心中なんか大嫌い 第十七回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「会社は兄貴が継ぐんだから、俺には関係ないよ」

「どこの口からそんな馬鹿な言葉が飛び出すの? あんたが毎日遊び回る時に使うお金は、みんなその会社の収益から出ているのよ。ちょっとは真面目に人生を考えなさい」

「うるさいなあ。なんで説教されなくちゃならないんだ。なあ、あんた、女に説教されるなんて最悪だね」成岡は宗近に問いかける。

「女性に説教されるのはそんなに悪くない。それだけこちらのことを思ってくれているということだ。いい奥さんじゃないか。こんないい奥さんを持っていて浮気なんかしていたら、バチが当たる」宗近はすっかり勇気が湧いてきて、成岡に対して強気に出る。

「あんたまで説教をするのかよ」と成岡は眉根を寄せて宗近を見る。怒っているというより困っているという感じだった。

「あんたは人の女を取ったんだ。説教されるとしたら、あんたの方だろう」

「奥さんがいるのに、他の女の人のことを言うきみはおかしいよ」と宗近が言うと、須美代は、

「まあ、別にいいんだけど。わたし、この人と仲良くやっていこうなんて、はなから思ってなかったから。だからおにいさん、心配しないでいいわよ」と須美代は何の滞りもない笑顔を彼に向けた。

 こんな夫婦関係が現実に存在するのだろうかと、半分訝しく思いながら、もう半分は、成岡なんて男と一緒に暮らそうと思ったら、こうでもしなければやってられないのだろうと納得もした。

 須美代にも悲しみの時期があったに違いない。それでなかったら人間ではない。けれども夫の悪行のことは気にしないと自分に言い聞かすことによって、悲しみを克服して今に至っているのだろう。

 それにしてもやはり、浮気の話をしにわざわざ妻の経営している店に恋敵の宗近を連れて来た神経が理解出来ない。

 この男は全くの子供なのだろう。裕福な家に生まれて我儘放題の生活を続けながら大人になったので、いつまでも我儘のまま成長しないのだろう。何もかもが自分を中心に回っていると思っているから、自分の妻ももちろん自分のまわりを回っていないといけないと確信しているのだろう。何と、幸せな奴だ。同時に何と哀れな奴だ。

「何にしても、俺の味方になってくれよ」と成岡は相変わらず無理な願いを妻に向かって投げかけている。

「こいつは俺に恥をかかせたのだから、俺たちの敵だろう。敵に対しては、協力して戦わないといけないだろう」

「なるほど。戦うのね」と言って、須美代は成岡ではなく宗近の方を見て笑いかける。

「戦ってもいいけど、どうやって戦うの? 今からここでボクシングでもするの?」

「するわけないだろう。俺はこう見えても暴力は嫌いなんだ」

「腕力は弱くても、口がそんなにバカスカ動いたら、立派な暴力だよ。あんたに罵られたら、誰だって嫌になる」

「嫌になるために罵ってるんじゃないか」

「わたしもあんたのことが嫌になってもいいのかい?」

「お前は俺の奥さんじゃないか」

「奥さんだから何よ」

「何よって、夫に従うのが妻の務めじゃないか」

「務めが笑うよ。あんた、何も務めらしいことをしていないじゃないか。毎日酒を飲んで女に声をかけて遊んでるだけじゃないか。それがあんたの務めなのか?」

「今日はいやにからむなあ。そんなことよりも、今はこのお兄さんの落とし前をつけなければならない」

 須美代はふふと軽く笑って、宗近の顔を見た。やってられないわという笑いだった。

「女なんかいくらでもいるじゃないか。ましてや浮気相手なんだから、斬っては捨て、斬っては捨て、という具合に次々と変えていけばいいじゃないか。この人は独身なんだろう?」と須美代は宗近の方を見て訊いた。

「はい、独身です」と宗近は素直に答えた。

「独身なら将来の結婚相手になるかも知れないんだよ。真剣になって当たり前じゃないか。あんたみたいな浮気気分でその子と付き合っているわけじゃないんだから」

「俺だって真剣だよ」と成岡が言うと、

「じゃあ、わたしとは真剣じゃないの?」と切り返された。

「お前は奥さんじゃないか」

「奥さんだからどうしたの。真剣なの、真剣じゃないの、どっち?」

「奥さんは奥さんさ。亭主の味方じゃないか」

「あんたの浮気相手が人に取られたら、あんたと一緒になって怒らないといけないの? あんた、ひょっとして馬鹿? ひょっとしてじゃなくて、正真正銘の馬鹿だね。前から知ってたけど、ここまでとは思わなかった」

「じゃあ、味方になってくれないのか?」と成岡はまだ同じ主張をしている。

「味方になってあげるとしたら、わたしは何をすればいいの?」と須美代は困ったような笑いを浮かべながら、また宗近の顔を見る。宗近も思わず笑ってしまう。