2025年11月22日(土)、神奈川県伊勢原市にある大山阿夫利神社参拝しました。
大山阿夫利(おおやまあふり)神社。
この山は初級から中級にかけての登山レベルだと思います。
岩が多く、途中で岩が滑って足場の悪い箇所が多々あります。
アスファルトに舗装された山道ではないので、ある程度の装備が必要です。
僕は、誕生日プレゼントとして妻から登山靴をもらったおかげで、この相模大山を登ることになりました。
相模大山とは、足首を固定しないと危険な山だと思いました。
妻は、ちゃんとした登山靴を履いて登らないとダメだという事でほぼ強制的に購入されました。
なぜならば僕が2024年8月に大山阿夫利神社の奥社を参拝して下山した際に足首を骨折したからです。
2024年の話、僕の前に降りる速度の遅いオバ様が下山しておりまして、抜く事にしました。
僕が急いでオバ様を抜いたら、足を滑らせてしまい、左足首を腓骨(ひこつ)を骨折してしまいました。
足首を骨折したまま、なんとか大山を下山し、駐車場まで帰って帰宅しました。
その瞬間、足首から「ピキーン!」と音が鳴りました。
足首には太い骨と細い骨があって、細い方の骨を骨折してしまいました。
左足は内出血してパンパンに腫れて治るまでに1ヶ月半は掛かりました。
そんな事件があったので、半強制的に登山靴をプレゼントさせられました。
(ほげ~)
第1弾は東京都青梅市の御岳山を登りました。
第2弾は神奈川県伊勢原市の大山を登りました。
ケーブルカーで阿夫利神社の下社まで登りました。
売店には「ルーメソ」の幟旗。
回転すると「ラーメンです。」
僕は奥社までの登山が2回目。
妻は下社までの登山が1回目。
だから妻は「ルーメソ」の謎を知っていたわけです。
ケーブルカーを降りた所から阿夫利神社 下社へ向かいました。
阿夫利神社 下社は朱色の社殿。
参拝客は多く祝詞が奏上できる状況にはありませんでした。
外国人も多かったですが連休を過ごす日本人も多かったです。
由来の御祭神
大山祗大神(おおやまつみのおおかみ)
大雷神(おおいかずちのかみ)
高龗神(たかおかみのかみ)
大雷神(おおいかずちのかみ)
高龗神(たかおかみのかみ)
下社の右側から神水を汲む場所があります。
多くの参拝者がスルーしています。
それで良いのかと...。
阿夫利神社の神水を汲みに行きました。
その神水を汲むために販売されているペットボトルが「大山名水」のボトル。
空のボトル...200円。
僕は200円を支払い、水を購入しました。
この神水がすごい!
冷蔵庫に半年以上入れておいたのに腐らず飲めました。
やはり神水は素晴らしいです。
御神水は下社の地下から水を汲むことが出来ます。
龍の口から出る水をペットボトルに詰めました。
冷たくて透明で清らかな水です。
取水口の先には、いくつかの展示物があります。
さざれ石やいろいろな像があります。
その上に太刀(たち)があります。
江戸時代、大山詣りでは、この太刀を大山阿夫利神社へ納めたそうですよ。
「納め太刀」と呼ぶそうです。
「納め太刀」はブラタモリで紹介されていました。
二人以上で担がないと運べなかったのではないかと考えます。
粋でいなせな江戸っ子は一人で太刀を担いだのかもしれません。
納め太刀は、かなり重いと思います。
この日は晴天に恵まれ、空気が澄んで下社から遠くの景色を眺める事が出来ました。
江の島、三浦半島、房総半島まで眺めることが出来ました。
この下社から奥宮まで登ります。
登山道の入り口に入ります。
入山修祓料 初穂料100円は払うのを忘れました。
ここが奥宮へ通じる入り口です。
まずキツいのは、最初の階段です。
かなり急な階段であることが分かりますでしょうか?
