日光の二社一寺を廻り、最後はどこを廻ろうか?

 

時刻は16時半を過ぎ、日も落ちかけてきました。

 

日光参拝も、これが最後です。

 

地図を見ました。

開山堂へ行こうと思いました。

 

開山堂は日光東照宮の奥社宝塔の北東にあります。

 

この開山堂が重要なポイントではないかと予感したのです。

 

開山堂は勝道上人の墓と木像が安置されている場所です。

 

開山堂へ行くには、東照宮の境内を出て、東照宮の東側の道から行きました。

 

●日光東照宮の客殿の前

 

広場があり、すごく良い花の香りがしました。

 

●教旻僧都(きょうみんそうず)の墓

教旻僧都は勝道上人の弟子の一人。

 

日光山の二代目の祖となった人物です。

 

東照宮を創設する際、教旻僧都の墓を移そうとしたところ人夫がケガをしたり異変が起きたりしたそうです。

 

このため墓を移すことが出来ず、この場所に墓が残ったとの由来があります。

絶対に墓を動かしたくない何かがあったのでしょうね!?

 

徳川家康への抵抗を感じます。

 

●社務所の入り口

社務所は立ち入り禁止です。

 

●養源院跡

徳川家康の側室だった於六(おろく)を弔うための寺院跡でした。

 

養源院跡には石垣だけが遺っています。

 

養源院跡の道路向かいには小さなお堂が見えました。

 

道路の脇には小川が流れていました。

おそらく、この川の流れが龍脈になるのでしょう。

 

日光山のパワーを生むのは、この龍脈も関係しているのではないかと考えました。

 

開山堂がある場所へ着きました。

奥には朱色の建物が見えます。

 

●観音堂

和風の鳥居と朱色の社殿です。

 

数々の香車の駒が供えられていました。

大中小の将棋の香車の駒の数々。

 

この観音堂は別名「香車堂」と呼ばれている。

将棋において香車の駒は、まっすぐ直進しかできない。

 

妊婦がこの香車の駒を借りて神棚に飾ると無事に出産できるとの伝承。

 

出産を終えたら将棋の駒は返納するそうだ。

 

香車の駒はレンタル品だったのか!?と気づきました。

 

イメージとして将棋の駒は芳しくなかったです。

 

この観音堂には、どなたかいらっしゃるのか?

 

御神気を感じました。

 

開山堂に勝道上人こと 古峯原隼人(こぶがはら はやと) 坊-大天狗様がいらっしゃるのであれば、

 

この観音堂には天狗の皆様がいらっしゃるのではないかと考えました。

 

●陰陽石(おんよういし)

お産に縁のある石。

最初、僕は、この陰陽石が徳川家康を封印するためにパワーを発揮している石ではないかと考えました。

 

石の近くに御神気が感じられるか試してみました。

何も感じません。

 

水たまりに浸った2つのただの石だったのであろうか・・・。

 

●勝道上人の墓

 

●勝道上人の弟子の墓

 

その先にあったのが奇妙な石仏がありました。

 

●六武天石仏

一緒に居た妻は「不気味だ」と言ってました。

 

御神気も感じます。

 

石仏に両手をかざすと押されるような感覚を受けました。

 

石仏から御神気を感じるのか、それとも崖から地の力を感じているのかが分かりませんでした。

 

↓帝釈天

 

↓四天王 持国天

 

↓梵天

 

↓不動明王

 

↓四天王 増長天

 

↓四天王 広目天

 

日光で観るものは、これで最後です。

 

最後に日光を風穴浄化することにしました。

 

ブラック・スーちゃん飛龍観音様へ協力を依頼しました。

 

天在諸神

 

天之御中主神様に御依頼して天空に風穴を開けました。

 

●風穴浄化

 

日時:2026年5月2日(土) 16時40分~16時45分

 

風穴起点:開山堂

 

範囲:半径20km

 

終わった後の感想:スッキリしない。根が深そう。

 

こうして日光の日帰りの旅は帰路へと向かいました。

 

長い距離を歩いたので、かなり疲れました。

 

(完)