学ぶ と 信じるは
似ていると思った
何かを求める動き
真実を求める動きがある
学ぶは、
知識、知恵に求め
信じるは、
心、内面のあり方に求める
学び始めると
道のりの険しさに挫折が来る
そこから本当の学びが始まるのかもしれない
だから
学び続けることは挫折と 謙虚に始めることを
繰りかえすことのように思える
信じるも、似ているように思える
繰り返す原動力は何か?
希望・・・・
一筋の希望の光を求めて
繰りかえすような気がする
そして
希望を求めて受け入れる心
求める・・・・・は、
私にとって、意外なことだけど
謙虚な行為なのかもしれない
希望を持ち求めることを やめると
傲慢になってしまうのかな
何かを求めるには
こちらからも
何らかの行為をしなければならない
頼む とか、 お祈りする など。
こちらから求める行為が
なければ
人は傲慢になっていくしかないのだろうか
受け取とうとしないのに傲慢・・・って
不思議
受け取ろうとするほど
謙虚になるかもしれないって
不思議・・・・・
・・・・・・
今朝、コーヒーを淹れながら
思い出したこと
お仕事をしながら、
そして退職されてから
長い年月学び続けた方々の
お話を聞く機会がありました
その方々の謙虚でしなやかな強さ・・
求め続ける人の謙虚さについて
書き残したいと思いました。
生活の中で学ぶ人は
まるで静かに祈る人のようで
美しかった
強制ではなく
自分から
好きなことをしている人は
きっと美しいのでしょうね