夜中、ふと枕もとが揺れたような気がして目を覚ました。
一瞬の間ののちに、「地震か?」と思い、枕もとにいるはずの猫様の様子を確かめた。
くっと頭を上げて、どこか一点を見つめている。
そうか、猫様も起きたのか。だったら揺れたのかもしれない。
しばらく猫様と一緒に、気配に耳を澄ませていた。
やがて、どうやら何も起こりそうにないとわかってきて、再び眠りについたのであった。
朝になってネットを見たら、茨城のほうででかい地震があったことを知った。震度5だって。
いよいよ来るのかなあ。
静岡へ来てからずっと東海大地震が危惧されていて、いつかは来るんだろうなあと思っているのだが、日本列島の南北で大きな地震が起きていて、なかなか来ない。来ないのはありがたいけど、あまりに来ないといざ来た時にどれくらいになるのかわからなくて恐ろしい。
このタイミングで、というのも変だが、たまたま連絡をもらって過去の小道具の写真をあさってみた。けっこういっぱい作っていて、改めて驚く。
初めて舞台の小道具(と大道具)を作ったのは、2015年のことだった。
劇団Muses「Right Eye」に出演したときである。カメラを使うのだが本物はちょっと、となったので、「だったら作りましょうか」と言ったのが最初だった。カメラのほかにライフルも作ってみた。まだとってあるんだけど、今見ると大変稚拙である。お金もなかったから、家にあった廃材を利用した。それ以来、小道具を作るときは基本的に家にある廃材を利用するようになった。
工作は楽しかった。出来上がりから逆算して、試行錯誤したものだ。
その次は、古巣のミュージカル団体へ小道具のみを提供した。小型の天体望遠鏡を作ったり、紙粘土で料理を作ったりしたっけ。
手乗りロボットを作ったこともあった。等身大の人形も作った。
「真夏の夜の夢」の劇中劇で使用するロバの被り物を作ったこともあるし、バレエ公演の劇中で使用するランスという長槍を作ったこともあった。
「オイル」という舞台では50冊の電話帳を作った。これは家にある空き箱を駆使して、真ん中で開くような形にした。
タイプライターを作ったときは我ながら上出来だと自画自賛したものだ。これは「SAVE」という作品。当初はそれを持って踊るという話もあったのだが、最終的にはデスクの上に鎮座するにとどまった。
芝居のラストシーンに一瞬だけ登場する「焦げたローストチキン」。これはほんとに一瞬の登場で、記憶にも残らないんじゃないかと思った。
そうそう、「下半身を食われた犬」っていうのを作ったときは、グロいと騒がれたっけ。
劇中人物が飼い犬を食べるという衝撃的なシーンがあって、そのための仕掛けを作ったのだ。
実際にはケチャップまみれのロールパンを仕込んで役者に食べてもらった。上半身のみ犬のぬいぐるみを作り、下半身は内臓が垂れ下がるように作った。作ってるときはノリノリだったが、改めてみると悪趣味である。
男の子のパペットだとか、王冠だとか、剣(西洋風のものや中国風のもの)だとか、被り物のサメだとか。ほかにもこまごまとしたものをたくさん作った。
どれもみな、ほとんどお金をかけずに作った。買うのは両面テープとかボンドとかガムテープばかり。ごくたまに100均でちょっとしたものを買った。
面白いもので、作り続けていたら少しずつスキルアップしていった。前に苦労したことを踏まえて作業すると効率がよくなる。仕上がりも少しずつきれいになっていった。
いかに材料を買わずに、あるものでそれらしく見せるか。そこを工夫するのが面白くなっていった。
確かに、ちゃんと材料にお金をかけて作ったものは見栄えがいい。そういうのは本職?におまかせして、私はなるべく安く作りたいと思った。自分が貧乏性なのもあるし、団体に予算があまりないということもある。基本的には自分が出演する舞台に使う小道具だし。
ちゃんとお金をもらって請け負えばいいのに、というアドバイスももらったんだけど、そこは躊躇してしまう。もちろんクオリティは確保したいと思うんだけど、お金をもらうほどじゃないよなあと思ってしまうのだ。たぶんこれからも、自分で勝手に作ってしまうんだろうなと思う。
頼まれたらいつでも引き受けるけどね。
気が付けば、芝居を再開したときからずっと小道具作りも続けてきたんだな。
なにかしら積み重なってるものがあればいいんだけど。