高校2年生1月23日午前練習。右膝の痛みは今後忘れることはない。

 

でも今思い返せば、この大怪我があったからこそ「今の自分」がいる。感謝している。

正直戻れるなら、怪我をしていなかった人生も経験してみたい。それは、誰だって違う道を歩んだ人生を知りたいと思う。

 

怪我をして何度も泣いた。悔しさ。なぜ自分なのか。何度も何度も考えた。しかし、怪我をした現実は変わらなかった。

定期テストの兼ね合いもあり、手術は3月の上旬に行われた。

 

3週間の入院生活。しんどかった。周りには誰もいなかった。孤独の3週間。この瞬間が人生で一番辛かった。

だけど、助けてくれた仲間には心から感謝したい。3年生部活のみんなの、手書きの応援メッセージを貰った。

毎日眺めた。本当にみんなと一緒にサッカーがしたかった。見舞いに来てくれた、他高校の友達もいた。感謝しかない。

こんな最高な仲間と出会えてよかった。自分は、まずはチームの為に行動する。その次に自分。そう思うことができた。

 

なんだかんだで乗り越えた3週間。部活に足を運ぶと、仲間は気を遣ってくれていた。でも笑顔で歓迎してくれた。

松葉杖生活でも、学校階段では、おんぶしてくれる友達。怪我して泣いていた時に声を掛けてくれた友達。

正直、この怪我をしてなったら、みんなの良さにも気づけなかったと思うし、天狗になっていたと思う。

 

リハビリも1時間以上掛かる病院にも通い、早く復帰することに全力を注いだ。

でも、この気持ちが前に出すぎたから、復帰が近づいたタイミングで、太ももの肉離れそして骨が完全に修復しきれていなかった。選手権の前でもあり、痛みを抑えながらプレーをした。怪我をする前には、程遠いプレーであったが、徐々に慣れていった。

選手権前、TOPチームに入れた。周りからは、「おかえり」などと声を掛けてもらった。頑張ろう。

でもやはり体は思うようには動かず、Subがメインだった。受け入れるしかなかった。

 

迎えた選手権当日監督から「メンバーに入れない。この状況でYを入れるのは、入れていないメンバーに申し訳ない

そう告げられた。正直分かってはいたが悔しかった。勝利して解散した後、メンバーに入れない情けなさに、怪我した以来の

号泣だった。支えてくれた残ってくれた2人の友達には感謝しかない。忘れない。

 

1週間後、選手権2回戦、メンバー発表で呼ばれた。分からなかったが自然と涙が溢れた。

今日の為に頑張ってきて良かった。そう思えた。努力は報われる。勝利間近で訪れたロスタイム3分。名前を呼ばれた。

3年間そして、3年生と初めて経験する公式戦。交代する前に、こんな自分を出場させてくれた、監督そしてコーチにはお辞儀をして、ピッチに入った。たった3分間。笑われるかもしれない。でも自分にとっては望みに叶えたかった3分間。

みんなと同じピッチに立てることが当たり前ではないこと。周りの方々の支え。努力をみてくれた指導者。含め、この瞬間は今までのどの瞬間よりも嬉しかった。ありがとうみんな。

 

後から聞いたのは、副キャプテン3人が私をベンチに入れてほしい。同じピッチに立ちたい。監督に言ってくれていたと聞いた。

正直感謝しかなかった。あの3分間がなかったら努力する大切さというものを学ぶことができず、いまの自分はいないと思う。

だからこそ、この3分間は忘れることはない時間。本当に感謝しています

 

 

 

 

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