心中なんか大嫌い 第二回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 半年後に近くの工場にアルバイトとして入り、そこで数年間働いているうちに、時代はバブル経済期に入った。どんな会社でも人手が足りなくて、誰でもどこへでも入り放題だった。彼は求人情報誌を見て、今いる会社に入って、写植オペレーターの仕事を教わった。

 彼の話す話題には、芸術についての話が多い。そんな話題は多くの人が嫌がるものなのだが、彼はそんなことを気にしなかった。相手が興味があろうとなかろうと、楽しそうにしゃべる。

 女性の中には、そうした話に興味を示す人たちがまれにいる。いつの間にか彼一人が二人に向かって盛んにしゃべっている状態になることが多かった。他の社員たちはしっかり休憩していた。

 返事をする頻度は冷木静美の方が多かったが、宗近の目は柴根友理乃の方を向いていた。静美の方が美人でこちらをドキリとさせる魅力があったが、逆にそのことが彼を不安にさせた。今は好意的に返事をしてくれても、いざ二人っきりになったら態度が豹変するような感じの子だったのだ。

 柴根友理乃は控えめに笑ったりするばかりだったが、真面目な目でしっかり彼を見つめていてくれた。

 彼はもう三十歳のおっさんで、相手はまだ十九歳のお嬢さんたちだ。相手から見たらこちらは恋愛の対象にはならないと認識はしていた。それにこれは仕事だけの付き合いで、何も集団見合いの場ではないのだ。

 二人の女性を並べてみて、美人の静美よりもさほど美人ではない友理乃の方に好意を持った自分を不思議に感じた。何故だろう。彼だって獣の本性を持った男だ。美人の方が好ましいに違いない。美人がいないのならともかく、目の前に美人がいるのだから美人の方を選びそうなものだ。

 そんなことを日曜日の昼下がりに部屋で考えたりすることが多くなった。そんな時必ず柴根友理乃の黒目の多い濡れた目がしっかりと自分を見つめている様子を思い浮かべるのだった。

 時は五月になり、ゴールデンウイークの最中だった。宗近には友達というものがいなかったので、せっかく長期の休みがあっても、会って話をする相手もなかった。

 彼は若い者には珍しく自動車が大嫌いだった。免許も持っていない。持ちたいとも思わない。ましてや将来自動車を購入して、庭かどこかでそれを洗車している自分の姿など、想像するだけで虫唾が走った。

 街で暮らしていたら自動車などというものは逆に邪魔になるだけだ。自動車は、好きな時にだけ乗ったらいいものではない。時々は何の用もなくてもエンジンをかけて走らせないと、機械自体が悪くなる。

 何よりも困るのは維持費が高いことだ。自動車を買うだけでも目が飛び出るほどの出費なのに、それを置いておく駐車場を借りたり、車検に出したり、保険を掛けたり、他の様々なことに必要な費用は、宗近のような自動車嫌いの人間にしてみれば、ただの無駄金としか思われなかった。

 自動車は単に自動車として役に立つだけのものではないよという意見も聞こえてきた。要するに若い男にとって、女性を求める時に、自動車は必須のツールなのだ。

 宗近だって若い男だから女性の友達くらいは欲しかった。しかしそのために免許を取って、自動車を購入しようとするほどの意欲はなかった。

 女性のことはどうでもいい。自動車というのは仕事のためにも大事なツールでもあるのだから、男が一生仕事をして生きていくためには、免許を取って、自動車の運転に慣れておくくらい、当たり前の努力ではないかという意見もある。その意見は重大な意見で、自動車の普通免許がないと入社出来ない会社は多い。

 しかし考えてみると、自動車の普通免許の所持を求める会社というのは、自動車を運転する仕事が回ってくる可能性が高い会社ということになる。彼は自動車を運転する仕事などには就きたくなかった。

 夜の高速道路で自動車を疾駆させてストレス発散をするという神経が理解出来なかった。ちょっと間違えたら自分の身も他人の身も危うくする可能性があるというのに、そういう行為を楽しみにするというのは、彼にとっては狂気の沙汰としか思えなかった。みんなが喜ぶ楽しみを狂気の沙汰だと思う彼の方こそ、狂気の沙汰だったのかも知れない。

 彼が出かける時に使うのは自転車であり、少し遠方になると電車だった。比較的街場に近い所に暮らしているので、たいした不便は感じなかった。