心中なんか大嫌い 第十回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

二、

 翌日の月曜日に会社に行ったら、友理乃は普通に挨拶をしただけで、いつもと変わった素振りは見せなかった。宗近も気をつけて、意味もなく彼女に近づくことは差し控えた。

 昼休みに食堂に行って一人で白身魚の定食を食べていると、目の前の席に友理乃ではなく冷木静美が腰掛けた。

「宗近さん、いつも一人で食事をされているけれど、寂しくないのですか?」と訊ねる。

 今まで個人的に近づいて来たことなんかないのに、何故今日に限って話しかけて来たのだろうかと、宗近は訝しく思った。よりによって、柴根友理乃とお付き合いを始めた次の日に。

「ぼくは元々一人が好きだから、こうして一人で食事する方がゆったりとしていて気持ちがいいんだ」となるべくぶっきらぼうにならないように、柔らかい口調で答えた。

「わたしとお食事するのは嫌かしら?」と突然妙なことを申し出た。

「嫌でもないが……」

「嫌なんでしょう。宗近さんって、お付き合いしている人がいるのですか?」

 今の段階ではまだ柴根友理乃と付き合っているとバラすわけにもいかないから、彼は黙っていた。

「そんなことは言いたくないか」と言って、静美は長い髪を前から後ろにさらりとかき揚げた。

「わたし、好きな人がいるの。誰だか分かります?」とまた妙なことを訊く。

「分からない」

「分からなければいいわ。言ってなんかあげないんだから。わたしが宗近さんのことが好きなこと」

「えっ?」と宗近は驚いて奇声をあげた。近くに座っていた何人かが彼の顔を見た。

「あら、驚いたの? もうとっくの昔から知っていると思ってた。わたし、なるべく他の人に分からないように、宗近さんにアタックしていたのよ」

 三十歳になる今の今まで全くモテたためしのない宗近頼造が、二日続けて二人の女性から恋の告白をされた。これが驚かずにいられようか。

「わたし、これでもモテるのよ。そのわたしが好きだと言うのだから、少しは重要視して欲しいわ」と言う。そんなことを言われても彼は困る。

 食事がすっかり止まってしまって、静美の顔をぼんやりと見ているだけだ。

「どうなんですか。返事はないのですか? わたしは恋の告白をしたのですよ。イエスかノーか、返事くらいして欲しいわ」

「いきなりそんなことを言われても返事のしようがないよ。それにここは職場の食堂だよ。そんな話をする所じゃないだろう」

「じゃあ、一緒に会社を出て、外の喫茶店で話をしましょう。喫茶店ならこういう話をしてもいいでしょう」

 とても積極的だ。嫌な予感がした。この冷木静美という人は、ことによると宗近が友理乃と付き合いを始めたことを知っているのではないか。友理乃は社会人だと言ってもまだ十九歳だから、嬉しさのあまり静美に打ち明けてしまったのではないか。だとしたら話が厄介だ。何とか探りを入れなければならないが、彼にはそんな難しい知恵の持ち合わせはない。

「ぼくは食事をしているんだ。きみはもう食事をしたのか?」

「会社の事務所でお弁当食べて来た。柴根さんと二人で」

 友理乃の名前が出て、宗近は思わずドキリとした。何とか事実を訊き出そうと思ってこう切り出した。

「柴根さんは一緒に来なかったのか?」

「どうして柴根さんと一緒に来るの? わたし、宗近さんに恋の告白をしに来たのに、柴根さんがいたら邪魔でしょう」

 もっともな話だ。他の女がそばにいたら、男に恋の告白なんか出来ない。

「柴根さんは何をしているんだ?」

「柴根さん、柴根さんって、うるさいわねえ。どうしてそんなに柴根さんのことが気になるの?」

「いや、気になるわけでもないけれど……。何しろきみたちはいいコンビだから、いつも一緒に行動していると思っていた」

「どうしてわたしが柴根さんといつも一緒にいないといけないのですか? それに一緒に入社したからといって、どうしてコンビだなんて言われないといけないんですか? もしかしたらわたしたち、仲が悪いかも知れないのですよ」

「仲が悪いのか?」

「そんなこと、ズバリと訊かないで下さい。わたしが柴根さんと仲がいいか悪いか、宗近さんに何か関係があるのですか?」

「いや、ない」

「怪しいわねえ」と言って、長い髪の冷木静美は前のめりの態勢になって宗近の顔をじっと見た。宗近も食べる手を止めたままじっと見返した。瞳が大きくて美しい容貌をしている。何となく惹きつけられる。しかし容貌には惹きつけるものはあるが、内面にはさほど響くものはない。