心中なんか大嫌い 第四十三回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 駅に着いて電車に乗った。「N駅に行ったらあるの、その旅館」と静美は言った。

「旅館なのか? 旅館って、畳とか襖のある?」宗近はあまり意味のない質問をした。

「畳とか襖はないと思う。ベッドがドンとあるんじゃないかな」

「それはラブホテルというんじゃないか?」

「そうとも言うわね。でも旅館って言った方が風情があるじゃないの」

 静美のような女が風情なんて言葉を使っても似合わない。しかし時々チラリと見せる知的なきらめきを見ると、ことによるとこの子は本当は人間的な美質を持っていたのではないかとも思う。悪い男たちと関わっていくうちに、元々持っていた美質がだんだん壊されていったのではないだろうか。

 宗近には十九歳の女の子を一から教育していく余裕などない。それに相手は教育なんかされたくないだろう。逆に宗近を虜にして、操ろうとしているくらいだ。

 静美が案内したのは、やはりただのラブホテルだった。ただ名前が『美しい旅館』となっている。確かに旅館という名前はついているが、建物はコンクリート造りで、全く旅館らしくない。

「ねえ、旅館でしょう?」と静美は看板を指さした。

「確かに旅館だね」と宗近は言ったが、余計な冗談を言う気にもなれなかった。

 部屋は大きなベッドがあり、浴室もある。ただのラブホテルだ。静美はいきなり「一緒に入る?」と訊ねた。

「どこに?」と訊ね返すと、

「お風呂に決まってるじゃないの。トイレに一緒に入ってどうするの」と少し機嫌を損ねている。機嫌を損ねてもらうと逆に助かると判断した宗近は、

「一緒はいやだ」と拒否した。

 静美は「あっ、そう」と答えて一人で風呂場に入った。しかしまずいことに、そこの風呂場はガラス張りになっていて、部屋の中から全てが丸見えだった。

 静美はしきりに体をくねらせてこちらを見ている。他に見る物もないから、宗近は彼女を見るより他仕方がない。彼女はあっという間にブラジャーとパンティ姿になっていた。ドキリとする。予想以上にきれいな体だ。

 静美は脱衣場から彼に手を振る。彼は困って彼女を見やるのみだ。さらに彼女は手招きをした。

 さっさと済ませてさっさと帰ろうと考えた。下手に躊躇して長引かせても仕方がない。長引けば長引くほど情が移る可能性が高くなる。風俗店にでも来たつもりで、なるべく事務的に処理していこう。

 そう考えて宗近は服を全て脱いで、彼女とともに風呂に入った。そしてそこで夢のような行為を楽しんでしまった。本当に夢のようだった。

 早く帰らないといけないと考えて、浴室を出て、下着を手に取ると、静美は、

「これからが本番よ」と潤んだ目で彼を見上げた。

 こういう女のことを床上手と言うのだろう。いちいち説明するのが恥ずかしいテクニックを、次々と繰り出してきた。

「おい、もうダウンだ。休ませてくれ」と宗近は白旗を上げた。

「いいわ。わたしも喉が渇いたから、ビールでも飲みましょう」と静美は提案した。

 コップからビールを飲みながら、

「どう? もうわたしから離れることは出来ないでしょう?」と訊ねた。

 セックスは確かによかったが、それは別の話だ。恋人として付き合う上でセックスの要素はさほど重要ではない。少なくとも宗近はそう考えていた。

 そんなことを静美相手に主張しても仕方がないから黙っていた。すると彼女は、

「早く言いなさいよ、ぼくと付き合って下さいって」とせっついた。

 体を使う行為は色っぽいが、口から出る言葉は興ざめなものばかりだ。それ故に彼はかろうじて助かっていた。もし彼女が言葉もいいものを使っていれば、彼女から離れられなくなっていただろう。