コリコリ…… 第四回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 妄想の中にある人に、こんな大事なことを託すのはためらわれたが、だからといって、精一には他に何の打つ手もなかった。大体何か手を打とうという気もなかった。向井理栄に対する気持ちも、これまでの幾多の片思いと同じように、ある程度盛り上がって、そして消えていくものと決めてかかっていたのだ。

 すると迫田は、

「ほんだら、覚悟しときや。ぼくが向井さんに言うから。案外向井さん、自分のこと好きかも知れんよ。ぼく、見てて分かるもん。向井さんの自分を見る目、なんか、他の人を見る目とちゃうもん」などと言う。

 精一はただ口を開けて迫田の顔を打ち守るだけだった。

 翌日、ぼくはいつもの通りデイケアに行って、向井さんの顔を見た。彼女はいつも通りの顔をしていた。迫田もいつも通りの顔をしていた。

 ああ、何事も起こらんのやと精一は心の中で納得した。迫田は妄想の中で生きる人間やから、精一の向井さんに対する恋も、同じように妄想として考えてるんやろうと、決め込んだ。それやったら、また心の中で向井理栄のことを考えて、原稿用紙の上に妄想を書き並べる日々が続くのみやと、逆に安心した。

 もし何かが起こったとしても、精一には何をどうすることもできない。

 その日の夜は、くつろいでテレビを観ていた。するとお母さんが階段を昇って来て、彼の部屋に入り、

「さろたいう人から電話やで」と告げる。

 さろたというのは、きっと迫田の名前を聞き違いしているのだろうと、すぐに分かった。そしてその名前をはっきり意識の中に立てかけると、彼は突然ギクリと驚いた。

 一体何の用事やろう? これまで迫田は精一に電話をかけてくるということはなかった。電話をかけるのは、精一ばかりだった。精一は用がなくても電話をかけられる。なんだかんだと無駄話でもできるタイプなのだが、迫田は、無駄話をするために電話をかけてくるタイプではない。

 するとこれはと思いながら受話器を握ると、迫田の第一声は、

「盛岡さん、向井さんと喫茶店に行けるで」という、およそ現実らしからぬ報告だった。

「喫茶店に行けるって、そんなん、行けるわけないやん」と疑わし気に返すと、

「行けるからしゃあないやん。それとも向井さんと二人きりで喫茶店に行くんは、いやか?」

「いやなわけないけど……」

「ほんだらもっと喜んでや。ぼく、一生懸命向井さんとしゃべって、この約束取りつけてきてんから」

「それはありがたい。ありがたいけど、いつどこの喫茶店で向井さんとしゃべれるのん?」

「明日の晩、電車に乗って布施の駅まで行って、改札のとこで待ってたらええって言うてた。晩の七時やて。その時間になったら、向井さん行けるからって言うてた」

「布施? なんで布施やのん?」

「向井さんが住んでるんが布施やからとちゃうか。それに、八尾で会うたら、色んな人の目があるから、困るって言うてた」

 確かに八尾には色んな知り合いやら患者さんたちがいて、どこで誰が見ているかも知れない。けれどただしゃべるだけならば、そんなに意識過剰になる必要はない。向井さんがそんなに意識過剰になること自体、これは少し脈があると見ていいという、希望的観測が浮かんで、心ウキウキする気持ちを抑え切れない。。

 精一は迫田に礼を言って、今度居酒屋でパーッと奢ったるから楽しみにしときやと約束した。

 その夜はそう簡単には眠れなかった。時計は夜中の二時をさしていたが、それでも目がパッチリと開いていたので、精一はガバッとベッドから起き上がって、電気をつけた。

 はっきり言って眠るのなんか無理に決まっていた。体の色んなところがムズムズする。特にある部分のムズムズが甚だしい。取り敢えずここは処理をしておいた方が得策だと考えた。

 明日は喫茶店で会うだけで、そういう際どいことをする可能性など、一パーセントもないのは分かっていた。それでも彼の頭の中には、そういうことをする映像ばかりが煌めいていたのだ。その映像が彼の体をズキズキさせる。

 エッチな雑誌から切り抜いていた様々な写真類をベッドの上に並べて、いつもやっている儀式に取り掛かった。なるべく向井理栄の映像は思い浮かべないようにしようと思っていたのに、頭の中には彼女の想像上の裸の姿ばかりが浮かんできた。

 うわっ、これはあかんと焦った途端、いつもより多い量の放出があった。