I am a book 第二十四回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「どんなトラブルになるの?」と百合さんが訊ねた。

「僕が何か言うと人がとても怒ることがあるんです。僕には意味の分からないことで。ここがこうで、こうだから怒るんだと説明してくれるんですが、僕には何がなんだかチンプンカンプンなんです」

「ふーん、あなたって一種の天才ね」と百合さんが言うと、吟美が、

「そう思うでしょう。わたしもそう思うの。この人は将来凄いことをしてくれるって」とまた喜んでいた。

 すると百合さんが、

「大部分の天才は大成しないものなの。そして大成しない天才は、悲惨な死に方をするの」と言った。

「ひどいことを言うのね、あなた」と吟美はとても不満げな様子で隣の恋人の顔を伺った。巌は相変わらず沈鬱な顔をしながらこう言った。

「僕はもちろん天才ではありませんが、悲惨な死に方をするというのは当たっているような気がします。常に今がどん詰まりだという感覚を持って生きているものですから」

「そんな感覚があるのなら、わたしが助けてあげるわ。やっぱりわたしのマンションに来なさいよ。わたし、献身的にあなたの面倒を見るわ」

 するといきなり百合さんがぷっとふき出した。

「何を笑うの?」と今度こそ吟美は喧嘩腰だった。

「だってあなた、仕事が忙しいんじゃないの。献身的になるって、仕事と両立出来ないわよ。仕事辞めてこの人の面倒を見るの? 仕事辞めたら、どうやってお金を手に入れるの? この人には二人分儲けるのはとても無理みたいだし」と百合さんが説明をした。

 すると巌が、

「そうですね。僕にはそんなに儲けるのは無理です。二人分どころか、一人分でも怪しいくらいです」とあっさり同意した。

 吟美は、巌と百合さんの顔を順番に見て渋い顔をした。すると百合さんが追い打ちをかけるようにこう言った。

「あなたにはホームレスのお付き合いなんかとても出来ないしね」

「何よ、それ。皮肉? ホームレスのどこが悪いの?」

「ホームレスは悪くないわ。ホームレスになってでも劇団の仕事を頑張ろうなんて、すごいんじゃないの」

「あなた、褒めてんのか褒めてないんだか分からない言い方するのね」

「褒めてるし、褒めてないの、わたし」

「百合はわたしが男の人を連れて来たらいつも応援してくれるじゃないの。もしかして、今自分の恋愛がうまくいってないの?」

「わたし、恋愛なんかしてないもの」

「ああ、あれね、あなたの目的は、あれね。分かってるわ。でもそれだって、一種の恋愛よ。あなた、小説家なんだから、それくらい分かるでしょう?」

「あなたがどう思うかなんて、この問題においてはどうでもいいの。わたしはただ目的を果たせばそれでいいのだから」

「まるで女スパイみたいね。怖いわ」

「ところで巌さん」と百合さんは吟美をそっちのけにして、巌の方をじっと見て、

「今の話の続きはどうなるの?」と訊ねた。

「もちろん続きはあるのですが、今ここで最後まで語ったら面白くないでしょう。これは劇なんですから、劇場で見た方がいいと思います」

「わたし、劇なんか見たことない」

「せっかく巌君が言ってるのだから、見に来たらいいじゃないの。たまには人の言うことをきくものよ」と吟美は百合に向けてニコリと笑った。

「行ってもいいわよ、もちろん。わたし、断るつもりなんかなかったもの」

「あら、珍しいのね。あなたが人の誘いを受けるなんて。アイムソーリーの誘いだっていつも断るのに」と言いながら、吟美はちょっときつい目をした。

「アイムソーリーの誘いを、どうしてわたしが受けないといけないの?」

「あっ、そうよね、あなたたち恋人じゃないから、断ってもいいのね。だったらどうして巌君の誘いを受けるの?」

「巌君の話が面白かったからよ。わたしは話の面白い人は好きよ。吟美だって、時々嫌な奴になるけど、話は面白いものね」

「嫌な奴になるなんて、嫌なことを言うのねえ。あなたこそ、頻繁に嫌なことを言うわよ。でも、会社なんかで働いてたら、百合みたいなのは正直でいいわ。嫌なことを言っても、嫌なことを言ってるんだなあってすぐに分かるから。会社で嫌なことを言う奴らって、顔はとても親切ぶってたりするから、分からない時がある。それで後で腹が立つのよ。百合は会社勤めしたことないから知らないだろうけれど、嫌な奴は多いよ。小説を書くのなら、そういう人間を少しくらい観察するために、しばらく会社勤めをしたらいいと思うわ」