心中なんか大嫌い 第二十一回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「電話だと誤解を生むから、どこかで会えないか?」

「明日会うじゃないですか」

「きみはぼくと別れてもいいのか?」

「だってわたしなんかより静美の方がきれいでしょう」

「静美? ああ、冷木さんか」

「あなた、今日、社員食堂で静美としゃべっていたでしょう?」

「見たのか?」

「見たとしたらどうするの?」

「どうもしないさ。だってぼくには疚しいことなんか何もないんだから。冷木さんは確かにぼくのことを好きだとは言ったけれど、ぼくははっきりと断った。ぼくにはゆりのちゃんという大事な人がいる」

「そう……でも、怖いわ」

「成岡が怖いのか?」

「成岡より静美の方が怖いの」

「冷木さんが何をするんだ?」

「わたしのことを殺すと言ったの。今日、会社から帰りがけに、あの子が走り寄って来て、何の用かと思ったら、『宗近さんをわたしに譲らないと、あなたを殺すわよ』って笑いながら言った。顔は笑っていたけれど、目は笑っていなかった。わたし、怖いわ」

「じゃあ、冷木さんにぼくを譲るつもりなのか?」

「だって、殺すなんて言うんだもの」

「本当に殺すわけないじゃないか」

「いいえ、あの子は本気よ。わたし四か月ほどあの子と一緒に働いていたから分かるの。あの子は一度こうと決めたら何でもしかねない怖い子よ」

「でも、人を殺したら刑務所行きじゃないか。ぼくと付き合うどころじゃないよ」

「宗近さんと付き合うのが目的じゃないのよ」

「何が目的なんだ?」

「わたしに負けるのが嫌なのよ。あの子は顔もきれいで今まで男の人にちやほやされてきたから、わたしみたいな不細工な女に負けることが許されないのよ」

「そんな理由でゆりのちゃんを殺すのか?」

「大事な理由よ、女にとっては。あの子を差し置いて違う女が選ばれるというのは、あの子の常識の中では考えられないことなのよ。だからわたしのことが憎いのよ。殺したいほどに」

「刑務所に入っても?」

「そう、入っても」

 宗近はそこで黙って考えた。確かに今日社員食堂でしゃべっていて、怖い女だと自覚した。何度も追い詰められた。

 しかしあんな俗物の女が、刑務所行きを覚悟して人を殺したりするだろうか。でも犯罪を冒す人間というのは、得とか損とかを考えて実行するわけではない。やむにやまれぬ悔しさ憎さが高じてやってしまう場合が多い。

「今からそっちに行ってもいいか?」と宗近は訊ねた。

「こっちに来るって、遠いじゃないの。明日も仕事なのよ。あなた、疲れてしまうわ」

「大事な局面なんだ、今は。この難局を切り抜けないことには、ぼくたちの未来はない。だから今から行きたいんだ」

「わたしたちに未来はあるの?」

「あるに決まってるじゃないか。ぼくはきみと別れるつもりはないよ。そのためにもきみとはじっくり話し合わなければならない」

「静美対策を?」

「そうだね」

 再び電車に乗って、最寄りの駅に着くと、改札口の向こうに友理乃が立っていた。宗近を見ると明るく手を振る。彼も手を上げながら改札を出た。

「喫茶店か何かないかな」と宗近が訊ねると、

「どうして喫茶店なんかに入らないといけないの? わたしの家の近くに来たんだから、わたしの家に来たらいいじゃないの」とはっきりと申し述べた。

「家にはお姉さんもいるんだろう?」

「いるわ。それがどうしたの? わたしのお姉さんなんだから、別に怖い人じゃないわ。お姉さんに会うの、いや?」と訊ねられて「いや」だとも言えない。それに今はそんなことで押し問答をしている場合じゃない。静美のことをどうするか、二人で考えないといけない。

「いやなわけないじゃないか。きみの大事なお姉さんだ。ぼくにとっても大事なお姉さんに違いない」

「そう言ってくれて嬉しいわ。それにね、お姉さんには今度のことをちゃんと話してあるの。もしかしたらいい案を考えてくれるかも知れない。二人より三人の方がいい知恵が出るでしょう」

「そうだね。それは心強い」

 友理乃によると、お姉さんは看護師さんだそうだ。「わたしなんかより、はるかにしっかりしてるんだから」友理乃は言って右手で力こぶを作る。そんな人が身内にいるのは、宗近にとっても心強い。