとしたら武井にもかわされる・・・。



4位だけは・・・絶対にだめだ・・・。






俺は掻きを若干緩めた。



すると、2位拓郎との差がわずかに開き、

ちょうどボード一艇ぶんになるとともに、

武井に横に並ばれた。





ボードは、ある程度似たスピードが出せれば、

横に並ぶと、そこまで力を使わなくても並走できる。




俺は土壇場で力を温存し、

ラスト10メートルで力を解放させる作戦にでた。




まだだ・・・



まだだ・・・







・・・ここだ!!!






俺は残る全ての力を解放させた。



そして、一気に武井を突き放し、

拓郎に並びかけた。




そしてゴール。





拓郎にはわずかに届かなかった。



その少し前にいた八賀もとらえきれなかった。



でも、武井は離した。





結局4人は1,2秒差の中で全員がゴールした。



とうぜん5位以下の選手とはかなりの差がついた。






力は出しつくした。


でもまた1位にはなれなかった。



これで八賀は逆転でボードリレーのメンバー入りだろうか?


あとは俺と拓郎のどっちを

ボードリレーとボードレスキューとタップリンで使うのだろうか・・・?


もしくは武井も含めた4人全員を使うのか・・・?




運命は週明けにゆだねられた。






レース後、


「うまくまとめたね」


「4人速すぎ」


など、色々言われたが、



「八賀のほうがすごかったじゃん。

今更ヘコましてもしょうがないけど。」




という七瀬さんのドエス発言には参った。


普通、ここでそれ言うか・・・?


まぁちょっと気持ちいいけど・・・。






そして結果発表の日がやってきた。






部員全員が集まる中で、

大田主将が出場メンバーを読み上げていく。






ランスイムラン女子、

七瀬、ミドリコ



ボードリレー女子、

七瀬、博美、弓子。




ボードレスキュー女子、


スイム・七瀬、


ボード・弓子。




タップリンリレー女子、


スイム・七瀬、


ボード・博美、


サーフスキー・弓子。





さすが七瀬さん。


順当に4種目も選ばれた。





そして、混戦の男子だ・・・。




心臓の音が人に聞こえるんじゃないかってくらいバクバクしている・・・。






ボードリレー男子、






八賀、






洋介、













安達。









!!!






呼ばれた!!!



間違いなく今、俺、呼ばれた!!!





カラダから熱いものが込み上げてきた。





涙は出なかったが、

去年、ここで堀田先輩が呼ばれて涙した気持ちがわかった気がした。




発表はまだ続く。









ボードレスキュー男子、






スイム・武井、ボード・拓郎。








武井はスイムでの起用か。

まぁたしかにそれは無難なところだ。







タップリンリレー男子。







スイム・豪、


サーフスキー・洋介、


ボード・安達。










え・・・?




いま、ボードって・・・。







お、おれ・・・?







き、きた・・・



きたぞ・・・






きたぁぁぁーーーーっっっ!!!!!









俺は逆転で選ばれた。







ボードレスキューとタップリンリレーのタイムスケジュールが近かったため、


ボードレスキューにメンバー配置した拓郎よりも、


ボードリレーの後に間隔のできるオレが買われたらしい。





タイムスケジュールの兼ね合いとはいえ、

俺がCRESTのタップリンリレーだ。





最終種目の超花形競技、


各大学のスイムとスキーとボードのエースがぶつかり合うタップリンリレーのボードに、


俺が選ばれたんだーっ!!!






それは、1年の時から目指していたところだった。



インカレは大学を背負った大会。



そこに東海大の代表として、俺が出れる・・・。







「やったじゃん。頑張れよ!」






七瀬さんに声をかけられた。





もうやるしかない。





俺がチームを優勝に導いてみせる・・・!



