持ち主の正木英々は、
「そのようですな。あなたはわしの魂そのものなんだ。しかしあなたがこんな風にしっぽの姿でわしの尻の上から生えているものだから、わしはおちおち外にも出られない。それで困っているんだ」
「困る必要はない。わしが生活に必要なものは、全て調達するから大丈夫なんだ。そうだろう?」
「うん、確かに、食べるものとかには不自由しないね。いつも誰かが何かを持って来てくれる。あなたはヤマト運輸か何かに関連しているのですか?」
「ヤマト運輸というより、宇宙運輸だね。宇宙運輸となると、普通の道を自動車では走って来ないのだよ。次元の裂け目を通ってワープしたりする。そしてあなたは生活には困らない」
「というわけなんだよ」正木英々はぼくに笑いかけるようにして言った。そして、
「きみはこの状況を、本当のこととして信じるか?」と訊ねた。
「現実として目の前にあることだから、信じるしかないでしょう」とぼくは答えた。そうだ、信じるしかない。
「そうか。それなら、わしの助手になってくれるね?」と正木英々は訊いてきた。
「書道の助手ですか?」
「実はわしはもう書道はしていないんだ。第一、こんなしっぽを持っていては、誰とも会えないからね。仕事にならない。人が訪ねて来るにしてもしっぽを見られたら、みんなびっくりするからな。こちらが遠慮しないといけない。今、わしがしていることは、あの世の研究に限られている」
「あの世の研究とは何ですか?」
「しっぽさん、あの世についてこの人に語って下さらないですかね」正木英々はしっぽに依頼した。
「うん、語ってもいいが、あなたは正木英々先生の助手になることに承諾しますか? それをはっきり確認しておかないといけない。あの世について語り終えたら、助手になるのは嫌だから帰りますと言われても、わたしは困るんだ」
「帰りますって、ぼくは家に帰れないんですか?」
「いや、毎日家には帰れるよ。それも比較的早くに帰れる。何しろあの世には時間というものがないからね。あの世の研究をしていても、時間というものを食わないんだ。そうですよね、しっぽさん?」
「そうですな。あの世に何年もかかって旅行したとしても、この世ではほんの二、三分しかかかっていなかったということに、たいていなりますな。ところであなたは正木英々先生の助手になりますか?」
このように何度も異形のしっぽに訊ねられて、拒否する勇気はない。それに『あの世の研究』とやらに、ぼくはとても興味を惹かれた。どうせ世の中たいした仕事はない。ここを断って他の仕事に就いたところで、生き甲斐を得られそうもない。
それでぼくは「はい」と承諾の返事をした。
「それなら採用です」正木英々はぼくに向かって何度も頷いた。そして奥さんに向かって、
「この人を採用したから、職安に電話をしてくれ。そしてまず祝いの酒を飲むから、その用意もしてくれ」と言った。
祝いの酒とは何だろう、と思っていると、奥さんは一度手前の部屋に戻ると、またこちらに来た。手には一升瓶が抱えられていた。それから二、三の料理も並べられた。
正木英々はぼくに向かって、「さあ、飲みましょう」と呼びかける。
「えっ、今からお酒を飲むのですか?」とびっくりして訊ねる。仕事が採用になったと思ったら、いきなり酒を飲むことになるなんて、そんなことがあることに驚いたのだ。
「うん、飲む」と正木英々は平気な顔だ。そしてこう続ける。
「あの世に行くには、酒が必要なんだ。酒がないと、あの世の旅行にはなかなか耐えられない」
「あの世に旅行をするのですか?」
「そうだ。何しろ研究するのだから、そこに行かなければならない。そうだろう?」
「でも、そんな所に簡単に行けるのですか?」
「わしのことを見くびっちゃいかん。わしは何のためにここにいると思う? あなたをあの世に連れて行くくらいできなくて、どうしてしっぽなどが務まると思っている?」としっぽにきつく言われた。
ぼくはただ「はい……」と気圧された感じになってしまった。