あーーー
今日も暑うございました( ̄_ ̄ i)
子どもも、汗びっしょりだったわ。
わが家も、扇風機を出したよ。
で、本題。
みんな、家族は大事だよね。
かけがえのない存在だし、支えてくれてる。
もちろん、私も同じ。
でも、子どもの頃は、感情がすぐ出る母親に嫌気がさしてた時もあったし、
「こんなところにいて、いいのかなー。なんかプラスになるのかなー。」
とか思ってた時もあった。
でも、家族のありがたさを目の当たりにした出来事があったんだ。
私は、中学の時から、家を出てスポーツのために転校をして下宿生活をしていたんだよね。
下宿先は、ホント見ず知らずの家庭。
スポーツで行ったんだもん。
そりゃ厳しい、地獄のような毎日。
でも、行くと決めたのは自分だったし、途中で諦めたくはなかったから、
日々、耐えることと、とにかく学ぶことで一生懸命だった。
私は、小学生まで違うスポーツをしていたから、素人同然。
だけど、私の何かに目を付けてくれた人がいたから、自分の中でも何かのチャンスだと思った。
スポーツは、センスも必要。
同じ練習をしたから、ほかのチームメイトのように上手にはできない。
ホント、とにかく、足を引っ張らないようにと、それだけ考えていた毎日。
それがきっかけで、高校もそのスポーツで入ったんだ。
中学も高校も、レベルはトップクラス。
今でも、自分がその中にいたのは奇跡だったと思うわ(笑)
中学のときだった。
一緒に下宿していた後輩に聞いた話。
私の2つ上の先輩のこと。
レベルも高くて、中学でも高校でも全国制覇をしたときのエース。
人間的にも好きな先輩だった。
その先輩が、中学生のとき。
お父さんが亡くなったんだと…
先輩は県外から、同じくスポーツのためにきていて、
お父さんが病気で悪かったことを、家族は「娘は一人で頑張っているから」と、
詳細はあまり伝えなかったらしいの。
で、他界。
先輩にとっては、とてつもなく衝撃が走ったことだろうと、察するに容易い。
で、チームの先生が、お父さんの別れをしに実家に帰ってくるようにと言ったら、
その先輩は、
「いいえ。私は、これ(スポーツ)をするために、ここに来ました。だから、帰りません。」
と、応えて、帰らずにいつもと変わらず、みんなと変わらず過ごしたそう。
私にも、衝撃が走ったよ。
「そっかぁ…。家を出て、家族と離れて、自分がやりたいことを一生懸命するということは、
こういうことなんだ…。」
と。
自分がまだ10代とか、子どもだとか、そんなの関係なく、
自分のやりたいことをやるというのは、
みんなそうやって、同じように責任があるということなんだと。
それからだったなぁ。
私が、家族や周りの人を客観的に見る(分析)するようになったきっかけは。
もちろん、自己分析もする。
高校生になって、その先輩が話してるのを直接聞いたんだけど、
お父さんが亡くなったとき、(亡くなる前だったかな?)
夜、夢にお父さんが出てきて、「がんばれよ」とだけ言って、自分の後ろにある階段を
登っていったらしい。
おとうさーん!!って必死に呼んだって言ってた。
それでも、自分には責任があるってちゃんと理解してたんだよね。。。すごい。
親(家族)はいて当然じゃないっていうのは、その話を聞いてたら、
自分に降りかかってくる試練を自分一人で必死になんとかしていく毎日の中で、
実感していった。
親(家族)のありがたさも、痛いほど身にしみた。
そして、いつか親がいなくなるということも、その頃から、どこか覚悟してる自分がいる。
実際、高校の時に、同居していた祖父母が亡くなった。
祖母の時は、私の場合、実家が近いこともあって、学校から、葬儀に間に合うように帰ったけど、
祖父の時は、大事な試合の1週間前ということもあり、帰らなかった。
そう、自分には責任があるから。
だから、後悔はしていない。
私のいた、そこのチームには、母子家庭の子もいたし、途中で親が離婚した子もいたんだ。
離婚を知らされた子は、普段はとっても気か強くて、技術もとてもうまい子だったけど、
私の前で、泣いてた。。。
そりゃ、そうだよね。。。
うまい言葉ひとつもかけてあげられなかったことに、今でも申し訳なく思ってる。
そういう面でも、いろんな立場の子を目の当たりにしてる分、気持ちの持ちようも、
難しいことではなかったのかもしれない。
私は、両親2人とも健在。
こんな幸せ、この上ないことだと、今でも気持ちの根底にある。
そして、決してこの事実に甘えてはいけないと。
感謝のない『当たり前』なんて、ないんだもん。
私は、そう思ってる。