俺は固く心に誓った。









そして迎えたインカレ当日。






選手として出る最初で最後の大舞台。





思い描いたインカレは、


千葉の御宿の海で、


選手が泊まるのは緒川荘という海の近くの民宿。




かつて岡村さんも、武士川さんも、

歴代の選ばれし先輩方が泊まった宿だ。





でも、現実は違っていた。



今年に限り、インカレは静岡の静波というところだった。




でも、静波は、遠浅で、波数が多く、


第1ブイまでのところで、

波越えのテクニックとパドリング力が試される、


俺にとってはとってもやりやすい感じの海だった。





まもなく予選。


ここで負けるわけにはいかない。





ボードリレーの順番は、

1走八賀、2走俺、そしてアンカーが洋介さんだ。





いつも緊張してわけわからなくなるんだけど、


隣にはずっと競い合ってきた二人がいる。


後ろでは、部員のみんなが応援してくれている。




俺は一人じゃない。



そう思えてくると、

不思議と変な緊張はどこかへいってしまった。





レースが始まった。




八賀が他を突き放す。




改めて思う。


やっぱりウチの大学は強い・・・。




優勝を争うと見られていた有力チームが同じ組にいなかったとはいえ、


1走の八賀のリードはすさまじかった。



ダントツで俺にタッチ。



俺は楽々レースを進めることができた。




そしてアンカーの洋介さん。



こちらも流しながら楽々ゴール。




ボードリレーはぶっちぎりで決勝に駒を進めることができた。






問題はタップリンだ。



抽選の結果、


ボード→スイム→サーフスキー


に、なってしまったのだ。





スタートの苦手な俺が1走というわけだ。





大丈夫だろうか。




ここでコケるわけにはいかない。






あ、でも、後ろには強力な先輩方がいるじゃないか。



もし俺が遅れても、先輩方が取り返してくれる。



そう思うとやっぱりあまり緊張しなかった。






そして、




よーい、ホアーーーーン!!!!







スタートのブザーが鳴った。



各大学一斉にスタート!





俺は特別好スタートでも無かったが、


先頭グループの半艇後ろでパドリングに入ることができた。





あ、これなら・・・いける・・・。





ここでイッキに加速を強めてみた。






ギュンっ!!!






先頭グループを一気にとらえ、

周囲を弾き飛ばしながら前に出ることができた。




よぉーし!このままいってやる!!!





どんどん突き放すことができた。




たぶん、彼らは、ウチでセレクションしたら、

メンバー入りできない。




そんな手ごたえだった。




そのまま俺は他を突き放し、



2位に30秒以上の差をつけて、2走に引き継ぐことができた。





よーし!やったぞ!!!





結局そのまま1位で決勝進出を決めることができた。







最高の予選。



これなら、ほんとうに男女アベック総合優勝できるぞ・・・。




俺はたしかな手ごたえを感じた。









しかし、その夜、


事件は起きた。









夜の22時。





俺は急に大田主将に呼び出された。






主将の部屋に行くと、

そこには、大田主将の他に、

拓郎と洋介さん、そして副主将の金崎がいた。





大田主将が口を開いた。







「アダコー、タップリンの決勝のボードは拓郎でいくことにした」









は?


何を言って・・・








「まぁとにかくそういうことだから、

おまえはボードリレーを・・・」







「ちょっと待て!!!


おかしいだろ!!どうしてそうなるんだ!!!


あのメンバー発表は何だったんすか!!

それに予選もちぎったでしょ。

それをなんで!!


納得できない!

そんなのおかしいっ!!!」








洋介さんが口を開いた。




「アダコー、おまえは納得できねーのか?

チームを応援できねーのか??」






「できるわけないでしょう!!

俺がどんな気持ちでここまで・・・


こんなの絶対認めない!!!」






「あぁ?テメーは誰にクチ聞いてんだ!!!」







「あんただ!洋介さん!!

俺はぜってーみとめねーから!!!」










俺は部屋を飛び出した。





気がつくと涙があふれていた。





どうして・・・!



