「鋼の錬金術師」
漫画は全くといって言いほど読まない私が、久しぶりに共感できた作品。
子供向けのダークファンタジーという触れ込みで、2度に渡りTVアニメ化・映画でも2作公開された。
作者の意図は、わからないけれど、自分なりに考えさされた作品。
たかだか漫画なんだけれど、キャラのひとりひとりが己の信念を持ち、主人公のエルリック兄弟が禁忌を犯し、元の体に戻るために、常に前へ進む姿。
またそれを、見守る大人たちはけっして、慰めや同情ではなく、前に進む為の道を示そうとする。
そしてその大人たちは、それぞれの立場で、大人としての責任・義務を果たそうとする。
今の政治家さんに見習って欲しいくらい。
(中には、その見本のような自分の保身しか考えない軍人さんも出てくるけど)
過ちや葛藤のなか、傷つきながらも、前へ進む強い鋼の意思。
人間として、かくありたいと思う。
作中最期のことば
「痛みを伴わない教訓的には意味がない、人は何かの犠牲なしに何も得ることはできなのだから。しかしそれを乗り越え自分のものにしたとき・・・、人は何ものにも代えがたい鋼の心を手にいれるだろう」
読み終わって、次の言葉を思い出した。
I am not discouraged because every wrong attempt discarded is another step forward.