2026年9月26日(土)、鳥取県米子市にある粟嶋神社を参拝しました。
粟嶋神社は米子鬼太郎空港から約9km南東にあります。
この粟嶋神社は少彦名命様の拠点があった場所です。
大物主が出雲へ侵入し、美穂津姫と与した。
美穂津姫は出雲から裏切り者を増やし、少彦名命様を暗殺した。
少彦名命様の御遺体は、どこかに隠されてしまったよう。
その暗殺があったであろう場所が、この粟嶋神社。
なるべく時系列に廻ろうと思いまして、粟嶋神社は旅の早めに訪れることにしました。
粟嶋神社へ向かう途中、雨が降っていたのですが、神社に着くと雨がやみました。
美保神社に続いて、雨がやんでくれたのでありがたく思いました。
粟嶋神社の周りは田んぼとなっています。
粟嶋の山を見て分かったのですが、もともと中海に浮かぶ「島」だったんですね。
現在の粟嶋神社は陸続きですが、江戸時代に干拓がおこなわれる前までは周りが海でした。
この山は標高36mの「明神山」と呼ばれています。
中海には野生の鳥が生息しています。
粟嶋神社の前は駐車場となっています。
石の鳥居の前で一礼して山がある方向へ向かいました。
まずは手水で手と口を清めます。
参道の右手には社務所があります。
ちょっと寄り道をすることにしました。
粟嶋神社の年表
豊受宮(とようけぐう)
名前の通り豊受大神様を祀られいるのでしょうね。
歳徳神(としとくじん)
大歳命様を祀られているのでしょうかね。
陸軍大将 鈴木荘六 揮毫 忠魂碑
戦没者の慰霊碑ですね。
摂社は他にも御岩宮祠(おいわぐうし)や八百姫宮(やおひめぐう)がありました。
御岩宮祠は、少彦名命様が海から辿り着いて真っ先に抱き着いた岩があるところ。
八百姫宮は、人魚の肉を食べて800年生きたとされる「八百比丘尼」(やおびくに)の伝承がある。
時間の都合上、これらの摂社は参拝しませんでした。
ここから187段の階段を昇って神社を目指します。
階段が多かったので、キツかったです。
頂上には随神門があります。
注連縄を2本奉納した額が掲げられています。
参道の先が粟嶋神社の拝殿となります。
参道がクネっと曲がっていました。
左側の狛犬
右側の狛犬
拝殿に到着
こちらで自己紹介および祝詞を奏上しました。
ほのかな御神気を感じました。
僕が祝詞を奏上している最中、妻がこう言いました。
「紙垂が揺れている」
確かに風が吹いていないのに拝殿に吊るされている紙垂が揺れていました。
少彦名命様に降りていただいたのではないかと思いました。
神社の周りを見て廻ることにしました。
別の狛犬がありました。
小社
どなたの祠かは分かりません。
井戸の跡のようなところ
瓦の一部があったので何か建物があったように見えます。
拝殿の裏には本殿がありました。
本殿の裏には、出雲大社の遥拝所がありました。
山の西側には裏道がありました。
興味があったので裏道を進んでみました。
その先には中海を一望する場所に辿り着きました。
神社の周りには干拓して開拓された田んぼを見ることができます。
やっと粟嶋神社に来れたことに嬉しく思いました。
御祭神様には御礼申し上げます。





