ここで息が上がらないよう慎重に上りました。
前回はダッシュで登り過ぎて、息切れしてしまいましたので...。
階段を昇り終えると周辺の木々は紅葉し始めていました。
階段を昇った先から下社がだいぶ下に見えます。
ここから山頂まで妻のペースで約95分登りました。
ちなみに2021年には僕一人で登った際、約60分で登りました。
その時と比べて、だいぶ体力が落ちたのを痛感しました。
階段の上には更に登山道が続きます。
少し登ると右手に現れるのが夫婦杉です。
天狗の鼻突き岩
天狗の鼻が入るほどの穴が空いていますね。
十六丁目追分の碑
丁目というのは、下社の登り口である一丁目から山頂の三十丁目まであります。
十六丁目とは、その中腹を意味します。
道の追分がありました。
その先には木の階段があります。
この階段が見えると、もう半分は越したなぁという感覚になります。
途中、富士見台がありました。
空気が澄んでいたので富士山が見えました。
且つて、ニンフルサグこと豊雲野神という邪神を封印していた富士山&相模大山。
大山から富士山が見えるスポットは、ここぐらいかと思います。
因縁のニンフルサグこと豊雲野神。邪神の女神。
山頂に近づくと鳥居が見えます。
30分の28丁目。
一礼をして鳥居の先へ進みます。
妻が居たので、この鳥居にて十数回目の休憩をしました。
更にがんばって登ると建物が見えてきます。
奥社の狛犬です。
大山阿夫利神社 前社
ここで、あまり参拝している人は居ませんでした。
この前社で祝詞を奏上しました。
大山祇命様、大山伯耆坊大天狗様、思兼神様、影姫様、御眷属の皆様の御開運と御繁栄をお祈り申し上げました。
これより上の社では、人が詰まっていて祝詞を奏上する場所がありませんでした。
前社で祝詞が奏上できて良かったです。
左手が茶屋と本社へ登る階段。
大山阿夫利神社 本社下の灯篭
鳥之石楠船神社
大山阿夫利神社 奥の院へ到着
赤い屋根が目印です。
でも、登山者の皆さんは奥の院の行列に並ばないのです。
「大山山頂」の碑がありまして、そこで記念撮影をするために並ぶわけです。
仕方なく、妻の道楽につきあい「大山山頂」の碑で記念撮影をしました。
後ろに並んでいた方が撮影してくれました。
12時頃という事もあり、多くの方が山頂で昼食を摂っていました。
この山頂から多摩丘陵や武蔵野台地を眺めました。
恐ろしい話ながら、この多摩丘陵の地下をリニアモーターカーが走り
そのトンネルを東京湾龍宮城の伊豆能売神様という龍神様が走り抜けて
多摩丘陵が崩落する姿を想像しました。
ドドドドドーッ
きっと、関東大震災に匹敵する大きな大震災に見舞われると想像します。
この山頂から見晴台へと向かいました。
見晴台からは、大山の北側の景色を望む事が出来ました。
見晴台から大山を見ると、だいぶ降りた事が分かりました。
この見晴台から下社へと向かいます。
このルートは、道が緩やかな分、30分程多く時間が掛かります。
僕は初めて通ったルートでした。
見晴台から西へ二重社の方角へ下山しました。
二重社はノーマークでした。
御神気を感じます。
御祭神がどなただったか分かりませんでした。
そこで手を合わせ「次のお稲荷様で祝詞を奏上させていただきます」とお伝えしました。
二重社の左は獣の破られたのか破損し穴が空いていました。
狛犬の代わりに龍神(左側)
龍神(右側)
由来の御祭神は高龗神(たかおかみのかみ)とあるのですが、僕には分かりませんでした。
この二重社の先にはダムがありました。
砂防ダムなのか。
ヨーロッパ系の外国人の団体とすれ違い、先を進みました。
下社に近づくと、稲荷がありました。
こちらが大新稲荷神社です。
赤い鳥居に和風の社殿。
鳥居で一礼して先に進むと、御神気を感じました。
こちらの御祭神が影姫様。
黒い九尾の狐の影姫様。
社殿の右側にいらっしゃるのかしら。
この大新稲荷神社で祝詞を奏上しました。
柔らかな風が吹きました。
鳥居の外に居た妻が居たので、せっかくなので御神気を体験してもらおうと思い、妻を呼びました。
僕「柔らかな風を感じるでしょ?」
妻「分からない」
僕「手袋を外しなさいよ」
妻は手袋を外す。
妻「あぁ、感じる」
紙垂は揺れて、周りの木々はホワッとした緩やかな風が流れていました。
このようにロボットの会話のようなやりとりをし、大新稲荷神社を後にしました。
この大新稲荷神社から下社へと戻りました。
大新稲荷神社から、少し階段を昇って大山阿夫利神社の下社へ戻る事になります。
大山阿夫利神社 下社から無事の登山を告げ、御神水を汲みなおし下山しました。
今度はケーブルカーを利用せずに下山しました。
大山阿夫利神社 下社の下には「男坂」と「女坂」の分岐点がありました。
今回は初めて「女坂」を通って下山しました。
女坂には「女坂の七不思議」があります。
その一つに無明橋(むみょうばし)。
話をしながら通ると橋の下へ落ちるのだとか。
すれ違った方でベチャクチャ喋って登山していた外国人がいましたが
橋の下へ落ちていないか気がかりでした。
女坂を通ると大山寺を通ります。
大山寺のモミジは紅葉していました。
多くの外国人が写真を撮っていました。
鐘楼
参拝客が好き放題の鐘を突いていました。
ゴーン ゴーン ゴーン
かわら投げをする場所がありました。
かわらけ投道
先には輪があり、そこを通すと良いのだとか。
僕は環境保護のため、やりませんでした。
龍神堂(八大堂)
大山の外国人参拝客の軍団は、そそくさと抜けました。
紅葉は確かに綺麗でした。
不動明王
その横には廃墟のような社務所
女坂七不思議の一つ 爪切り地蔵
一夜のうちに掘ったのだとか...
女坂七不思議の一つ 子育て地蔵
こうして景色を見ながら女坂を下りました。
次に見えた社がこちら。
追分社(八意思兼神社)(大山阿夫利神社末社)
御神気を感じました。
こちらは「男坂」と「女坂」の分岐点にあります。
だから追分社なんですね。
追分社「八意思兼神社」で祝詞を奏上しました。
その先には、おもしろい看板がありました。
「病気は自分で治しましょう」
本当にそう思います。
免疫をつけましょう!と言いたいです。
そして、こま参道を通り北区しました。
こまが3つで「こま参道」。
この日から5日間、僕と妻は足が筋肉痛になりながらも耐えました。
天狗様が「足を鍛えよ」とおっしゃるのがよく分かりました。































































































