心中なんか大嫌い 第十一回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「宗近さん、柴根さんのことが好きなんじゃないですか?」

「えっ、そんなこと、いきなり言うなよ」宗近は激しく狼狽した。

「好きなんじゃないの。宗近さんは嘘がつけないからすぐに分かる。もしかして、もうお付き合いをしているんじゃないの?」

「そんなこと……」

「あるって? やっぱりお付き合いしているんだ。柴根さん、ぼんやりしていたから、何かあると思っていたの。まだお付き合いをしてほやほやでしょう?」

「何を言うんだ」

「早く食べなさいよ。お昼休みの時間が終わってしまいますよ」と言って静美は口に手を当てて目だけで笑う。

「柴根さんには言わないでくれ」と宗近は早々と白旗を上げた。

「言うに決まってるじゃないですか。わたしだって宗近さんのこと好きなのに、タッチの差で逃すなんて、悔しいじゃないですか」

「何を言うんだ?」

「宗近さんはわたしのものって言ってるの」

「そんなことを言われたら困る」

「何が困るの? 逆に嬉しいことじゃないの。十歳以上も年の離れた女の子二人に言い寄られるなんて、他の男が聞いたら羨ましさのあまり卒倒するわよ。それなのに何が困るの?」

「ぼくは真面目な人間なんだ。二人の女の人に言い寄られたからといって喜ぶような男じゃない」

「いやに怒るのね。そんなにムキにならなくてもいいじゃないの。それとも柴根さんにすっかりやられてしまったのかな」と静美は意味ありげな笑みを浮かべて宗近をじっと見た。

 この子は幸せにはなれない、一瞬にして宗近の頭の中にその言葉が閃いた。確かに容貌は美しいが、性根が既に腐り始めている。何故こんなことになったのだろうか。女の心を腐らせていくのは、ほとんどが男の影響だ。きっと彼女には既に彼女の心を腐らせた男がいたか、今もいるのだ、きっと。

「別にやってもやらなくてもどちらでもいいけど」と静美は忌まわしい言葉を吐く。

「わたしだってなかなかいいはずよ。ちょっと試してみない? 試してみて気に入らなかったら、柴根さんに戻ればいいじゃないの」

「きみ、とんでもないことを言うんだね」宗近は白身魚の定食を脇にのけて、静美の顔をじっと見返した。そしてこう言った。

「きみのような不真面目な女の人とはお付き合いをする気はない。そして何よりこれははっきりと言っておくが、ぼくと柴根さんとは真面目なお付き合いなんだ。横から邪魔をするようなことはしないでくれ」

「まあ、男らしいのね」と静美は何らたじろぐことなく、微笑んでいる。

「そんなこと言われたと知ったら柴根さん、きっと大喜びよ。是非教えてあげないといけない」

「教えるな」と宗近は語気を強めた。

「きみがぼくたちの中に紛れ込んで来ると話がややこしくなるんだ。だから柴根さんには何も言うな」

「柴根さんて、友理乃って言うんでしょう。ゆりちゃん、とか呼んでらっしゃるんですか?」と全く関係のないことに話を移す。

「そんなこと、どうでもいいじゃないか」

 宗近はすっかり呆れかえって、強めていた語気をまた普通に戻した。この子はどのように説得しても聞く耳を持たない。

「わたしのことは、しずちゃんって呼んで下さるの? でもわたしはしずちゃんって柄じゃないわね。何なら冷木って苗字で呼び捨てにして下さってもいいわよ。わたしみたいな性格の悪い女は、冷木って呼び捨てられる方がいいの。まるで妖怪みたい。わたしにぴったりでしょう?」

 なるほどぴったりだと思ったが、まさかそうだとも言えず、宗近は黙り込んでしまった。

「わたしとしゃべっていてもあまり面白くないようですね。柴根さんとはどんな話をするのですか?」

「さあね」と宗近は冷たく突っ撥ねた。そして白身魚の定食を前に引き寄せて食べ始めた。

「冷たいのね。わたしの苗字が冷たいからといって、わたし本人にまで冷たくしなくてもいいのに。そんなに冷たくしたら、ここで大声を出して泣くわよ」と言いながら、静美は眉根を寄せて今にも泣きそうな顔をして見せた。嘘泣きでもするのだろうとは予想したが、大声を出されたら迷惑なので、「分かった、分かった」と何が分かったのか分からないながらも宥めてみた。