どうして・・・・・・!!









予選でふがいないレースをしたならわかる。





でも、なんで・・・。






スタートが遅いから??


それを承知で俺を選んだんだろ!!


それに最近は言われてるほどスタートも悪くなくなった!!





大田さん!またアンタか!




アンタはいつも、俺の希望を奪ってくれるな!




西浜解散の時もそうだった。


最後の最後でアンタは手のひらを返したな。




今回、アンタはボードメンバーの練習を見ていたか??



ケガでずっと参加してなかっただろ!!!





金崎もそうだ。


ボード練にまともに参加していなかったお前に、

俺たちの力関係の何がわかる!!!






それに・・・








俺もインカレ練のボード班を引っ張ってきたんだ。




最後の最後、このタイミングでのこの話し合いに、




どうして俺を呼ばなかった。





みんなで話し合ってのことなら割り切れるかもしれない。




でも、ぜんぶ勝手に決めやがって・・・!!!









涙が止まらなかった。




その内、俺のケイタイ電話が鳴った。






4年の笹子先輩だった。






「アダコー、どこにいるの??

早く帰ってきなよ・・・。」








俺は涙が止まらなくて、

思いのたけを全て笹子さんに話した。








「うん。うん。

アダコーは誰よりも頑張ってここまできたよね。

私もそう思ってるし、七瀬もよく言ってたよ。

悔しいけど、ここでアダコーがふてくされちゃったら、

チームの雰囲気が悪くなっちゃうよ。

私もアダコーが外されたことは悔しいけど、

全部ひっくるめて、飲みこんで、

明日のボードリレーにぶつけようよ。

私も全力で応援してるから。」








俺の涙は止まらないまま、

ありがとうございますとだけ言って電話を切った。






そのあと、七瀬さんからもメールがきた。






「こんなとこで腐るな。明日はボード頑張れ!私も頑張る!!」





短い内容だったけど、とてもありがたかった。







しばらくして俺は宿舎に帰った。




そして、わずかな眠りについた。








翌朝。






昨日のことが夢であってほしかったが、


でも、きっと昨日のあれは現実だ。


もうあと数時間もしたらレースだ。






俺は、拓郎のところに向かった。





「もう俺は切り替えたから。

タップリンのボード頑張って。」





拓郎は黙ってうなずくと、固い握手をした。










そして決勝の時が訪れた。





俺にとって、唯一の種目。

ボードリレー。




ウデがちぎれてでも最後まで全力でパドルしよう。

そう誓った。







レースが始まった。








八賀も速かったが、


東海大清水校舎「LOCO」と、

順天堂大学がとにかく速かった。



トップはLOCO。

2年生の石阪は、

先日の全日本のBクラスで武井を抑えてボードで優勝した猛者だ。




2位で追う順大の1走は飯山さん。

昨年の全日本のボードで学生なのに2位に入ったカリスマだ。





その後ろで八賀が帰ってきた。







2位との差はおよそ20メートル。

1位との差はさらに20メートルほどだ。




ずいぶんばらけたが、

やってやれない差ではない。





各大学の2走は3人の中では一番遅いことが多い。


ここは俺が全力で差を詰めて、


アンカーの洋介さんに繋がないと!!






LOCOの2走は石垣。

岡村さんに似た風貌とカラダつきで、

ボードも岡村さんのように速い。






順大の2走は隆平。

前に一緒にIRBクルーの資格を取得した順大の若きエースだ。

たぶん、順大はアンカーよりも彼のほうが速い。






各大学、実力者を2走に配置してきた。



でも、石垣よりはきっと俺のほうが速い!



隆平は速いが、



ここで俺が頑張れば、3チームの差はイッキに縮まるはずだ!!!






俺はとにかく必死に前を追った。





呼吸が乱れる。




だが、そんなことは言ってられない。





ハァハァハァ。





七瀬さん、見てるか・・・?





