心中なんか大嫌い 第三十八回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 真央乃と関係を持った後に、彼自身も罪の意識について考えていた。もし事実を彼女たちのお父さんやお母さんが知ったならば、真央乃との交際などあり得ないだろう。ちょっと先走ってしまったかも知れない。こともあろうに、友理乃のお通夜の夜に関係するのはまずかったか。

 しかしさっき考えたように、今日真央乃と何もなかったら、彼と真央乃とは永久に縁がなくなってしまったことだろう。

 今の彼には真央乃がどうしても必要だ。友理乃のことは本気で好きだったが、真央乃のことも本気で好きだ。しかし男女間のことは、好きだからそれでいいというものではない。そこには微妙な倫理というものが介在している。倫理に反する恋愛は、たとえ純粋なものであっても、罪なものと見なされる。

 日本人は、自由な恋愛で結ばれた夫婦でも、実は友達の紹介で知り合ったという種類の、半分見合いのような形の出会いが多い。同じ職場、同じサークル、同じ趣味の会というのも、半分くらい見合いに近いのではないだろうか。周囲の人たちに引っ付けられて、みんなに拍手をもって認められなければ、その結びつきは正式なものとはならない。それ以外の自主的な恋愛は、罪なものとして周囲から受け止められかねない。たとえそれが既婚者との不倫ではなく、未婚者どうしの結びつきであったとしても。

 そういう点では、宗近と真央乃との恋愛は、日本の常識としては不利な恋愛だ。ましてや冷木静美のような卑劣な女に現場を目撃されたとなると、なおさらだ。

「じゃあ、どうすればいいんだ?」と宗近は取り敢えず訊ねてみる。

「わたしと付き合えばいいのよ。わたしとなら、会社の人たちも祝福してくれるし、万々歳の結婚よ」

 結婚とまで来たか。訊くだけ無駄だった。

「どうして何も言わないの?」

「もう電話を切りたいんだ。ぼくは疲れているんだ」

「激しかったのね、柴根さんのお姉さん」と言って静美は忍び笑いをする。

「卑劣なことばかり言うな、この馬鹿」と思わず声を荒げた。

「馬鹿だなんて言われたくないわ。あなた、わたしが自殺してもいいの。遺書にあなたの言葉を書くわよ。あなたに言葉で散々侮辱されたって」

「ぼくはただきみと付き合いたくないと断っているだけだ。侮辱しているわけじゃない。それに侮辱されたくなかったら、卑しい言葉をあまり使うな」

「どうしてわたしと付き合いたくないのか、それがわたしには分からない。わたし、顔、そんなに悪くないでしょう? 今まで追い払っても追い払っても男が寄って来たのに、どうしてあなたはわたしを拒絶するの? それが理解出来ない」

「理解出来ないという時点で、きみは嫌なんだ。少なくとも自分の悪いところを自覚している人じゃなかったら、付き合っていても楽しくない」

「そんなの、楽しさと関係ないじゃないの。わたしの顔を見て、わたしの体を楽しめばそれで十分じゃないの。性格が悪いというのなら、努力して直していくわ」と静美はいきなり殊勝なことを言う。彼女は彼女なりに真面目なのだ。宗近は思わずドキリとした。静美の顔が頭に浮かぶ。確かに欲望を誘う美貌の持ち主だ。そんなに向こうから言うのなら、やってしまえという悪魔の声が頭の中で鳴り響いた。

「また、黙ってる。でも、考えてるのね、わたしとするかどうか。わたしと一回でもいいからしましょうよ。柴根さんのお姉さんのことなんか、すっかり忘れさせてあげる」

 電話だから顔は見えないとはいえ、美貌の十九歳の女性からそんな風に迫られると、思わず体が反応する。静美の低音の声が官能をくすぐる。一生懸命真央乃のことを思い出したが、真央乃のことでも性的な映像しか浮かんでこない。今日初めて関係を持ったのだから、それも致し方がない。

「さあ、どうするの? 何なら今からあなたの家に行ってもいいわよ」

「とんでもない。ぼくは親と一緒に住んでいるんだ。こんな夜遅くに女の子が訪ねて来たら、非常識だと思われる」

「そんなこと思わせない。わたし、挨拶だけはきっちりするから、相手の親御さんたちには気に入られるのよ」

「とにかくそんなことはやめてくれ」

「さすがに今日は疲れているのね。何しろ柴根さんのお姉さんとね」とまで言って、それ以上言わない。言わないことを怒れないので、宗近も黙っている。