心中なんか大嫌い 第十八回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 けれどもこれは笑いごとでは済まないかも知れないという予感もよぎった。ここまで物事の道理をわきまえていないのに、これほど堂々としている人間は、絶対に危険だ。何をするか分からない。誰が何時間説得しても、彼の思いこみは変わらない。だからといって、彼の思い通りにするわけにはいかない。宗近は友理乃のことが好きであり、友理乃とは一生を誓う契りを結んだのだから。

「どうやって落とし前をつけてもらうか、一緒に考えてくれよ」

 成岡は妻に懇願さえしている。ある意味この男は大物だ。心を入れ替えて、世の中のために力を尽くしたら、きっと歴史に残る偉人になることだろう。

「考えてあげてもいいけど、この人の意見も聞いてみようよ。落とし前のつけ方を知ってるかも知れないから」とやはり微笑みながら宗近の方を見た。

「落とし前ってお金? いくら払えばいいんだ?」と宗近は直接成岡を見て訊ねた。

「金、払えるのか? あんたみたいな安サラリーマンに払えるような金じゃないぜ」と成岡はまた卑しい笑い方をした。

「あんた、この人からお金を取るのかい? あんた、金持ちだろう。わざわざ恐喝しないでも、毎月かなりの仕送りを貰っているじゃないか」

「恐喝じゃないよ。落とし前だ。落とし前に使うのに、金は便利なんだ。──さあ、いくら払うんだ? まさか百万は切らないだろうな」ととてつもない金額を宣う。

「わたしも一緒に考えるんだろう、その、落とし前について?」と須美代は成岡に訊ねた。

「ああ、そうだよ。もっと面白いものがあるか?」

「あんた、面白がってるの? まあ、いいわ、勝手に面白がればいい。わたしはこの人からお金を取るのはいい落とし前じゃないと思う。この人は、お金のことなんかほとんど考えていないような顔をしている。どうせお金を取るのなら、お金に目がない金持ちから取った方がいいじゃないか。その方が落とし前としては効果がある。金持ちは、お金を取られるとなると、慌てるよ。この人はそうじゃない。もし百万円取られたとしても、女の人と幸せになるためなら、涼しい顔をしているよ、きっと」

「そんな人間はいないよ」と成岡はせせら笑うように言う。

「あんたは馬鹿だから知らないだけよ。世の中にはそういう清廉潔白な人もいるのよ」

「この人がそうだと言うのか?」

「そうだよ」

「じゃあ、あんたは、百万円くらい取られたって平気ってわけか?」と成岡は妙な問いを宗近にかける。

「平気なわけないじゃないか。出来ればそんな金は取られたくない」と宗近は答えた。

「ほら、やっぱり平気じゃないって言ってるじゃないか」と大声で言い切った。勝ったといわんばかりに。

「あんた、何度も言うけど、よっぽどの馬鹿ね。百万円取られて平気な人がいるわけないじゃない。これは細かいニュアンスみたいなものよ。百万円取られたら困るけれど、それで本当の幸せが得られるのなら仕方がないと思えるかどうかの問題よ。あんたなんか、幸せなんかより百万円を取る方だろう?」

「幸せなんてクサいこと言うなよ。鼻が痒くなる」と言って、成岡は指で本当に鼻をぐちゅぐちゅと擦り始めた。

「だから、百万円なんて言わずに、ここで二人仲良くお酒でも飲んで語り合ったらいいだろう」と須美代が言うと、

「そんな呑気なことが出来るわけないだろう。こいつは俺の女を取った男だぜ」とまた成岡はいきり立つ。

「あんたの女はわたしじゃないの」

「お前は奥さんさ」

「奥さんは女じゃないの?」

「女だから奥さんになれるんじゃないか。男には奥さんになってもらいたくない」

「そういう意味じゃなくて、あんたにはわたしという女を少しは大事にしようという気持ちはないの?」

「おやじから金を貰ってるだろう。それで十分大事にしてるじゃないか」

「堂々巡りね」須美代はお手上げとばかりに両手を上に挙げて宗近を見た。

 もちろん宗近もお手上げだ。とにかく早くここから抜け出して、誰か信用の置ける人に相談した方がいい。それとも思い切って警察にでも行くべきだろうか。