今の俺はどう映っているんだ・・・?












俺は思い描いたほど差を縮めることはできなかった。





どこまで差が縮まったのかわからないまま、



アンカーの洋介さんに繋がった。








LOCOのアンカーは西浜の潤。


俺が一番負けたくない相手だ。






順大のアンカーは永島さん。

こないだの全日本のセミファイナルで俺に勝ち、

そのまま決勝でも5位に入った実力者だ。





でも、こっちも絶対エースの洋介さんだ。


洋介さんならきっと・・・










だが・・・









洋介さんの動きがおかしい。




差を詰めるどころか、

前との差はどんどん開いてゆき、

逆に4位の日体大との差がみるみる詰まっていった。





日体大のアンカーは五関さんという、

アイアンマンレースでも活躍する、学生トップクラスの実力者だった。






そしてとうとう日体大に並ばれてしまった。






前ではLOCOと順大がゴールしていた。






優勝争いして勝つつもりだったのに、

メダルすらあやうい状況になってきた。






「洋介さん!!!!!」






俺はレース後のカラカラのノドから血が出る思いで叫んだ。










若干日体が前に出た。




まずい・・・まずい・・・。








が、ここで五関さんが少しバランスを崩した。




再び、並び、ゴールラインまでの最後のラン勝負になった。
















表彰式が始まった。






タップリンリレーの前に、午前の種目の表彰式が一斉に始まったのだ。





ボードリレーの女子は3位だった。





七瀬さん達が3位の台に上がる。




そして、男子の表彰だ。







1位、東海大学清水校舎LOCO






2位、順天堂大学





3位、東海大学湘南校舎CREST










俺は人生で初めての表彰台に上がった。



それも、あの七瀬さんと一緒に。









最後のラン勝負。




洋介さんは足も速かった。



一方の五関さんは、ボードはものすごく速いが、

ランはそうでもなかった。









初めて表彰台の上から見下ろす景色は何事にも代えがたかった。



一斉に降り注ぐカメラのフラッシュ。



各大学の各メンバーへの声援に交じって、

ときどき聞こえてくる俺の名前を叫ぶ声。



よく見ると、オーストラリアで一緒だった他大のメンバーや、

CRESTの仲間たちが俺に声援を送ってくれていた。




3位だけど、俺は背があるから、

一番高く見下ろせる。



七瀬さん、この景色、最高ですね。





最後に俺たちはCREST男女リレーメンバー6人で写真を撮った。



一生の宝にしよう。



あとは、チームの男女アベック優勝を見届けるだけだ。







女子はダントツで総合優勝を決めた。




一方の男子は日体大とのマッチレースとなっていた。



最後のタップリンリレー。



ここで日体と3つ以上順位に差をつけられると、

日体の大逆転優勝。



つまり、ウチが3位に入れれば、

日体の結果と関係なく、ウチの男女アベック総合優勝が決まるのだ。






その大事な1走のボードに拓郎が挑んだ。



彼が普段どおりのレースができれば、3位以内は堅い。







ところが、




拓郎の様子がおかしい。





前についていけない。






拓郎はなんと7,8番手で帰ってきたのだった。






2走はスイム。



ウチのスイムはそこまで速くない。



あまり順位を上げられず、

6位でアンカーの洋介さんのサーフスキーの出番となった。







先頭を見ると、



いつのまにか日体大が1位になっていた。




その後ろにLOCOの潤が懸命に追っていた。




その後ろには、ダークホースの拓大がいた。








洋介さんのサーフスキーは本当に速い。


全日本選手権でも2位になったばかりのスーパーパドラーだ。





5位を抜き、4位を抜き、



あっというまに3位も射程圏にとらえた。







このまま3位に入ればウチの総合優勝だ。




たとえ4位でも、日体のアンカーが潤に抜かれればウチの勝ちだ。






しかし、






ギリギリのところで日体が逃げ切ってしまった。




あとは洋介さんが3位に押し上げられるかどうか・・・。






ところが、

3位まであと一歩というところから、

洋介さんのスピードが無くなってしまった。






