心中なんか大嫌い 第三十一回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 そんなことを考えながら中ジョッキを傾けていると、

「どうしたの。さっきからずっと黙って考え事をしているけど、何か心配事でもあるの?」と友理乃は訊ねた。

「心配事? ないよ、そんなもの」と宗近は慌てて答えた。

「明日のこと、心配じゃないの?」と友理乃に訊ねられて、そうだと思い出した。

「心配に決まってるじゃないか。成岡のようなたちのよくない男にどう対処するか、ぼくはそのことばかり考えている」

「なんか、別のこと考えてたみたいだわ」と友理乃は横目で疑わしそうに彼を見た。

 これはまずい。

「別のことって何だ?」

「静美のこと。静美と付き合うというのはわたしの妄想かも知れないけれど、静美にしつこくつきまとわれているんじゃないの、成岡みたいに?」と友理乃は今度は落ち着いた口調で訊ねた。

 親身になって心配しているようだったので、宗近は思い切ってこう言った。

「実を言うとしつこいんだ。きみじゃなくて、ぼくの方が殺されるかも知れない」

「よりさんのことを殺すと言ったの?」

「ぼくを殺すというよりも、もっと違う言い方をしていた」

「どんな言い方?」

「心中するって」

「心中って、一緒に死ぬこと? まあ、怖いこと言うのね。あんな子死にはしないわよ。よりさんだけ殺して、自分は生き残るつもりなのよ」

「ぼくもそう思う。彼女は、ぼくが彼女に振り向かないから、意地でそう言ってるんだ。意地のためにぼくは殺されるんだ」

「静美の方が成岡よりも怖いんじゃない? 成岡はわたしのことが好きで追いかけて来るみたいだけど、静美はよりさんが好きというよりも、プライドが傷つけられて悔しいだけなのよ。あの子のように美貌に自信を持っている女の人は怖いわよ、無下にふったりしたら」と友理乃が説明をした。

 確かにそうだ。恋愛の失敗よりもプライドを傷つけられる方が、その後の恨みは大きいような気がする。静美よりも成岡の方がよほど純情だ。

「わたしから静美には何とも言えない。わたしあの子にはかなわない。頭の中身はないくせに、悪知恵だけは働く人なんですもの」

「ゆりのちゃんに何かをしてもらおうとは思っていない。男らしくきっちりと対処していくよ。流されることは決してないから、安心してくれ」と宗近は決意表明をする。

「よりさんが浮気なんかしないことくらい、最初から確信していた。けれども女は言ってみたくなるの。疑ってなくても疑ってるって。そうやって男の人を牽制するのね。だってわたし、自分に自信なんかないんだもん」

「自信がないところがいいんだよ。冷木さんなんかは自信たっぷりだろう。成岡もそうだ。そんな人間は逆に嫌味なんだ」

「よりさんも自信ないの?」

「ぼくだってない。この年になるまで、女の人に好かれたことなんかなかった。このまま老人になるまで独身のまま埋没していくのだろうと思っていた。だから今はただびっくりしている。いきなり二人の女の人が近づいて来たんでね」

「喜ばしいことね」

「ゆりのちゃんのことは喜ばしいけれど、冷木さんは喜ばしくない」

「二人とも喜ばしいのよ。だって静美がよりさんのことを何とも言わなかったら、わたしだってよりさんに目が行ったか分からないもの」

「冷木さんあってこそのぼくたちの仲なのか。しかしあの子は厄介だなあ。きれいなだけに、余計に不気味だ。いきなり背中から刺されたらどうしよう」

「その時は仕方がないじゃないの。じたばたしてもどうしようもない。アーメンとか言って死ぬだけよ」

「きみのお姉さんに看取ってもらわないとね」と言って宗近は笑い、友理乃も彼に合わせて少し笑った。

 本当は笑いごとではなかったが、この際笑うより他仕方がない。

 友理乃が全く飲まないので、宗近も少量の酒に抑えて、食べる方に集中した。「わたしも飲みたい」と言った友理乃は、結局ウーロン茶ばかり飲んで、料理を食べることに集中している。

 家に帰ったらまた電話すると約束して、宗近は先に電車から降りた。電車の窓越しに見た不安気な顔が、彼の記憶に残っている友理乃の最後の顔だった。