届きそうで・・・






届かない・・・。






ああ、俺の、俺たちの総合優勝が・・・。












結局拓大に逃げ切りを許し、


男子は総合で日体に大逆転負けを喫した。








拓郎と洋介さんの調子がおかしかった・・・。







たぶん、





昨日のことが影響していたんだろう。







チームに訪れた不協和音が、

最後の最後で日体の逆転優勝を許したのだった。









なんだこれ・・・。





こんなのを味わうために俺はここまでやってきたんだろうか・・・。





俺があのままタップリンリレーのボードに出ていたらどうなっていただろう・・・。







悔しい・・・。







悔しい・・・・。








このまま終わりたくない・・・。





ここで辞めて来年西浜に行っていいんだろうか・・・?





タップリンリレーのボードで決勝の舞台に立てずに。










もう1年やってからでもいいんじゃないか・・・。





来年、七瀬さんと一緒の浜じゃなくなっちゃうけど、


その前に付き合っちゃえば何も問題はない・・・。








あ、そうだ。




付き合うんだ・・・・・。








こうして大会は終わり、


俺の人生最大の大勝負の時が訪れた。








このタイミングしかない・・・。







翌日、大会の打ち上げがあり、


2次会に行かないと言った七瀬さんは一人帰路についた。





ここだ。


神様の動けという声が聞こえる。


俺は七瀬さんの後を追った。





家の前に来た。




部屋の明かりはついているように見える。





俺はインターホンに手をかけた。




これを押したら、全部終わっちゃうかもしれない・・・。




土壇場になってビビり根性が目を覚ます。




出るな・・・出るな・・・。






俺はインターホンを押した。








・・・・・・・・。








応答がない。



そもそも、今鳴ったんだろうか・・・?






もう1回押しても反応は無かった。






ドアを叩けば聞こえるかな・・・。






でも、怖くてドアに触れられない・・・。






俺はケイタイに手をかけた。





この通話ボタンを押せば、全てが終わ・・・




ってたまるか・・・!







通話ボタンを押した。







プルルルル・・・




プルルルル・・・




メッセージヲドウゾ・・・





ピッ!








俺はあわてて電話をきった。



伝言で告るわけにはいかない。








もう寝ちゃったのかな・・・。



しかたない。



明日にしよう。







いや、






今日言うって決めたんだ。



言わないで明日なんてあるか!!!



でも出てこないんじゃどうしようもない。






・・・メールにしよう・・・。







とうとう俺はメールに逃げた。







思いのたけを書いて返事を待った。



たぶん、返信は遅い午前になるだろう。





なんとなくそう思った。





夜は一睡もできなかった。






翌日、1限に出席した。



携帯は鳴らない。





でも、授業が終わる寸前にケイタイがふるえた。





・・・!!!




ポケットを覗くと、あのイルミネーションが光っていた。






判定は下されたんだ・・・。




授業のチャイムが鳴ると、

俺は急いで屋上へ走った。




誰もいないここなら、携帯を開ける。







ゆっくりパンドラの箱を開く。





そして恐る恐る前を見つめた。









「メール返すの遅れてごめんよ!




どうもありがとう!


























でも、ごめんね。






実は私は今すごく気になってる人がいるの。





気持ちだけありがたくもらうね。




ありがと!




アダコーはほんとクレスト辞めなくてよかったね。




頑張ってる姿を見てすごく思いました。




これからもその調子で頑張ってください。




これからもよろしく!」



















今日は10月31日。





あのメールがあったのは10月16日。








あれから2週間も経ったのか。





この2週間、俺はなにをやってきたんだろう?





まったく記憶が無い。





とりあえず、明日はるんるんとデートだ。





明日になれば、全部思い出せるのかな・・・?